28 いつのまにかベタベタに甘やかされている
夏休みが終わり、いつもの学園生活が戻ってきた。
夏休みの間中、エヴァンス伯爵家の違法薬物事件は連日センセーショナルに報じられ、世間の注目を浴びることになった。
エヴァンス伯爵と現夫人は共謀して異国の商人と通じ、違法薬物の密輸入に手を染めていたらしい。そして驚いたことに、エヴァンス伯爵の前夫人、つまりセシリア様のお母様の死にも二人の関与があったことが取り沙汰されている。違法薬物をセシリア様のお母様に使用し、亡き者にしたという疑いが持たれているのである。まだはっきりしたことはわからないながらも、どうやらその可能性は高いらしい。
一方、事件への関与が否定されたセシリア様とは対照的に、ミア様は犯罪の片棒を担がされていたようである。エヴァンス伯爵たちは違法薬物やその対価としての報酬のやり取りを、年端もいかないミア様にずっとやらせていたらしい。子どものおつかいを装っていたというのだから、相当タチが悪い。
現当主夫妻が罪に問われたことで、当然エヴァンス伯爵家の存続についても議論がなされたようである。ミア様も犯罪行為と無関係とは言えない以上、残るセシリア様が跡を継ぐ流れで落ち着くかと思われたのに、そのセシリア様自身が断固拒否したのだという。
「お母様を殺した男の名前など、名乗りたくなかったのです」
セシリア様のオリーブ色の瞳が、俄かに強い光を帯びる。
「エヴァンスの名前に、未練などまったくありませんし」
「じゃあ、今後はどうされるのですか?」
「いろいろ話は出たんだけど、最終的にはうちの養女になることが決まりそうだよ」
少し長めの金髪をなびかせて、ラーシュ様がにこやかに微笑む。
「義姉上が殊の外セシリアのことを気に入ってしまってね。リーブス子爵家も引き取りたいって言ってくれたんだけど、義姉上が首を縦に振らなくてさ」
「あらま」
「義姉上自身、男の兄弟しかいないから姉とか妹とかに憧れがあったらしくて。義姉上がセシリアを手放したくないって言えば、兄上は反対するどころか義姉上のために進んで外堀を埋め始めるし」
「でしょうね」
「でもセシリア様はそれでいいのですか?」
「いいも何も。ファレル公爵家のみなさまにはとてもよくしてもらっていますし、養女だなんて逆にもったいないお話で」
「それにほら、いずれはエリアスと婚約することを考えれば、うちの養女になっておいたほうが何かと都合がいいだろうって義姉上が」
そう言われて、エリアスとセシリア様が同時に顔を赤らめる。そして「そんな……」とか「あ、まあ」とか言いながら、しどろもどろになっている。
「ミア様も辺境の地の修道院に送られるのでしょう?」
「彼女は両親が何をしているのか詳しいことは知らなかったみたいだけど、それでも薄々気づいてたわけだから。それに、彼女自身が異国の商人からやばい薬を買おうとしていた事実が判明したって新聞にも載ってたしさ」
ミア様は結局、あの日エヴァンス伯爵家に戻るや否や家宅捜索中だった騎士団員にあっさり身柄を拘束されたらしい。そのまま事情聴取を受け、ミア様自身がどこまで違法薬物事件に関与していたのかを厳しく追及されたのだという。
その捜査の過程で、両親が何やら犯罪に手を染めていると気づいていたことはもちろん、自らも異国の商人から「やばい薬」を買おうとしていたことが明るみに出る。しかも、その薬を私への嫌がらせに使おうとしていたらしい。どういう薬なのかはわからないけどだいぶいかがわしい薬ならしく、ブランが「あの女、いつか絶対俺が滅ぼす!」と息巻いていた。
ただ、そうはいってもミア様はまだ未成年。更生と再教育の余地ありということで、両親の処罰決定よりも早く、辺境の地の修道院へ行くことが決まったのである。
そういうわけで、あのお茶会の日以降、ミア様にはお会いしていない。
「せっかくレジーナ様がミア様たちに嫌がらせの事実を白状させて、学園側にも適切な処罰を下してもらうって言ってたのにね。違法薬物事件のせいで、こっちのほうはうやむやになっちゃったわね」
「仕方ないでしょ。学園でのみみっちい嫌がらせより、違法薬物事件のほうが大ごとだもの」
「ルディの身の安全を考えれば、学園での嫌がらせのほうが百倍重大だろ」
すぐ間近にゼロ距離で座るブランが、何食わぬ顔でいけしゃあしゃあと言い放つ。みんなの前でしれっと手をつなごうが勢いで抱き寄せようが、もう誰も何も言わなくなってしまった。あのお茶会の日の作戦だった「堂々といちゃいちゃ」がなぜかそれ以降もそのまま適用されて、現在に至る。解せない。
「まあ、ミア嬢に学園での処罰が下らなかったのは仕方がないとしても、もう一人にはきっちり罰を受けてもらってるわけだからさ」
「それはそうね。今頃どうしてるのかしら?」
ヴェイセル様とカティアが悪い顔をして、にやりとほくそ笑んでいる。
学園での私への嫌がらせに関して、ミア様と共謀していたことが発覚したベランノール侯爵令息。
二人が結託していたのは私とブランとの仲を邪魔するためだったと判明し、ベランノール侯爵令息はミア様をけしかけた張本人として学園での処罰の対象になった。しかも、ベランノール侯爵家はお茶会の騒動の件でもファレル公爵家から正式な抗議を受けている。もろもろひっくるめて怒り心頭の父親である侯爵によって、ベランノール侯爵令息は現在無期限の自宅謹慎を余儀なくされている。それに伴って、学園も無期限の休学扱いとなっているらしい。
「まあ、あいつに関しては自業自得だよ。今まで散々やらかしてきたツケが回ってきたんだろ」
「でもあいつがルディスにひと目ぼれしてたとはね」
「それだよ。好きだったら回りくどい陰険な嫌がらせなんかしてないで、堂々と告白すればよかったんじゃないの?」
「エリアス。みんながみんな、お前みたいにできるわけじゃないんだから」
「そうなの?」
「でもほんとそうよ。結局ベランノール侯爵令息は、遠くからルディスを見てることしかできなかったわけでしょ? チャンスはたくさんあったはずなのに」
「確かにハルは、昔から真っ向勝負を挑むというよりはちまちまと陰気くさい策を練るほうが得意でしたね」
「うわ、なんだそれ」
「ていうか、セシリアも意外に言うんだね」
「いえ、でも、あの二人はルディス様とブランド様の仲を引き裂こうとしていたはずなのに、かえって絆を深めることになったというのが、短慮というか浅はかというか」
「そうだよな。ハルスティンはミア嬢に二人の邪魔をしてほしかったんだろ? でもミア嬢が嫉妬に狂ってルディスへの嫌がらせを繰り返すから、ブランドがますますルディスから離れなくなったんじゃないか。よく考えれば逆効果だってことくらい、わかりそうなものなのにな」
「何言ってんだ。結局は俺たちの愛の力に二人が勝てなかったってだけの話だろ」
得意げな顔をするブランに、みんながみんな容赦ない冷めた視線を送る。ブランの過剰にしてストレートな愛情表現にはますます磨きがかかり、私は常に振り回されっぱなしである。本当に、いつのまにかベタベタに甘やかされている。
夏休みが終わってから、昼休みはこんなふうにこの七人でいることが増えた。ラーシュ様は騎士科の友人と一緒にいることも多いけど、時々こうやって私たちのところにも顔を出す。カティアとヴェイセル様は相変わらず仲良くじゃれ合っているし、セシリア様はファレル公爵家に身を寄せるようになってから屈託のない笑顔を見せてくれるようになったと、エリアスがいつもうれしそうに話している。
ミア様もベランノール侯爵令息もいなくなった学園は、以前のような平和な日々を取り戻している。
◇◆◇◆◇
ブランと私の婚約は継続することが正式に決まり、ブランは改めて我が家にこれまでのことを謝罪に訪れた。心を入れ替えてからのブランの様子は私も両親に話していたから、婚約継続に反対はされなかった。でもお父様はいまだにちょっと納得がいかないらしく、時折思い出したようにちくりちくりと皮肉を繰り返してはブランを辟易させている。困ったものである。
「収穫祭も一緒に行こうな」
帰りの馬車の中で、ブランが突然思いついたように口にする。公爵家のお茶会の日から、二人きりになるとすぐに私の腰を引き寄せて密着するようになったブラン。人前だろうがなんだろうが、すぐに手をつないだり抱き寄せたりするから「恥ずかしくないの!?」と抗議したら、
「俺はむしろ、いつでもくっついていたいくらいなんだけど」
平然と真顔で言われて、返す言葉が見つからなかった。これがあの、まわりに冷やかされるのが嫌で私と距離を置いていた人と本当に同一人物なのだろうか。人って変わるのねと、思わずにはいられない。
「……収穫祭って、まだだいぶ先だけど?」
「でも早めに約束しておきたくて」
「約束なんかしなくても、ほかの人に誘われるわけないんだし」
「……そんなの、わかんないだろ」
ちょっと不機嫌な口調になって、ブランがぷいっと顔を背ける。
「ハルスティンみたいに知らない間に想われてることだってあるんだし、前のエリアスみたいに告白してくるやつだって」
「あれはたまたまじゃない?」
「何言ってんだ? お前、自分にファンクラブできてるの知らないのか?」
「は? ファンクラブ?」
なんだそれ。ファンクラブ? ファンクラブってあの? 人気のある歌手とか舞台俳優とかのファンの集まりと同じやつ?
「とにかく、俺という婚約者がいたとしても、虎視眈々と狙ってるやつは多いんだよ。俺が中等部の頃にやらかしたせいでもあるけども」
「まあ、それはね」
「だから俺は、これ以上悪い虫がつかないように、牽制の意味も込めてわざとルディにさわりまくっていちゃいちゃしてんの」
「そうだったの?」
「……あ、いや、単に俺がルディに触れたいだけってのもあるけど……」
「は?」
「だってルディ、毎日毎日可愛すぎるんだよ。可愛すぎて好きすぎて、さわりたくなるに決まってるだろ」
「え」
「それにこんなに可愛いかったら、誰かに取られるんじゃないかって気が気じゃないんだよ。俺は誰にもルディを渡したくないし、これからもずっと離れたくないし、俺って意外に独占欲強めなのかも……」
「それは、そうね」
「……引く?」
「え、引きは、しないけど」
そう言うと、少し安心したように、ブランが私の肩に顔を乗せる。そしてため息まじりに、艶っぽくささやく。
「ほんと、好きすぎて死にそう」
「何それ」
「……ルディも、俺のこと好き?」
「……うん。好き、だよ」
「じゃあ、もう俺のものにしていい?」
怖いくらいの甘い熱を孕んだ青墨色のまなざしが突き刺さる。抗い切れないことなど、私だってとっくにわかりきっている。
「……いいよ」
「じゃあ、キスしていい?」
ああ、このくだり、何回かやったなあなんて場違いに思い出して、いちいち確認するブランって変に律儀なんだからなどと思ってしまって。
「……もう聞かなくていいよ」
少し伏し目がちに答えたら、頬に温かな手が添えられて優しく上を向かされた。
無事完結です!
お読みいただき、ありがとうございました。