3 なぜかエスコートされている
それからしばらくして、学園主催の入学記念パーティーが開かれた。
といっても、この日の主役はどちらかというと中等部に入学した生徒たち。高等部の私たちはむしろもてなすほうになるのだけど、それでもいつもの制服とは違う、パーティー仕様の煌びやかなドレスはどうしたってテンションが上がってしまう。
中等部の生徒は婚約者のいない人がほとんどなので、各家庭で準備してもらった思い思いの華やかな装いで入場する。高等部になると婚約者のいる生徒も増えるため、贈られたドレスを纏って婚約者にエスコートしてもらう令嬢も多い。
この日のためにとヴェイセル様から贈られた明るいミントグリーン色のドレスは、ヴェイセル様の瞳の色そのままでカティアによく似合っていた。恥ずかしそうにヴェイセル様のエスコートを受けるカティアの意外な一面をのぞくことができて、私としても感無量である。それはいい。それはいいのだけれど。
「そのドレス、最高に似合うよ」
私は今、婚約者でもないエリアスになぜかエスコートされている。しかも、エリアスに贈られたまばゆいばかりのイエローゴールドのドレスを纏っている。
「いやー、いいね。自分が贈ったドレスを着てもらえるというのは」
「そ、そう?」
「しかも自分の色を纏ってもらえるって、ほんとに素晴らしいね。君が俺のものだと全世界に見せつけているようで」
ご満悦といった様子で、エリアスが大仰に頷いている。
そこまで喜んでもらえると、かえって身の置き場がないというのが本心である。贈られたドレスを目にした瞬間、流行りのドレスの華やかさよりもそういうシチュエーションについつい気持ちが浮ついてしまったというのが正直なところだから。男性からドレスを贈られる。そのドレスを身に纏ってパーティーに出席する。そういうことに、単純に憧れを抱いてしまう年頃なんだもの。
そういえば、中等部に入学してすぐのパーティーのときは一応ブランドからドレスを贈ってもらったことを思い出す。まあ、選んだのはギルウィングのおば様だろうけど。それでも、銀色のふんわりとしたドレスはひと目で気に入って、今でもクローゼットの奥に大切にしまってある。二年生と三年生のときはドレスが贈られてくることはなく、ブランドがギルウィングのおじ様やおば様にどう説明したのかはわからない。私は両親に「中等部では婚約者からドレスを贈られる人がいないから、まわりの人たちにあれこれ冷やかされて鬱陶しい」なんて適当な嘘をついて切り抜けてきたんだけど。
ちなみに今回、このドレスはブランドから贈られたものだとうちの親は思っている。「ブランドにしては珍しい色を選んだのね」とか言っていた。半笑いでやり過ごしたのは言うまでもない。
パーティーが始まってたくさんの生徒たちが和やかムードで談笑する中、仲睦まじげなヴェイセル様とカティアに声をかけられる。
「じゃあ俺、そろそろ交代の時間だからカティアをお願いできるかな?」
実は、騎士科の生徒は授業の一環として、このパーティーの巡回にあたるという任務を担っている。担当の時間になると交代で見回りをするのである。
「カティア嬢は俺たちがしっかり見守ってるから安心して行ってこいよ」
「俺はルディス嬢にお願いしてるんだよ」
「一緒だろ、どっちだって」
男子二人で軽くわちゃわちゃしたあと、ヴェイセル様は名残惜しそうにカティアに手を振りながら立ち去った。
その直後、入れ替わるようにして数人の騎士科の生徒が会場に入ってくる。なんの気なしに目を向けると、騎士服を着たブランドを見つけて心臓が跳ねた。
ブランドは私に気づくことなく、同じ騎士科の生徒と集団で飲み物を取りに向かっていた。途中で知り合いの令嬢に声をかける生徒がいて、話しかけられたブランドも穏やかな表情で会話に応じている。
元気そう。笑ってる。騎士服姿、かっこよすぎなんだけど。と思う反面、私以外の令嬢には普通に接している様子を目の当たりにして心が軋む。いつまでも未練がましく馬鹿みたい。と思うと同時に、諦めきれていない自分を思い知らされて気持ちが沈む。
小さくため息をついたときだった。
偶然こちらに顔を向けたブランドと、不意に目が合う。
そのまま、数秒。まるであの鋭い視線に縫いつけられたように、動けない。
こんなにはっきりと、目が合ったのは久しぶりだった。だから驚いて、視線を逸らせなかった。ブランドが私をじっと見つめること自体、いつ以来だろう。
「ルディス」
その視線の糸を断ち切るように、エリアスがすっと移動する。
「どうしたの?」
「え? どうもしないわよ」
不安げに私の顔を覗き込むエリアスに取り繕うように笑ってみせた私は、そのままブランドに背を向ける。
◇◆◇◆◇
パーティーも終盤に差しかかった頃。
「ルディ姉様!」
甲高い声がして、振り返るとよく見知った男の子が駆け寄ってきた。
「姉様! お会いしたかった!」
「スヴェン! 入学おめでとう!」
突然現れた銀髪の少年に、カティアとエリアスが怪訝な顔をする。
「この子はスヴェン・ギルウィング。ブランドの弟で今年中等部に入学したの」
紹介されたスヴェンは少し恥ずかしそうに、でも晴れやかな笑顔で礼儀正しく挨拶をする。
「はじめまして。スヴェン・ギルウィングと申します。兄やルディ姉様がいつもお世話になっております」
まだ声変わりしきっていない無垢な声に、カティアもエリアスも相好を崩す。
スヴェンはブランドの三歳年下。同じような銀髪に蒼黒色の瞳をした、でもブランドに比べるとだいぶ素直で物怖じしない性格の可愛い弟である。幼い頃はスヴェンとも一緒によく遊んだし、婚約したあとも私のことを姉様と呼んで慕ってくれている。
「ずっと姉様のこと探してたんだけど、なかなか見つけられなくてごめんなさい」
「私こそ。こんなに人がいるんだから、仕方ないわよね」
「姉様は元気だった? 最近全然会えなかったから……」
「元気よ元気。スヴェンこそ、元気だった?」
「もちろん」
屈託のない笑顔を見せるスヴェン。ブランドはともかく、ギルウィング家の人たちは今も変わらず私を大事にしてくれている。ギルウィング家には男の子しかいないから、私も姉も幼い頃はずいぶん可愛がられたものだった。会う機会はめっきり減ったけど、ギルウィングのおば様は今でも折に触れて「いつでも遊びに来ていいのよ」なんて手紙をくれるくらいだし。
「姉様、兄上には会った?」
突然、私とエリアスとを交互にちらちらと窺いながらスヴェンが遠慮がちに尋ねる。
「……会ってはないけど」
さっき見かけたけど。目も合ったけど。でも『会った』わけじゃないし。なんて深く考えないまま返事をしてから、はたと気づく。
今日、今この場で、会っていないということが、どれだけ不自然かという事実に。本来なら、ここは婚約者にエスコートされる場なんだもの。それが何を意味するのか、賢明なスヴェンなら気づいてしまうのでは……。
でもスヴェンはまったく気にも留めない様子で「じゃあ、どこにいるのかな」なんてつぶやいて、それからこぼれるような笑顔を見せた。
「ところで姉様。今日のドレス、とっても素敵ですね」
「え?」
邪気のない蒼黒色の瞳にすべて見透かされているようで、思わずどきりとする。ブランドとのことも、エリアスのことも、婚約者ではない男子から贈られたドレスに浮足立ってしまった浅はかな自分も、全部見抜かれているようでどうにも気まずい。
「あ、変かな、やっぱり……」
やましさや恥ずかしさがない交ぜになってつぶやくと、スヴェンがすかさず答える。
「そんなことないよ。すごく似合ってるし、きれいだよ」
やっぱり邪気の欠片もないスヴェンの笑顔に、どこか後ろめたさを感じてしまう。ぎこちない愛想笑いで誤魔化すことしかできない。
このスヴェンとの何気ないやり取りが、その後の私とブランドとの関係を一変させていくなんて。
一体誰が、想像できただろう。
次回からはしばらくブランド視点が続きます。
ブランド側の言い分とは……?