17 気持ちが届かないと思い知らされる
「は……?」
エリアスの言葉に、ヴェイセル様以外の全員が驚きを隠せず呆気に取られている。
「そういうふうに見てないって、なんだよ……?」
どういうわけか、ブランドが一番信じられないというような顔をしてエリアスを凝視している。
「いやー、実はさ、星祭りの二週間くらい前かな? 一つ年上の令嬢に一緒に行かないかって誘われちゃったんだよね」
「え?」
「そうだったの?」
「そうそう。星祭りって、男子が女子を誘うだけじゃないんだってね? 最近は女子のほうから誘うことも多いんだって」
「誰に誘われたのよ?」
「教養科二年のセシリア・エヴァンス伯爵令嬢だよ。知ってる?」
「あー、あの、黒髪ストレートの……?」
「そう。なんか、前々から俺のことを見ていて、いいなって思ってくれてたんだって。ほら、俺の髪色って、目立つじゃない?」
「あー、そうね」
「確かにそのド派手な黄色は目立つ」
「それで目について、だんだん気になるようになって、思い切って星祭りに誘ってくれたみたいでさ。なんかそういうの初めてだから、俺もちょっと舞い上がっちゃって」
照れたように「ははは」とか笑いながら、エリアスは説明を続ける。
「星祭りに行く前にも、何度か会って話したりはしてたんだよ。星祭りの日も思いのほか楽しくてさ。まだどうなるかはわからないけど、これからそういうおつきあいをしていこうかって話にはなってるんだよね」
笑顔のエリアスとは対照的に、どうにもその真意を測りかねてみんな怪訝な顔になる。
「……そんなこと、全然言ってなかったじゃないか」
なんでだか、わかりやすく仏頂面になって不満げに尋ねるブランド。
「そんなさー、いちいち言わないよ。それにまだ、どうなるかわかんなかったってのもあるし。何度か話すうちに、俺もだんだん気持ちが動いていったっていうか」
「じゃあ、もうほんとにルディスのことはそういうふうに見てないの?」
「まあね。セシリアだって当然、俺がルディスに告白したのを知ってたし一生懸命口説いてたのも知ってるんだけど、それでもいいからって言われちゃってさ。なんかそういうのって、いじらしくない?」
「そういうもの?」
「うーん、人によっては、そうかもな」
「とにかく俺は今、セシリアのことで頭がいっぱいなんだよね。ルディスとはこれからもいい友だちとしてつきあっていきたいけど、もうブランドのライバルってわけじゃないから俺に意見を求められてもさ」
そう言って、エリアスはオーバーなくらいの動作で肩をすくめる。
「そう、なのね……」
なんとなく受け入れがたいものを感じつつも、カティアは渋々といった様子で曖昧に頷いている。一方のブランドはいまだに納得できないのか、仏頂面を崩さない。
「あ、たださ、友だちとして意見を言うなら」
エリアスは満面の笑みで私を見ながら、軽やかな調子で告げた。
「ブランドがこれからの自分の一挙一動を見ていてほしいっていうなら、俺たちもルディスの友だちとしてそれを見届けていけばいいのかなって思うし、そういうブランドを受け入れるかどうかはルディス自身が決めていいんじゃない?」
◇◆◇◆◇
ランチの時間が終わると騎士科の二人はまた連れ立って去っていき、カティアは昨日の授業の課題を提出し忘れたからと職員室に走って行った。
ランチルームに取り残された私とエリアスは、なんとも言えない微妙な空気の中でお互いの顔を見合わせる。
「あのさ」
気まずさを感じつつも、ちょっとおどけた雰囲気でエリアスが和んだ表情を見せる。
「なんか、ごめんね。みんなの前で告白した挙句、あんだけ人目も憚らずに好きだのなんだの言ってたくせにって思ってるでしょ」
「そんなことは……」
まあ、ちょっと思ったりはしたけども。でも私がそれに対してあれこれ言うのはなんか違う気もするし。ただ、今までずっとエリアスの熱心なアプローチを受けてきたからこそ、この変わり身の早さは不自然過ぎるという違和感も否定はできない。
だからといって、私が言えることなど何もないのだけれど。
どう言葉を返せばいいのか思いあぐねて黙り込む私に、エリアスの声は温かかった。
「ルディスを好きになったこと、俺は後悔してないよ」
「エリアス……」
「この数ヵ月間、ルディスと一緒にいて楽しかった。好きな気持ちを隠さずにいつも一緒にいられることが、こんなに幸せだなんて知らなかった。でも、どんなにがんばってもルディスにはこの気持ちが届かないと思い知らされて、苦しい数ヵ月でもあった」
「え……」
「それでも、俺は後悔してない。たとえ気持ちが届かなかったとしても、何もかもが無駄だったなんて思ってないからさ」
視線を逸らすことなく、「そういう一途な俺を見初めてくれた人もいるわけだし」なんて遠慮がちに笑うエリアス。
それから訳知り顔をして、ふふ、と口角を上げる。
「ルディスとブランドは、ちょっと似てるよね」
「え?」
「素直じゃないっていうか、不器用っていうかさ」
「そう? ブランドはともかく、私はそんなこと……」
「ないって言える?」
やれやれと言いたげな表情をしながら、エリアスは悪戯っぽい目で私を見つめる。
「ルディスはさ、自分では気づいてないと思うんだけど、わかりやすいんだよね」
「は?」
「俺がルディスに好きだの可愛いねだの言っても、ルディスはびっくりしたり恥ずかしそうにしたりするだけでしょ? でもブランドと話してるときはどんなときでもすごく楽しそうだし、うれしそうっていうか幸せそうっていうか」
「え」
「あとは雰囲気? 話し方とか距離感とか、全然違う。俺にはあんな砕けた調子で思ったことをぽんぽん話したりしないし、あんな笑顔見たことないって思ったし。ブランドと話すようになる前はこのまま押せ押せでいけばなんとかなるかなって期待してたけど、ブランドが来てからはもう打ちのめされたね。幼馴染みの距離感って、こうも違うもの? って。三年もしゃべってなかったとか、そんなブランクほんとにあるの? って感じで」
「そう、なの?」
「そうだよ」
可笑しそうに「これだもんな」なんて派手に笑ってから、エリアスは少し神妙な顔つきになる。
「ほんとはわかってるんでしょ? 自分の気持ち」
「あ……」
思いがけない、でもエリアスらしい直球に、言葉を失ってしまう。
そして、思わず目を伏せる。
……わかっていた。本当はずっと、わかってた。どんなに無視されても、にべもなく蔑ろにされても、完全にはブランドを諦めきれないままの自分の密かな想いを。ほのかな恋心などとうに凍りつき、粉々に砕け散ったと思い込むことでどうにかやり過ごしてきた三年間。それでも婚約が解消されない現状に一縷の望みをつなぎ、切なさを隠して、ブランドの存在を頭から排除し続けた日々。
――――それはまだ、ブランドのことが好きだったから。
でも。
否定して、目を背けて、押し殺し続けた切ない恋心が今ようやく報われようとしているのに、どうしても素直になれない自分がいる。ここですんなりブランドの気持ちを受け入れてしまったら、あの三年間の痛みと傷つきは何だったんだろうとさえ思えてしまう。無意味で不毛なだけの時間を過ごしたことになってしまいそうで、足下に広がる世界が崩れていく気さえする。
それに、そもそも私はまだ、ブランドのことを信じきれていない。ブランドの気持ちが嘘だとは思わないけど、一時の気の迷いなんじゃないかと勘繰ってしまう。その気持ちがずっと続くわけなんかないと、どこか諦めて、高を括っている。好きなのに、素直になれない。エリアスの言う通り、確かに私はブランドと似ているのかもしれないと思う。
「まあ、いいんじゃない?」
あっけらかんとした声に顔を上げると、すべて見抜いているような凪いだ目があった。
「さっきも言ったよね? 受け入れるかどうかはルディスが決めていいって。気が済むまで悩んだり迷ったりしていいんだって」
「でも……」
「答えが出るまで時間がかかったとしても、それはそれで仕方がないことだろ? それだけのことをブランドはしてきたんだし、あいつだって長期戦は覚悟のうえだろうし。自業自得だよ」
「それで、いいの?」
「いいのいいの。ブランドがどれだけ本気なのか、みんなでじっくり見定めてやろうよ」
まるで新しいおもちゃを見つけた子どものような楽しげな顔で、エリアスは笑った。




