16 全身が燃えるような恥ずかしさに襲われる
ブランドが去ったあと、半ば放心状態のまま教室の机に座っていると、
「おはよう、ルディス」
聞き慣れた涼やかな声が斜め後ろから届く。
「あ、おはよう、カティア」
「……何か、あった?」
「なんで?」
「だってルディス、顔が真っ赤よ」
不思議そうな顔をするカティアの指摘に、またかあっと全身が燃えるような恥ずかしさに襲われる。
「昨日、何かあったの?」
「……昨日?」
言われて、唐突に思い出す。そうだった。昨日は年に一度の星祭りの日だった。忘れてた。
「昨日は楽しかったね」とか「ネックレスありがとう」とか、「実は今日制服の下にそのネックレスをしているくらい気に入ったの」とか、会ったらすぐに言おうと思って何度か練習までしてたというのに。
ブランドのいきなりの告白(+とんでもないキャラ変)で全部吹っ飛んでしまった。ほんとにもう。なんなのあれは。
思い返せば、昨日だってブランドはだいぶ前のめりだった。服装を褒めてくれたり当たり前のように手をつないだり、完璧なエスコートをしてくれたり最後にはこのネックレスをプレゼントしてくれたり。じゃあ昨日の時点でもう、ブランドは私のことを好きだったってこと? それなら一体いつから? ずっと嫌われてるんだと思ってきて、でもそうじゃなかったとわかってほっとしたのも束の間、今度は私を好きってほんとにどういうことなのよ? 展開が早すぎるのよ。なんてついつい一人であれこれ考えてしまって、さっきの熱がまたぶり返しそうになる。
「カ、カティアは、どうだったの?」
そんな熱に浮かされていることを悟られたくなくて、私は立ったままのカティアを見上げてみる。聞いた途端、カティアはぽっと頬を赤らめた。
「そりゃ、楽しかったわよ」
そわそわと、恥ずかしそうに目を逸らすカティア。その態度ににやにやしながら視線を落とすと、カティアの左手の薬指に昨日までは確かになかったエレガントな指輪が光る。
「カティア、それ……」
「え?」
「もしかして、いよいよ……?」
私の問いに、カティアはこくんと控えめに頷く。
「……婚約することになったの」
きゃーー!! と叫び出しそうになったのをぐっとこらえつつ、それでも我慢できずにがばっと立ち上がる。
「いつ? 昨日?」
「……昨日、改めてはっきり言われて。まあ、正式な手続きはこれからになるだろうけど」
「おめでとう! おめでとう、カティア!」
思わずカティアの両手を取ってぶんぶん振りながら小躍りすると、カティアも「ありがとう」とはにかんだ笑顔を浮かべる。
親友のおめでたい報告にすっかり舞い上がってしまった私はカティアを質問攻めにするのに忙しく、自分の身に降りかかった一大事など完全に頭の隅に追いやられていたのだった。
◇◆◇◆◇
ランチの時間。
いつものように、ブランドはヴェイセル様と連れ立ってやってきた。
一直線に私の前まで近づいてきたブランドはすっと耳元に顔を近づけて、「ルディが足りなくて死ぬかと思った」なんてささやくから爆発しそうになる。
席に着くなり、ヴェイセル様はカティアと婚約することになったと真っ先に報告してくれた。といっても私はカティアからすでに聞いていたし、エリアスも、なんならブランドでさえもすでにヴェイセル様から話を聞いていたらしい。ヴェイセル様がうれしさのあまり、誰彼構わず自慢して歩いている様が想像できてなんだか微笑ましくなってしまう。
ほのぼのとした祝福ムードのまま、みんながランチを食べ始めたときだった。
「ルディ、練習した?」
いきなり投げ込まれたブランドのひと言に、私以外の三人が見事なまでに同じ反応をする。
「「「ルディ!?」」」
その反応を面白がるように、ブランドはふふんとほくそ笑む。そしてこれ見よがしに、隣に座る私の顔を覗き込む。
「練習したよな?」
「あ……」
「約束しただろ?」
あれを約束と呼ぶのだろうか。一方的な強制、あるいはお願い程度のやり取りだったと思うんだけど。カティアの話に盛り上がりすぎて、ブランドとの『約束』をすっかり忘れていた私は目を泳がせる。
その様子を見て何を思ったのか、ブランドは手にしていたフォークを静かに置いた。そして、
「俺からもみんなに話しておきたいことがあるんだけど」
妙に改まった口調になって、平然と、臆面もなく、いけしゃあしゃあと話し出す。
「俺、ルディが好きだから」
「!?」
「はあ!?」
「うわ」
私以外の三人が、三者三様のリアクションを見せる。突然投下された爆弾発言に、私はただただ呆気に取られて身動きできない。
「今までが今までだし、今更何を、とか厚かましい、とか思うだろうけどさ。でももう好きな気持ちを誤魔化せないから、みんなにも言っておこうと思って」
淡々とそう言ってから、ブランドはやけに甘ったるい目をしたかと思うと私のほうを見て微笑む。
「ルディにはもう告白したから」
「何寝ぼけたこと言ってんのよ」
さっきまでみんなに祝福されて幸せの絶頂にいたはずのカティアが、恐ろしいほど冷たい視線をブランドに向ける。
「ほんと、今更よ。あれだけのことしたくせに、やっぱり好きですなんて恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいよ、そりゃ。ほんとにバカだったなって後悔しかない」
「じゃあ、諦めなさいよ。あんたなんか、今更何言ったって遅いのよ」
「……カティア嬢」
「私はね、この三年間ずっとルディスのそばにいたんだから。ルディスがどんな思いで、どんなに傷ついてきたのかずっと見てきたんだから。それを傷つけ続けた張本人が今更のこのこ出てきて何言ったって、信用できるわけがないじゃない」
「確かに、今までのことはほんとに悪かったとしか言えない。反省してるし後悔もしてるけど、カティア嬢が俺のことを信用できないっていう気持ちもわかる。でもやっぱりルディを好きな気持ちに嘘はつけないし、もう我慢もしたくない。これからはルディにも俺を好きになってもらえるように、全力で努力していきたい」
ほんわか祝福ムードから一転、辺りは雷鳴轟くバトル会場と化す。棘を含んだ冷ややかな目をしたカティアと、揺るぎない信念の宿る目をしたブランドが睨み合う。その様子を、まったく感情の読めない顔で見続けるエリアスと、息を潜めて見守るヴェイセル様。
一触即発、ひりひりとした重い空気を突き破って口を開いたのは、ブランドだった。
「……俺が何言っても、今すぐには受け入れられないと思うんだけどさ」
「そりゃそうよ」
「でも、だからこそ、今の俺だけじゃなくてこれからの俺の一挙手一投足を見ていてほしい。みんなの信用を取り戻せるように、これからずっと、一生をかけて努力し続けたい。もうあんなこと二度としないのはもちろんだけど、ルディを悲しませたり傷つけたりしない。大事にしたいし、誰よりも幸せにしたい。その覚悟を、みんなにも伝えておきたかった」
必死に言い募るブランドのまなざしは真剣そのもので、誰も何も言い返せない。
しばらく気まずい沈黙が続いたあと、カティアがちょっと突っかかるような口調で言った。
「……とかなんとか言ってるけど。エリアスはどう思うのよ?」
みんなの視線が、エリアスに集中する。
「え? 俺?」
「だってあんた、ルディスのこと好きだのなんだの言ってずっと口説いてたじゃない。ブランドになんか負けないって言ってたでしょ? ライバルとしての意見はどうなのよ?」
今日に限ってほとんど言葉を発することなく、ただ黙って事の成り行きを静観していたたエリアスはカティアの圧に「あー、まあ、そうなんだけどさ」なんてぶつぶつつぶやいている。
エリアスを最大のライバルとして認識していたであろうブランドも、尖った目つきで食い入るようにエリアスを見つめている。
ヴェイセル様だけはどことなく浮かない顔つきをして、まるでエリアスの答えを知っているかのようだった。
やがてエリアスは、仕方がないなという風情でさらりと言った。
「俺、実はもうルディスのことはそういうふうに見てないんだよね」