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13/28

13 それだけで満たされる◆

 星祭りから帰ってきたその夜。



 俺は自室のベッドの上で、ぼんやりと天井を眺めていた。



 やばい。なんか、まじでやばい。



 恥じらうような、はにかむような、まるで花がほころぶかのようなさっきのルディスの笑顔を思い出して、俺はまた一人身悶えする。



 振り返ってみれば。



 ルディスと久しぶりに会ってきちんと話をしたあの日、馬車から降りるルディスを前にした俺は有り体に言って我が目を疑ってしまったのだ。



 ……ルディスって、こんなに可愛かったっけ?



 確かに、ルディスはもともと可愛らしい顔つきだったと思う。でも三年間距離を置きすぎていたせいで(特に最後の一年間はあまり会うこともなかったせいか)、ルディスがあんなにも可憐で上品な美少女に成長しているなんて知らなかったのだ。



 久しぶりに面と向かって話し合うことになり、俺はただひたすら三年間の非礼を詫びた。許してもらおうとは、考えなかった。でも誠心誠意、最大限の謝意と反省と後悔とを示そうと思った。俺が与え、ルディスが抱えてしまった痛みと傷つきに真摯に向き合おうと思った。



 結果として俺の事情も話すことになり、ルディスとの仲を冷やかされるのが嫌だったと正直に伝えた。ルディスはちょっと呆れたように「言ってくれればよかったのに」なんて軽い調子で笑っていたけど、思いのほかすんなり納得してくれたらしい。



 そうだ。言えばよかったんだ。あのときルディスに、ちゃんと言えばよかった。そうすれば、きっとこんなに拗れることもなかったはずなのに。あの頃の俺はなんであんなに頑なになっていたんだろう、とふと考えて、ずっと目を背けてきたことにとうとう気づいてしまう。



 あの頃の俺が本当に嫌だったこと。本当に嫌で、避けたくて、そして恐れていたこと。それは、クラスの口さがないやつらに冷やかされたり茶化されたりすることなんかじゃなかった。そうではではなくて、冷やかされて内心喜んでしまっている俺の邪な本音をルディスに知られるのが怖かったのだ。ルディスと一緒にいるのを揶揄われるたびに、まるでルディスは俺のものだと言われているような錯覚に陥って、心の奥では舞い上がっていたことを見透かされるのが怖かったのだ。



 俺の気持ちが、確実に自分自身に向いていると知ったらルディスはどう思うだろう。単純に驚かれるだけならまだしも、気持ち悪いとかいやらしいとか思われて引かれてしまったら。俺は立ち直れる気がしない。そんなことを考え始めたら、猛烈に怖くなった。だから避け始めた。距離を置き始めた。でも途中から、自分でも何がしたいのかわからなくなってルディスを蔑ろにすることが常態化していった。その迷走の結果がこれだ。なんだそれ。痛すぎる。



 それでも、ルディスは俺の事情に理解を示してくれたばかりか、婚約を継続するかどうかの決定を保留にしたいと言い出した。これまでの罪滅ぼしをしたいと言ったら、「何をしてくれるのか見てから婚約をどうするか決めたい」とも言ってくれた。



 罪滅ぼしをしたいという気持ちは、もちろん嘘じゃない。何かしらの償いをしたい気持ちは間違いなく俺の中にある。でも本当は、頭のどこかにルディスとのつながりを断ち切りたくないという切実なる願いが潜んでいたことも否定はできない。罪滅ぼしをするという名目なら、そのためにルディスを知りたいという理由があれば、ルディスのそばに居続けることができるのだから。



 だって、俺は気づいてしまった。邪な下心の存在はともかく、ちんけなプライドに振り回されていた俺の弱さや不器用さを正しく理解してもらえる心地よさに。人には見せたくない心の内側を、大事な人だけはわかってくれるというその安心感に。それだけで満たされるのだということに。






 翌日から、俺はルディスと一緒に多くの時間を過ごすようになった。朝も昼も夕方もルディスの隣の位置を確保し続け、と同時にカティア嬢やエリアスやヴェイセルとも一緒にいる時間が増えていった。



 当然、カティア嬢たちは俺に対する敵意を隠さず、嫌味や皮肉を繰り返しては俺をどうにか遠ざけようと画策した。でもルディスのことを知りたくて開き直ってしまった俺には、あまり効果はなかったと思う。



 ただ、エリアスに対しては常にこれ以上ないほど警戒心を抱いていた。話し合いの翌日に確認したとき、ルディスはエリアスのことを「いい人」とは言うものの、そこにはっきりとした恋愛感情はなさそうだった。でも科が違う俺よりも、エリアスのほうがルディスのそばにいる時間が圧倒的に長いことは疑う余地もない。そしてエリアスは、それとなくルディスとの距離を詰めるのがムカつくほどうまい。ランチで顔を合わせるたびに、



「ルディス。さっきの授業の課題、あとで一緒にやらないか?」



 なんてこっちをちらちらと見ながらわざとらしく声をかけることなど日常茶飯事だったし、



「ルディス。今日の髪型、すごい似合ってる。世界一可愛い」



 なんて大袈裟な言葉で褒めることもしょっちゅうだった。しかも、そんなふうに褒められたときのルディスの反応がまた照れながらもうれしそうで、俺としてはなんだかむしょうにもやもやしてしまう。なんでこんなにもやもやするんだろうと思いつつも、ルディスの気持ちがエリアスに傾かないよう必死で牽制する毎日。エリアスの目が本気なのは嫌というほどわかっていたから、どうにかして少しでもルディスの心をこちらに向けることはできないかと思っていたある日のこと。




 その日は、騎士科で剣術の授業があった。



 休憩時間、俺はついこの間世話になったばかりの先輩の後ろ姿を運よく見つける。



「ラーシュ先輩」



 すぐさま声をかけると、少し長めのさらりとした金髪をハーフアップにまとめたラーシュ先輩が振り向いた。



「お、ブランドか」

「先日はありがとうございました」

「義姉上の話、ちょっとは役に立ったみたいだな」



 ラーシュ先輩が穏やかに表情を和ませる。



 ラーシュ先輩の義姉であるレジーナ様の話を聞かせてもらったあと、俺とルディスが一緒にいるようになったことは学園内でも噂になっている。まあ、カティア嬢とかその他もろもろのおまけつきではあるが。それでも、逃げられまくっていた頃よりは大きな進展だし、ラーシュ先輩もそのことは聞き及んでいたらしい。



「ちょっとどころか、ほんとにいろいろ教えていただいて考えさせられました。レジーナ様のおかげです。よろしくお伝えください」

「ああ、義姉上にも伝えとくよ。まあ、これまでがこれまでだし、お前の婚約者殿は人気があるから前途多難かもしれないけど――」

「は?」



 ラーシュ先輩がなんの気なしに発した言葉に、俺は目を丸くしてしまう。



「人気がある? ルディスが?」

「……お前、知らなかったのか?」



 唖然とした顔をして、ラーシュ先輩がこそこそと耳打ちする。



「お前の婚約者殿に密かな想いを抱いてるやつは意外に多いんだぞ」

「エリアス以外にもですか?」

「そうだよ。ルディス嬢って見た目はもちろん可愛いらしいけど、お前に蔑ろにされながらも健気に振る舞い続けてただろ? そういういじらしさに惹かれたやつが多いらしい」

「え……」

「でもあのエリアスって男が早々に告白して、それからルディス嬢の番犬よろしく常に一緒にいるじゃないか。どうやってあいつを蹴落とそうかってみんな水面下で血眼になってたのに、ずっと彼女を蔑ろにしてきたはずのお前がどういうわけだかいきなり参戦してきたからルディス嬢ファンクラブの界隈はかなりざわついてるらしいんだよ」

「まじですか」

「まじだ。公爵家の情報網なめんな」

「え、じゃあ、俺どうすればいいんですか?」

「どうって……」



 ラーシュ先輩の表情が瞬時に曇り、視線を移しながらひとしきり考え込む。



「そうだなー……。あ、星祭りに誘うってのはどうだ?」

「星祭り……」

「まあ、まだまだ先の話だけどな。でもライバルが多い以上、早いとこ約束を取りつけておくに越したことはないんじゃないか?」

「……そう、ですね」



 というわけで、俺はラーシュ先輩のアドバイス通り、すぐにルディスを星祭りに誘うことにしたのだ。その一週間後に「エリアスにも誘われたけど、断ったから」とルディスにさらりと言われ、人の話は素直に聞いておくもんだと胸を撫で下ろしたのだった。




 












後ほどもう一話投稿します。

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