12 いちいちペースを乱される
そんなあれやこれやがあっての、星祭り当日。
この日は学園も午前授業で、夕方から祭りに繰り出すカップルが多い。
学園から一旦一緒に帰宅したあと、夕方近くになってブランドは再び迎えに来た。いつもの制服とは違う街歩きに適した軽装は、見慣れないせいか一瞬どきりとしてしまう。ブランドの細身の体躯に良く似合っていて、油断するとつい見惚れそうになる。
馬車を降りて近づいてきたブランドは、玄関で待っていた私を見るなりどういうわけだか目を見開いて頬を赤らめた。
「……似合ってる」
「え?」
呆けたようにぽつりと言ったブランドは、言ってしまってから慌てて付け加える。
「あ、いや、いつもの制服と雰囲気が違うからさ。その、つい……」
言いながら、ブランドの顔はますます赤く染まっていく。
一方の私は、そろそろと自分の服装に視線を落とした。そんなに珍しい格好をしているつもりはない。街歩きしやすいよう、白いブラウスに黒に近い紺色のハイウエストスカートを履いているだけのシンプルな服装なんだけど。そもそも、星祭りに行く令嬢は白いブラウスにふくらはぎが隠れるくらいのミモレ丈のスカートを合わせるのが定番である。ブラウスの形とかスカートの色でそれぞれの個性を表現するのがトレンドで、中でもスカートの色は一緒に行く男性の髪や瞳の色を選ぶことが多い。そういうわけなので、私も一応、ブランドの瞳の色に近い紺色を選んでみたのだけど。
ブランドはそれに気づいているのかいないのか、ぽぉっとした顔で私を見つめている。でも私だってあんなふうに褒められたことなんてないから、「え、あ……」なんて目が泳いでしまう。
思い返せばこの三年、お互いの制服姿しか見てないんだもの。それ以外の服装なんてなんだかやけに新鮮で、面食らってしまっても仕方がない。
微妙に挙動不審になっている私を見て、ブランドのほうが先に態勢を立て直したらしい。またあの無邪気な笑顔を見せる。
「ルディス。行こうか」
その笑顔だけは見慣れた幼い頃のままだったから、私もふっと緊張が解れた。
◇◆◇◆◇
王都の街は、思った以上の人出で賑わいを見せていた。
「ルディス、どこか見たいところとかあるか?」
「とりあえず、片っ端から全部見たいかも」
「わかった」
そう言って、ブランドはごくごく自然な動作で左手を差し出す。
「何?」
「はぐれると困るだろ」
「え?」
さも当然といった様子で、私の右手を握るブランド。
「え、なんで? ちょっと」
「なんだよ」
「だって、人に見られるよ?」
「いいんだよ」
口さがない人たちにいろいろ言われるのが嫌だったはずなのに、ブランドは気にする素振りも見せず「どっちの道から攻めようか?」なんて余裕そうに笑っている。学園で一緒にいるだけならまだしも、こんな場所で手なんかつないで歩いていたらそれこそ格好の餌食になってしまうのでは?
そんな私の心配なんかお構いなしで、ブランドはしっかりと私の手を引いて歩き出す。あの頃とは違う、少し骨ばった大きな手。しなやかに長い指。しっかりとした体温。やばい。なんかどぎまぎしてしまう。
でもブランドときたらいつも通りの調子で、「なんか食うか? ルディス、串焼き好きだったよな?」とか「噴水広場のところで何かやってるらしいから見に行こう」とか「疲れたか? その辺でちょっと休むか」なんて至って普通に、むしろ完璧に、まるでちゃんとした婚約者のように振る舞うもんだからいちいちペースを乱されて落ち着かない。そわそわ、いや、ふわふわ? してしまう。
「あそこ、やたら人が多くないか?」
そんなブランドが突然指差した通りの向こう側には、ひと際目を引く人だかりができていた。それも、どうやらほとんどがカップルらしい。
「何だろう? 行ってみるか」
ブランドは好奇心に目を輝かせながら、果敢にアタックを開始する。あそこは確か、と思いながら手を引かれてついていくと、思った通り王都で有数のアクセサリーショップだった。この店は毎年、カップルを対象にした星祭り限定商品を数多く扱うことで有名なのだ。
「ちょっと見てみないか」
「え?」
「ルディス、こういうの好きだろ? きらきらしたやつ」
「……私のことカラスか何かだと思ってるんでしょ」
「思ってねえよ。でも見たいだろ?」
「うん、まあ」
どういうわけだか、ブランドは店の中に入りたくてうずうずしているらしい。なんでこんな、よりによってカップルばかりのところなんかにわざわざ。そうこぼす暇もなく、ブランドはずんずん店の中に入っていく。
たくさんのカップルでごった返してはいたものの、店内は思った以上に広かった。たくさんの星モチーフのアクセサリーが所狭しと並べられ、あっちもこっちも眩い光に溢れている。
「そっか、星祭りだもんな」
今更ながらにそうつぶやいて、ブランドは興味深そうに店内を歩き出す。
一方の私はと言えば、こんなカップル御用達のアクセサリーショップなんて来たこともないし、しかも星祭りの日にブランドと一緒に来るなんて思ってもみなかったから、慣れない展開にとにかく動揺しまくりである。
でもいつの間にか、気づけば私もきらきらしたアクセサリーに目を奪われてはため息をついていた。そりゃ私だって、婚約者と思しき令息の前でうっすらと頬を上気させながらアクセサリーを選ぶ令嬢たちと同様、こういうシチュエーションについつい気持ちが浮ついてしまう年頃の女子なんだもの。あの、大きさの違う三つの星が連なって光り輝くネックレスとか。幾つもの小さな星が揺れるブレスレットとか。眩しいくらいにきらきらしていて、なんて可愛いんだろう。
「なんかほしいものでもあったか?」
どこか甘さを含んだ声で我に返ると、アクセサリーと同じくらいきらきらした目をしたブランドが私の顔を覗き込んでいる。
「え? 別に……」
「星祭りなんだし、買ってやるよ」
「いいよ、そんなの」
「遠慮すんなって」
「ほんとにいいから」
不自然なほど間近で瞬く蒼墨色の瞳に、思わず息を呑む。そんな、普通のカップルみたいなことを急に言われても。いくら罪滅ぼしの一環だとはいえ、そこまでしてもらうのはさすがに気が引ける。
咄嗟に、私は店の外に視線を移しながら早口で言った。
「それより、ほかの店も見に行かない?」
「……そうだな」
ブランドの手を引いてさっさと店を出てからは、あちこちの屋台でいろんなものを食べたり広場でちょっとしたショーを見て楽しんだり、想像以上に星祭りを満喫したのだった。
◇◆◇◆◇
帰り際。
馬車に乗り込んだ途端、向かい側に座るブランドがなんだか妙に落ち着かない様子を見せ始める。きょろきょろしたり、かと思うと深呼吸してみたり。
「どうしたの?」
「え?」
「何か、忘れ物でもした?」
「あ、いや……」
言葉に詰まったブランドは、一瞬だけ視線を下に向けるといきなり険しい顔をしてぎゅっとポケットに手を入れた。
「これ」
ちょっとぶっきら棒に差し出された右手には、見覚えのない小箱が乗っている。
「何それ」
「やるよ」
「え?」
「ほしかったんじゃないか?」
小箱とブランドの顔とを何度か交互に見比べてから、私はおずおずと手を伸ばす。
黒い小箱を手に取って、ゆっくりと開けてみると。
「え……」
それはさっきのアクセサリーショップで見かけた、連なる三つの星が光り輝くネックレスだった。
「結構長いこと、じっと見てたからさ。ほしいのかと思って」
「でも……」
「いいよ。やるよ」
そう言ったきり、ブランドは顔を背けたまま目を合わせようとしない。おまけにがっちりと腕組みまでして、まるで突き返されるのを拒んでいるようにも見える。
私はもう一度、箱の中のネックレスに目を落とした。きらきらと眩い光を放つ星たちが、静かに、でもはっきりとその存在感を主張している。ずっと一緒にいたはずなのに、一体いつの間に買っていたんだろう。ブランドのくせに、小癪なことをしてくれる。そう頭の中で毒づきつつも、私のことをしっかりと見て、私の気持ちにきちんと気づいてくれたその事実にうれしさがじんわりとこみ上げてきて、自然に笑みがこぼれる。
「……ありがとう。うれしい」
すんなりと素直な言葉が落ちると、ブランドは「お、おう」とだけ言って、それからまた無言で馬車の外に顔を向けた。
次回から二話ほどブランド視点に移ります。
(明日は二話投稿する予定です)