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25 お茶会が開かれる

 夏休みに入ってまもなく、ファレル公爵家主催のお茶会が開かれることになった。



 お茶会の主催者は、ファレル公爵家嫡男であるスティーグ様と妻のレジーナ様。もともと懇意にしている貴族家やこれから親しくなりたい貴族家の令嬢令息を多数招待し、親睦を深めることを目的としている。



 というのはもちろん建前で。



 これは私たちのために用意された、一連の騒動の首謀者を糾弾し、断罪する舞台。正義の鉄槌を下すための舞台なのである。



 ブランからこの企みについて聞かされたとき、策略の内容よりもまずファレル公爵家とのつながりに驚いた。いつのまに、と思っていたら



「レジーナ様から話を聞く機会がなかったら、俺は今こうしてルディの隣にいることはできなかったと思う」



 ブランはとても真面目な顔で、ラーシュ先輩やレジーナ様との出会いについて話してくれた。



 レジーナ様が話した七年前の騒動とその顛末は、確かにブランの考え方やものの見方に影響を与えたのだろう。改心したブランがどれだけ誠実に私と向き合ってくれたか、私が一番よく知っている。私たちは改めてお互いを知り、お互いを想い、そうして関係は修復に至ったのだから、私たちこそがファレル公爵家に感謝の意を表すべきなのだと思う。



 でも実際にお会いしたレジーナ様はそんなことなど意に介さず、親しみやすい笑顔で私たちを出迎えてくれた。由緒正しい公爵家の若奥様で絶世の美女で、しかも現在妊娠中。体調を心配する私たちに「おかげさまで、今のところなんともないのよ」と気さくに微笑んでくれる。



「よく来てくれたわね。あなたがブランド様の想い人なのね?」

「お、想い……?」

「ふふ。私もルディスとお呼びしたいのだけれど、よろしいかしら」

「あ、あの、ぜひ、喜んで!」



 私とブラン、カティアとヴェイセル様、そしてエリアスとセシリア様はお茶会が始まる少し前に公爵家に集まるよう言われていた。そして、詳しい作戦の段取りを打合せする。



「まあ、段取りといってもさ、はっきり言って向こうの出方次第なんだけど」



 ラーシュ先輩はきれいに束ねられた長めの金髪を揺らしながら、くすりと笑う。



「そのなんとかっていう令嬢、だいぶ浅はかで短絡的みたいだからさ。公爵家(うち)のお茶会に呼ばれて舞い上がってるところにブランドが最愛の婚約者を連れて現れたら、すぐにカッとなって何かやらかすと思うんだよね」

「だったら、むしろ早めに何かしらやらかすよう仕向けたらいいんじゃないですか?」

「ブランドがルディスと必要以上にいちゃいちゃするとか?」

「え、それわりといつも通りじゃない」



 カティアとヴェイセル様の平然としたやり取りに、私のほうが気恥ずかしくて赤面してしまう。



「じゃあ、俺たちは堂々といちゃいちゃしてればいいんですね?」

「そうだね。堂々といちゃいちゃしてくれ」



 ブランもラーシュ先輩も何食わぬ顔でとんでもないことを言っている。なんでみんな、冷静にぶっ飛んだことを言っているのか意味がわからない。



「ただ、相手の令嬢は浅慮ゆえにこちらの想像の斜め上を行く暴挙に出る可能性があるからね。みんなも十分に注意してほしい」

「はい」

「といっても、今日この場にいるうちの給仕やその他の使用人はすべて鍛錬を重ねた精鋭ぞろいだから。そんなに心配しないで」



 さすがは公爵家。用意周到な抜け目なさに感心してしまう。



 簡単すぎる打合せ(打合せと言えるのだろうか?)が終わると、ファレル公爵家の使用人がセシリア様にそっと近づくのが見えた。そして、持参していた大きな鞄を屋敷の中に運び込む。



「セシリア様、あの鞄は……?」

「ああ、あれはレジーナ様から持ってくるように言われたんです。生活必需品とか貴重品とか、絶対に手放せない大事なものとか……」



 なんでそんなものを? と思いながら振り返ると、レジーナ様は何やら意味深な様子で微笑んでいる。



「さあさあ、そろそろ時間ですから。行きましょう?」



 その有無を言わさぬ雰囲気に、何やら私たちの与り知らない特別な事情がありそうな予感がする。公爵家の企みは、ミア様とベランノール侯爵令息の断罪だけではないのかもしれない。



 考えてみれば、ミア様を糾弾できたとしてもセシリア様の苦しい立場については何の解決策も見出せてはいない。でも私たちではどうにもできない家庭の事情も考慮したうえでの作戦だから、とファレル公爵家側からは説明を受けている。



 実は、セシリア様から話を聞いた翌日、エリアスは改めてセシリア様との関係について話してくれていた。



『つきあうようになって一緒にいる時間が長くなっても、セシリアとの間には薄い壁があるというか、距離があるような気がしてたんだ。特に家族の話は一切したがらなくてね。俺と一緒のときは楽しそうにしているけど、ふとした瞬間に暗い表情を見せることがあって、あれこれ聞いても何も教えてはくれなくて……。いつか話してくれるんじゃないかと思いながらも頼ってくれないことがもどかしくて、それがあんな事情があったなんて思いもしなかったよ。きっと、俺には知られたくなかったんだろうね』



 切なげに笑うエリアスはどこか痛々しくて、セシリア様への想いがまごうことなき本物であるということを知らしめる。



 セシリア様はエリアスに知られたくなかったというより、誰にも知られたくなかったのではないかと思う。まともな神経の持ち主ならあんな家庭の事情なんて恥ずかしすぎるし、自分が家族の中で虐げられているならとことん隠したい。



 そんなセシリア様とエリアスは、一足先に連れ立ってお茶会の会場である中庭へ向かった。二人の幸せそうな顔が、これからも近くで見られたらいいのにと願わずにはいられない。



「俺たちも行こうか、ルディ」



 いちゃいちゃを公認されたせいか、近づいてきたブランが堂々と私の腰に手を回す。その優しいぬくもりを感じて、なぜだか急に涙が出そうになる。



 これから始まる、計略と断罪の舞台。私たちは一連の騒動の首謀者を煽り、苛立たせ、そして自ら悪意の標的になる。



 怖いわけではない。何も心配などしていない。



 でも。



「ブラン」

「なんだ?」

「もう気づいてると思うけど、私もブランのことが好きだから」

「ああ、うん……。って、は!?」



 飛び上がるほど驚いて、ブランは立ち止まる。



「なんだよ急に!? なんで今!?」

「だって……」

「だって、何だよ!?」

「今言いたくなったから」



 少しだけ俯いて上目遣いで答えると、腰に回った腕がそのまま私を抱き寄せる。



「ルディ……! その顔は反則……!」

「は、反則?」

「なんでお前はこんなときにそんな大事なこと言うんだよ……!」

「え、ごめん……」

「いや、怒ってない、怒ってないけどさ」



 ブランは深呼吸しながら腕の中の私を見下ろして、それから少し掠れた声で尋ねる。



「……夢じゃ、ないよな?」

「現実だけど」

「じゃあ、これからもずっと一緒にいられるんだよな?」

「うん」

「ルディもずっと一緒にいてくれるってことだよな?」

「うん」

「……まじか……」



 確かめるように、噛みしめるように、私の顔をすぐ間近で覗き込むブラン。見上げた青墨色の瞳は、歓喜に震えながらも粛然たる熱を宿す。



「今日のことは心配するな。絶対に、俺が守るから」

「う、うん」

「ルディは絶対に傷つけさせない」

「うん」

「……だから、キスしていいか?」

「は? なんでよダメに決まってるでしょ。ここどこだと思ってんのよ?」

「ファレル公爵家だけど?」

「そういうことじゃないのよ。こんなとこで何言ってんのってことよ」

「じゃあ、ここじゃなければいいんだな? どこだったらいい?」

「だからそういうことじゃないんだってば……!」






◇◆◇◆◇  






 それからしばらくして、お茶会の招待客が続々と到着し始めた。



 目論見通り、ミア・エヴァンス伯爵令嬢は従兄弟であるハルスティン・ベランノール侯爵令息にエスコートされて登場する。



 それを、視界の端で確認する私たち。



 ブランに腰を抱かれ、わざとらしくべたべたと触れ合いながら談笑していると(というかブランがやたらあちこち触りまくる)、不意にミア様と目が合った。



 その憎悪の色に、思わずぞくりと背筋が凍る。



 恐怖に目を逸らしそうになって、それでもなんとか踏みとどまって、私はミア様を見返した。なるほど、流れるような漆黒の髪色も背格好も体つきも、セシリア様によく似ている。ぱっと見、見間違えても不思議ではない。でも嫉妬と怒りにまみれた醜悪な顔は、セシリア様とは似ても似つかない。私は故意に勝ち誇ったような意地の悪い笑みを見せて、彼女を煽る。



 ぎりり、と歯噛みする音が聞こえてきそうだった。



「あいつの顔、まじでやばい」



 ブランが見せつけるように耳元に顔を近づけて、低くささやく。



「俺から離れるなよ」

「……でも一緒にいすぎると、向こうも手出しができないんじゃないかな」

「は? 何言ってんだよ」

「ここは一旦油断させるべきよ。ね?」



 心配そうに眉根を寄せるブランを必死で宥めてから、頃合いを見計らって一人になった。



 トイレに行くフリを装い、中庭の談笑の輪から離れて屋敷の中へとつながる渡り廊下に足を踏み入れたそのとき。



「――――いい加減、鬱陶しいんだよ!」



 振り向くと、腕を振り上げて突進してくる黒髪の令嬢の憤怒に狂った顔が見えた。










 

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