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18 妙に熱っぽい視線を向けられる

 そうして、数週間がたった。



 学期末テストを間近に控えた、ある日のこと。



「放課後、図書室で一緒に勉強しないか?」



 隣に座るブランドは、なぜだかやけに上機嫌な声でずずっと距離を詰めてくる。



「……近いんだけど」

「だって近づきたいからさ」

「『だって』じゃないのよ。なにちょっと可愛らしい感じで言っちゃってんのよ」

「たまにはいいだろ」

「いくら()()婚約者とはいえ、適切な距離は保ってって言ってるよね?」

「これくらい、婚約者としての適切な距離だと思うけど」

「そんなわけないでしょ。まわり見てみなさいよ」

「俺としては、もっと近くてもいいんだけど?」



 意味ありげに笑うブランドが、私の意見なんかお構いなしで遠慮なく迫ってくるから慌ててパッと離れる。





 あれから、ブランドは自分の好意をまったく隠さなくなった。人がいようがいまいが関係なく、常に私のそばを離れない。私が本当に嫌がることはしないけど、隙あらばそれとなく手を握ったり髪の毛に触れたり、スキンシップの類いも増えた。そのたびにいちいちどぎまぎさせられて、私の学園生活はより一層落ち着かないものになっている。



「じゃあ、私たちも一緒に勉強しない?」

「それいいな」

「ちょっと待て。俺はルディと二人きりで勉強したいんだから、邪魔すんな」

「二人きりって、この時期図書室で二人きりになれるわけないじゃない。テスト前なんだから、むしろ激混みよ?」

「四人で勉強したほうが、わからないところはお互い教え合えるし好都合じゃないか」

「うるさいな。お前たち、俺が真面目に勉強するとでも思ってんのか?」

「は?」

「なんだそれ」

「勉強なんて、ルディと少しでも長く一緒にいるための口実に決まってんだろ」



 しれっとした様子のブランを、カティアとヴェイセル様が呆れたような顔をして眺めている。



 最近は、この四人で行動することが日常になりつつあった。打ち解けたのかどうなのか、私以外はみんなお互いを呼び捨てにするくらいの距離感にはなっている。エリアスは一つ年上のセシリア様と一緒にいる時間が格段に増えて、別行動になることが増えていた。ランチのときはもちろんだし、授業中も私たちと一緒にいることは減った気がする。セシリア様に気を遣っているのだろう。ヴェイセル様曰く、二人の交際はそれなりに順調らしい。





 放課後、早速迎えに来たブランドたちと一緒に図書室へ向かう。ちょうど四人がけのテーブルが空いていて、早速それぞれ自分の教科書やノートを並べ始める。



「ルディは何やるんだ?」

「うーん、経済学か経営学かな。どっちもちょっと苦手なのよね」

「意外だな」

「そう?」

「なんでもそつなくこなすイメージがあったからさ」

「そうかな。ブランドのほうが、昔から文武両道ってイメージでなんでもできたじゃない」

「そうか? なら俺が経営学教えようか? 得意なんだよ」

「へえー、意外」

「なんでだよ」

「あ、ブランドが得意なのが意外なんじゃなくて、騎士科にも経済とか経営の授業があるのが意外なの」

「そりゃそうだろ。騎士科だって全員が騎士を目指してるわけじゃないし、将来親の跡を継いで当主になるやつも多いからな」

「なるほどね」



 得意だと豪語するだけあって、ブランドの教え方は予想外にうまかった。私と同じように経営学がちょっと苦手なカティアも「なんかブランドの教え方、先生よりわかりやすくて逆に腹立つんだけど」なんて言っていた。



 ひと通りブランドのレクチャーを受けたあと、気分を変えて世界史の勉強をしようと鞄を覗くとノートがないことに気づく。



「あ」

「どうした?」

「世界史のノート、教室に忘れてきたかも」

「取りに行く?」

「うん、行ってくる」

「じゃあ俺も」



 私が立ち上がるより早く、ブランドがさっと席を立つ。



「一人で行ってくるから大丈夫よ」

「何言ってんだよ。一人で行かせるわけないだろ」

「だってすぐそこよ?」

「すぐそこでも、俺が離れたくないんだよ」

「いちゃいちゃしてないでいいから、さっさと二人で行ってきたら?」



 冷ややかな目のカティアに顎で促され、私たちはそそくさと図書室を出る。いちゃいちゃなんか、してないのに。ひどい言われようである。




 でも廊下に出た途端、なんの断りもなく当然のように手をつないでくるブランドに面食らう。



「え、ちょっと」

「何?」

「別に手をつなぐ必要なくない? すぐそこなんだし」

「嫌なのか?」

「嫌じゃないけど、恥ずかしいじゃない。誰かいたらどうする――」

「ふーん。嫌ではないんだな?」

「は!?」



 つい大声を出すと、妙にうれしそうなブランドの手がぎゅっと私の手を強く握る。「どうせ誰もいねえよ」なんて言われて、頬が赤くなるのを抑えられない。ブランドはそんな私をちらりと見て、スキップしそうなくらい大袈裟にはしゃいでいる。




 図書室は教養科と同じ棟にあって、教室は目と鼻の先にある。当然のことながら誰一人いない教室に着くと、一番後ろに位置する自分の机の中をしゃがみ込んで覗き込む。一向に手を離してくれないブランドも一緒になってしゃがみ込み、机の中を覗くけど世界史のノートは見当たらない。



「あれ、ないかも」

「家に置いてきたんじゃないか?」

「持ってきたはずなんだけどな」

「じゃあ、誰かが間違って持って帰ったとか?」

「あー、どうだろう……」

「今日ないと、困るのか?」

「ううん。別の教科の勉強をすればいいから大丈夫だけど。家に帰ったら、もう一度探してみるよ」

「そうだな」



 諦めて、同時に立ち上がる。



 その瞬間、妙に熱っぽい視線を向けられていることに気づいてしまう。



「……何よ?」

「もうちょっと、ここにいない?」

「なんで」

「もう少し二人きりでいたいから」

「……勉強は?」

「ちょっとくらい、休憩も必要だろ」



 抗えない熱を帯びた目を向けるブランドをどうにかこうにかやり過ごし、なんとか引っ張って図書室へと戻ったけれど。



 でもこれが、あの一連の騒動の始まりだったなんて、このときの私たちには知る由もなかった。






◇◆◇◆◇






 家に帰って世界史のノートを探したけど、やっぱり影も形もなかった翌日。



 放課後また図書室で勉強しようということになって、今度は言語学のノートがないことに気づく。



「え、今日言語学の授業あったわよね?」

「あったし、そのとき使ったんだけど」

「じゃあ、なんでないの?」

「こっちが聞きたいんだけど」



 私とカティアが顔を見合わせる横で、ブランドが口を挟む。



「教室、見に行くか?」

「ううん。今日は机の中に何もないのを確かめてから来たんだもの」

「……なあ。なんか、おかしくないか?」



 ヴェイセル様が、真面目な顔つきになって首を傾げる。



「なんでこんな、立て続けにルディスのノートが見当たらなくなるんだ?」



 指摘されて、ブランドの顔からも瞬時に笑みが消える。



「結局、世界史のノートは誰も持って帰ってなかったんだよな?」

「そうみたい。全員に聞いたわけじゃないけど、近くの席の人たちはみんな知らないって……」

「で、今度は今日使ったはずの言語学のノートがない」

「確かに妙だな」



 妙ではある。



 妙ではあるけど、確たる証拠もない。



 なんとなく釈然としない思いはありながらも、明日もう一度、近くの席の人や同じクラスの人たちにちゃんと聞いてみようということにはなった。



 そして、三日目。



 やっぱり誰も私のノートを間違って持ち帰っていないことを確認し、放課後また図書室に行くと。



「……経営学の教科書がない」

「……まじで?」



 私たちは、四人でお互いの顔を見合わせる。



 ここまで来ると、もはや偶然とは言い難い。



「ちなみに、経営学の授業って今日あったのか?」

「あったよ。午前中に」

「じゃあそのときはあったんだよな?」

「うん。あったし使った」

「もう、これさ、明らかに作為的だよね?」

「誰かのなんらかの意図を感じるわね」

「意図を通り越して、もはや悪意すら感じるけどな」



 教科書やノートが見つからない。それ自体はほんの些細な、よくある出来事ではある。でもこうも立て続けに、次々となくなるなんて普通はあり得ない。誰かがわざと、意図的に、こっそり持ち出したとしか考えられない。



 でもなぜ? 何のために? 



 思い当たることなど何もない私も、ブランドたち三人も、言い知れぬ薄気味悪さにどんどん表情が硬くなる。目には見えない悪意ある誰かの不気味な足音が聞こえるようで、私は全身から血の気が引いていくのを感じていた。














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