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26 あっという間に取り押さえられる

「ルディ!」



 狂ったように髪を振り乱し、鬼神のごとき形相でミア・エヴァンス伯爵令嬢が襲いかかってきたと思ったら、渡り廊下のあちらこちらから公爵家の使用人やら給仕やら、さらにはヴェイセル様やラーシュ様までもがわらわらと出てきて我も我もと飛びかかる。



 ブランだけは一直線に私のもとへと駆け寄って、すぐさま私をかばうように目の前で仁王立ちになった。



「ルディ、大丈夫か!?」

「……うん」



 ていうか、私はまだ何もされていないから。ミア様は私を悪しざまに罵って襲いかかろうと走り出した途端、たくさんの人たちにあっという間に取り押さえられてしまったのだもの。私とミア様の間にはまだだいぶ距離があったし、私よりミア様のほうが大丈夫じゃない気がするんだけど。



 その予想通り、ミア様は取り押さえられながらも「何すんのよ!」「やめなさいよ!」「私は伯爵令嬢よ!」なんて騒がしくわめき散らしている。



 でも近づいてみると、ヴェイセル様がやれやれといった顔で何かを差し出した。



「こいつ、これでルディスを傷つけようとしてたらしい」



 それは、鈍く光る小型のナイフだった。さっき振り上げていた手に握られていたのがこのナイフだったと気づいて、ひゅっと喉が鳴る。ブレザーも鞄も、きっとこのナイフで傷つけられたのだろうということは想像に難くない。



「ルディス!」

「大丈夫か!?」



 カティアやエリアス、セシリア様も私の無事を確認しようと駆け寄ってくる。いやほんと、ほぼ何もされていない状態で向こうが勝手に自爆してくれたわけだから。心配されるほうが恐縮といいますか。まあ、なんにせよ、結果は上々といったところだろうか。



 そこでなぜか、まとわりつくような視線を感じてふと顔を上げる。取り押さえられたミア様の向こうに、蒼ざめた表情ながらも粘着質な目をして私を凝視するベランノール侯爵令息が見える。



「ルディ」



 それに気づいたのか、ブランがベランノール侯爵令息の視線から私を隠すように立ちはだかった。と思ったら、いきなり抱きしめられる。



「まじで焦った……!」

「ごめん、ブラン。無理言って」

「いいけどさ。でももう、まじで勘弁してくれ」

「……うん。ありがとう、ブラン」



 自分からその胸にぽすんと体を預けると、ブランがまたしても感極まったのかぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。その胸に抱かれてゆるゆると緊張が解けていくのを感じていると、



「何事かしら?」



 気高く冷徹な声が、響き渡る。



 満を持して登場したお茶会の主催者でもある公爵家の若奥様に、ミア様を取り押さえた使用人の一人が駆け寄って何やら耳打ちをした。



 ミア様は後ろ手に縛られながらも、レジーナ様の姿を見つけると必死に叫び出す。



「レジーナ様! 助けてください! 私は何もしてないのに、いきなりこんなひどい目に――」

「お黙りなさい」



 ぴしゃりと言い切られ、ミア様は口をつぐむ。



「何もしてないですって? そのナイフを持ってルディスに襲いかかろうとしたくせに?」

「そんなことしてません! ナイフはたまたまそこに落ちていたから、拾っただけで――」

「暗愚の極みとはこのことね」



 レジーナ様は呆れたようにため息をついて、ざっと中庭を見回した。



「先程のあなたの行動は、私たち公爵家が一部始終を目撃しています。言い逃れできるとは思わないことです」

「……え……」

「嫉妬にまみれた醜悪な目で執拗にルディスを睨みつけているのを見て、何かしでかすのではないかとこちらも注視していたのです。ルディスがブランド様と離れて一人になった瞬間、あなたがすぐさまあとをつけていったところも確認しています。公爵家の主催するお茶会でこのような騒ぎを起こすなど、一体どういう了見なのですか?」

「だ、だって!」



 頬に手を当てて小首を傾げたレジーナ様に向かって、ミア様は我慢できなかったのか被せぎみに言い返す。



「だってその女が、いつまでもブランド様にひっついて離れないんだもの!」



 ……その言葉に、誰もが耳を疑った。



 え? 私? 私がブランにひっついて離れないって? あれ? みんなにはそう見えてるの?



 と思ってまわりを見てみると、みんながみんなぽかんとしている。



「いや、あれはどう見ても……」

「ブランドがルディスから離れないというか……」

「ブランドがルディスを離さないというか……」

「俺がルディと一緒にいたいから離さないに決まってんだろ!」



 ブランの一喝に、みんながみんなうんうんと頷いている。



「そんな……! ブランド様はほんとは私のことが好きなんじゃ……?」

「は? なんでだよ。どこからそんな話が出てくるんだよ。ていうか、そもそも誰だよお前」

「だって、ハル兄様が……」



 その言葉で、今度はみんなの視線が一斉にミア様の後方に集まった。少し離れたところで怯えたような目をしながら、名前を出されたベランノール侯爵令息が立ち尽くす。



「ハルスティン、どういうことか説明しろ」



 ラーシュ様の声で、ベランノール侯爵令息は直立不動のまま固まってしまう。



「あ、いや、だって……」

「ハルスティン!」



 業を煮やしたブランの苛立たしげな声が、刃となってベランノール侯爵令息を貫いた。ベランノール侯爵令息はがくっと膝から崩れ落ちると、もごもごと言い淀む。



「お、俺が、俺だって、ルディス嬢が……!」

「は?」

「お、俺だってルディス嬢がずっと好きだったんだ! それなのに、お前がまたしゃしゃり出てきやがって……!」

「なんだそれ? どういうことだ?」

「中等部に入って、ひ、ひと目惚れだったんだよ! それなのにお前たちがもう婚約してるって聞いて……! だからわざと悪しざまに冷やかしてやったんだ! そしたらお前たちの仲が悪くなって、てっきり婚約は解消になったと思ってたのに今度はそこのエリアスとかいうやつが邪魔してきて! そうこうしてるうちにお前がまたルディス嬢と仲良くなってるから!」

「……お前、ルディが好きだったのか?」

「そうだよ!」

「それで、そこの従姉妹をけしかけたのか?」

「ミアがお前のこと格好いいとか言い出したから! だからブランドもほんとはミアのことが好きで、でもあの婚約者につきまとわれて困ってるって言ったんだ。ミアがお前たちの仲を邪魔してくれたら、俺にもチャンスがあると思って……! そしたらミアが、ブランドを取り戻すとか言い出してルディス嬢に嫌がらせを……」

「嫌がらせ?」



 聞き捨てならないとばかりに、レジーナ様が片眉を上げる。冷ややかな眼力は、ベランノール侯爵令息をも逃すつもりはないらしい。



「嫌がらせとは何かしら?」

「え……」

「隠そうとしても無駄だってことはわかるわよね?」

「あ……」



 蛇に睨まれたカエルのように、微動だにできないベランノール侯爵令息。ぎこちなく、重い口を開く。



「……ルディス嬢の教科書やノートを隠したり、ブレザーを持ち出して切り裂いたうえに池に捨てたり、鞄にも傷をつけたり……」

「ちょっと、ハル兄様! 何よ、せっかく盗んだノートを渡してやったのに!」

「どういうことかしら?」

「ハル兄様がそこの女と仲良くなりたいって言うから! 自分が見つけたことにして持っていけばいいって渡してやったのよ!」



 最後にはお互いの罪を暴露し合う二人の醜態に、誰もかれもが呆れ果てたように肩をすくめている。



「概要はわかりました」



 レジーナ様は淡々とした口調ながらも、威厳のある声で言い放った。



「とにかく二人は、学園でもルディスに陰湿な嫌がらせを繰り返した挙句、この公爵家のお茶会でもルディスに襲いかかるという凶行に及びました。学園内でのことは公爵家から学園側にしっかりと報告いたしますから、そちらはそちらで速やかに適切な処罰が下されるでしょう。しかしこの場でしでかしたことについては、公爵家として見過ごすことはできません。ベランノール侯爵家及びエヴァンス伯爵家にはファレル公爵家から正式に抗議を意を示すつもりです」

「そ、そんな……!」



 天下のファレル公爵家から正式な抗議を受ける。それが我が国の貴族社会においてどんな意味を持つのか、わからないベランノール侯爵令息ではないらしい。表情からは一気にすべての感情が抜け落ちて、ただがたがたと震えている。



 一方のミア様は、その重大性がまったくと言っていいほど理解できていないらしい。



「ふ、ふん! 抗議でもなんでもすればいいじゃない! あんたたちがいくら抗議したって、お父様がなんとかしてくれるわよ!」



 ……いや、普通に考えて、公爵家と伯爵家のどちらに力があるのかなんて、子どもでもわかりそうなものなのでは……?



 と、私たちの心の声がつい漏れそうになったとき。



「さて、それはどうかな?」



 背後から、自信に満ちた風格のある声が聞こえた。











残り二話で完結します。

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