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27 親密さを見せつけられる

「スティーグ! 思ったより早かったのね」

「ああ、レジー、体調はどうだい? 大丈夫?」



 声の主は真っすぐにレジーナ様へと向かい、自然な流れで腰に手を回し引き寄せる。かと思うと、とろけるような笑顔でこめかみにキスを落とす。



「やだ、人がいるのに」

「これくらいいだろ?」

「恥ずかしいじゃない」

「そうなの? でも俺がレジーに夢中なのは事実だし、レジーが俺だけの人だってこともみんなにアピールしておかないとね」



 ……なんだこの、大量の砂糖をまぶしたような夫婦は。



 唐突な長身の美丈夫の登場に一同が面食らうと同時に、二人の親密さを見せつけられて目のやり場に困ってしまう。ファレル公爵家の嫡男夫婦の仲睦まじさは結構なことだけれど、恐れ多くて誰もツッコめない。



「兄上、義姉上。そういうのは時と場所を選んでもらえると助かるんだけど」



 ツッコめる人いた! と思ったら、ラーシュ様は目のふちをぽっと赤らめてなんとも言えない複雑な表情をしている。そりゃそうだ。身内のいちゃいちゃなんぞ、できれば目の当たりにするのは避けたいだろうに。



「何言ってるんだ? 人前だからこそ意味があるんだろう?」

「は?」

「見せつけてるんだよ。レジーへの深い愛情に関しては、俺に勝てるやつなどいないってことをね」

「いやいや、でもさ」



 ラーシュ様の反論など物ともせず、スティーグ様は腕の中のレジーナ様に甘ったるい視線を向ける。



「それはそうとレジー。大丈夫だった?」

「ええ。滞りなく」

「さすがは俺のレジーだね。体調のほうは?」

「なんともないわよ」

「レジーのことが心配で、向こうは早々に切り上げてきちゃったよ」

「そんなに心配しなくても大丈夫なのに」

「でも――」

「兄上」



 放っておくとどんどん自分たちだけの世界に没入していく公爵家嫡男夫婦に、弟が露骨に面倒くさそうな顔をして声をかける。



「そんなことより、さっきの言葉はどういう意味ですか?」



 ラーシュ様の冷静な問いに、兄であるスティーグ様は「そうだった、そうだった」と言いながら取り押さえられているミア様を見下ろした。



 そして、なぜかうれしそうに目を輝かせる。



「君のご両親であるエヴァンス伯爵と夫人だけどね。先程王立騎士団に身柄を拘束されて、そのまま連行されたそうだよ」

「は!?」



 驚いて大声を上げるミア様を尻目に、スティーグ様は楽しそうになおも続ける。



「なんでも、君のご両親は違法薬物の密輸入に関与した疑いが持たれているらしくてね。騎士団の家宅捜索を受けたあと、最終的には身柄の拘束に至ったらしいんだよね」

「は? 何それ……」



 唐突すぎて事態が呑み込めないのか、ミア様は混乱に陥って言葉を失ってしまう。青天の霹靂とも言える話に視線は宙を彷徨ったまま、意味をなさない言葉を羅列し始める。



「そんな……。でも、まさか……」

「嘘だと思うなら、今すぐ家に帰って確かめてみるといいよ。なんなら公爵家の馬車を貸してあげるけど?」

「わ、私、帰ります!」



 ミア様がそう言うが早いか、公爵家の使用人がさっと近づいて後ろ手に縛り上げていた縄をすんなり解く。手際がよすぎじゃない? なんて思っていると、手が自由になったミア様はすぐさま立ち上がって挨拶もせず一目散に玄関へと急ぐ。



「じゃ、じゃあ、私も……」



 蒼ざめてわなわなと打ち震えるセシリア様が、そのあとに続こうと挨拶しかけると。



「君はダメだよ」

「え?」



 さらりとした口調ながらも異論を許さないスティーグ様の声に、セシリア様はぴたりと動きを止める。



「今帰ったら、君も身柄を拘束されかねないからね。このままファレル公爵家(うち)にいるといい」

「え? それは、どういう……?」

「今はまだ、騎士団がエヴァンス伯爵邸を家宅捜索している途中なんだ。そして、今帰った君の妹も実は違法薬物の密輸入に関与したという容疑がかけられている。騎士団は君の妹のことも探していたからね、今帰ったら騎士団にすんなり拘束されるだろうね。飛んで火にいる夏の虫とは、まさにこのことだと思わない?」

「え、でも……」

「君が今回の犯罪に関与していないことは、捜査の段階ですでに明らかになっている。まあ、家族が犯した罪について騎士団から聴取を受けることはあるだろうけど、心配しなくていい。君のことはファレル公爵家が責任を持って預かるし、今後のことについても悪いようにはしないから大船に乗ったつもりでいていいよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」



 あまりの怒涛の展開についていけない私たちを代表して、ラーシュ様が口を挟む。



「兄上は知っていたの? エヴァンス伯爵夫妻が犯罪に関与していて、それを騎士団が捜査していたことを……」

「まあな。そういう仕事だからな」

「義姉上も?」

「私は知らないわよ」



 予想外の即答に、私たちはみんな肩透かしを食らう。でもレジーナ様は、涼しい顔で事もなげに答える。



「スティーグには仕事上の秘密保持義務があるから、そういうことは家でも話さないのよ」

「でも、こうなることがわかっていたんじゃないの?」

「ええ、それはね。多分そうなんじゃないかなっていう予測程度だけれど」

「どうして?」

「あなたが今回の話を持ってきたとき、エヴァンス伯爵家の名前を出したらスティーグの表情が変わったの。だから近々、何かあるんだろうなと思ったのよ。でも確認なんかできないし、スティーグは『今後のことを考えたらセシリア嬢だけはなんとかしてあげたい』と言ったから、セシリア様だけを助ける算段をつければいいんだなと思ったのよ。それだけよ」



 いやいやいや。何ですかその以心伝心ぶりは。



 「それだけ」なんて謙遜しているレジーナ様だけど、それがどれだけすごいことか。もう私たちはぐうの音も出ない。ただただ圧倒されるのみ。この夫婦、最強すぎるんだけど。



「もしかして、生活必需品とか大事なものを全部持ってくるように言われたのも……」

「そうよ。もしもエヴァンス伯爵夫婦が身柄を拘束されて罪が確定するようなことになったら、犯罪に加担していないあなたは路頭に迷うことになるでしょう? 実は、あなたのお母様のご実家であるリーブス子爵家とも話はついているのよ。先方もあなたのことは心配していたけれど、こちらで預かると伝えたらどうかよろしくお願いしますって直接頭を下げにこられたの」

「え……?」

「お母様が亡くなってからは、あちらの家との行き来も制限されていたのでしょう? 落ち着いたら、手紙を書いて差し上げるといいわ」

「は、はい……。でも、どうしてここまで……?」



 セシリア様がおずおずと遠慮がちに尋ねると、レジーナ様はまるで星の女神のようにたおやかに微笑む。



「私たちファレル公爵家はね、ブランド様に言葉では言い尽くせないほどの恩義を受けたのです。そのブランド様が何やら厄介ごとに巻き込まれたうえに友人を助けたいと言っていると聞けば、受けた恩義に報いるのは当然のことでしょう?」



 みんなはブランがファレル公爵家に対して何をしたのか詳しいことを知らないから、ちょっときょとんとしている。七年前の騒動のことはともかく、レジーナ様とスティーグ様の関係改善にブランが役に立ったなんて、ちょっと言えないし。今回の断罪劇にしたって、なぜファレル公爵家がここまで手を貸してくれるのか、本当はみんなよくわかっていないのである。



 でもラーシュ様やレジーナ様、スティーグ様までもがブランに対して一点の曇りもない崇敬のまなざしを向けていて、当のブランはだいぶ気後れしながら苦笑するよりほかなかった。














次回、最終話です!

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