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11 一緒に行こうと誘われる

 それから数日がたった。



 あれから毎日、朝迎えに来るブランドと一緒に学園に行き、昼は五人でランチを食べ、帰りはまたブランドと同じ馬車で帰るという日々を送っている。



 はじめの頃、いや今もわりとそうだけど、カティアとエリアスはブランドに対する完全なる敵意を隠そうともせず、わざとブランドにはわからないような教養科の授業の話をしたり中等部の頃の私に関する話をしたり、あからさまにブランドを排除しようと画策した。



 例えば、



「今日の世界史の授業のとき、クルトが何て言ったか聞いた?」

「え、聞いてない」

「『なんか今日はムシムシするね』って言おうとして、『なんか今日はムラムラするね』って言ってて」

「さすがはクルト、いつもながらキレが半端ないな」

「クルトの天然な言い間違いってほんと天才的よね」



 とか



「そういえば中等部の頃、クルトったら『夏は暑いねえ』って言おうとして、『アツはナツイねえ』って言ってたのよ」

「あんななのに、教養科での成績はトップだっていうんだから世の中わかんないよな」

「ルディス、中等部の二年生のとき隣の席になったことあったわよね? クルトの独り言が斬新すぎて授業の中身が入ってこないって言ってたわね」

「え? ああ、まあ」



 適当に返事をしながら、会話に入ることのできないブランドを盗み見ると意外にも楽しそうに話を聞いている。ブランドは多分クルトを知らないし、カティアやエリアスはわざとそうしてるんだろうけど、見たところ思うようなダメージは与えられていない。



 業を煮やしたカティアが、こらえきれずに



「まあ、ルディスが中等部のときどのクラスにいて、誰とどんなふうに仲良くしてたか気にも留めなかった誰かさんにはわからない話でしょうけど」



 なんて辛辣な嫌味や皮肉を繰り返しても、ブランドはどこ吹く風で飄々と答える。



「そうだな。だからこそ、いろいろ教えてくれて助かるよ」



 悔しげなカティアと、逆上して大っぴらに嫌な顔をするエリアスとヴェイセル様に、ブランドが満面の笑みで応えるという構図がいまや定番化しつつある。






 そうこうしているうちに季節は春を過ぎて初夏を迎え、年に一度の『星祭り』の日が近づいてきた。



 『星祭り』とは、人々に祝福と豊穣をもたらす星の女神エレンに祈りを捧げ、日々の感謝を伝えるお祭りである。星の女神エレンは類まれなる美貌の持ち主で愛情と繁栄をも司ることから、この日に永遠の愛を誓い合ったカップルはエレンの祝福と加護によって絆が深まり、更なる幸福がもたらされると言われている。



 星祭りが近づくと、王都の街は星の形の装飾品で煌びやかに飾りつけられるようになる。祭りの当日はさまざまな出店や屋台が並び、数々のショーや演劇が催され、街は夜遅くまで賑わう。婚約している者同士は一緒にお祭りを楽しむし、婚活に勤しむ者たちはこの日に告白しようと周到な準備を進める。そういう特別な日なのである。



 ちなみに、当然のことながらブランドと二人で星祭りに行ったことなどない。学園に入学前は、お互いの家族も含めてみんなで一緒に行ったことはあるけれど。




 そんな、星祭り一カ月ほど前のこと。



「ねえ、ルディス」



 珍しく真面目くさった顔をしたエリアスが、私の目の前に立ったかと思うと意を決したようにひと息に言った。



「今年の星祭り、一緒に行かない?」



 なんとなく察するものがあった私は、でき得る限りの申し訳なさを添えて答える。



「ごめんなさい。もう、ブランドに誘われてて……」

「…………え!?」



 やられた、という顔をするエリアスに、どう返せばいいのかわからず中途半端に笑ってやり過ごすことしかできいない。



 実はブランドと話し合いをした数日後、すでに学園からの帰りの馬車の中で言われていたのだ。



『ルディス。今年の星祭りなんだけど』

『うん』

『そのときまだ婚約が解消になってなかったら、一緒に行かないか?』

『え? 星祭りなんてまだだいぶ先じゃない』

『でも早く約束しておかないと、誰に取られるかわかんないからさ』



 軽い口調ながらも、どことなく緊張した面持ちのブランド。何を言ってるんだろうとは思いつつも、断る理由も見つからない。一応、まだ婚約者だし。婚約者に一緒に行こうと誘われた以上、別の人と行くわけにもいかないし。というわけで承諾するしかなかったのだ。



 ついでに言うと、中等部の三年間はブランドに誘われることもなかったから、カティアや何人かの友だちたちと一緒に行った星祭り。中等部の生徒は友だちと連れ立って祭りに行くことが多いけど、高等部に入った途端、まわりの様子もかなり違ってきているようで。



「カティアはヴェイセル様と一緒に行くんでしょ?」

「え? ええ、まあ……」



 いつもはわりと強気で物怖じしないのに、ヴェイセル様の話題になると急に可愛らしくもじもじし出すカティア。



 その日の選択科目の時間、私とカティアは隣同士の席に座り、自習にかこつけてこそこそと密談を交わしていた(エリアスは別の教科を選択していて教室が別だった)。



「私のことよりルディスこそどうなのよ? どっちと一緒に行くのよ」

「ブランドだけど」

「はあ? なんでそうなるわけ」

「だってもう、だいぶ前から誘われてて。一応まだ婚約者だし、断る理由がないじゃない」

「うわ、あいつ、ほんとに抜け目ないのね。今まで一度だって誘ったことなんかないくせに」

「まあ、そうなんだけど」

「罪滅ぼしだのなんだの言って、またいいようにルディスを利用しようとしてるんじゃないの?」

「カティア、いまだにブランドのこと一ミリも信用してないのね」

「当たり前よ。あんなやつ、一生信用できる気がしないわ」

「そう言うわりには、最近すごく仲良さげだけどね」

「は!? 何言ってんの?」



 つい大声を出してしまったカティアは、慌てて口元を押さえる。教卓のほうを見ると、先生は居眠りでもしているのかぴくりとも動かない。



 カティアはまわりをきょろきょろと見回しながら、またひそひそと声量を落とす。



「……仲良くないわよ、あんなやつ」

「そう?」

「まあでも、中等部のときとはちょっと違うのかなとは思うけど。ほんとにルディスのことをちゃんと知ろうとしてるっていうか、ルディスのこともルディスのまわりのことも考えてるのかなって」



 そう言って、カティアは小さくため息をついた。なぜだか少し、不満そうな表情をしている。



「この前もさ、ランチ終わりにいきなり近寄ってきて」

「え?」

「私たちがブランドと一緒にいるようになったことで、まわりからあれこれ悪く言われたりしてないかなんて聞いてきて」

「あ」



 そういえば、少し前に私もブランド本人からまったく同じことを聞かれていた。思い当たることが何もなかったもんだから、「全然」なんて深く考えることもなく答えてしまったけど。でも「何かあったらすぐに言えよ」とかなんとか言ってた気がする。



「ほら、ブランドがルディスを追いかけ回してたとき、みんなルディスに同情してブランドを悪く言ったり会わせないようにうちらに協力してくれたりしたじゃない? 今更何言ってんだとかどの面下げてとかさ」

「あー、そうだね」

「それなのに、気づいたら敵対してたはずの私たちが一緒につるんでるわけじゃない? 好きでつるんでるわけじゃないけどさ。でもそれが面白くないんだか、あれこれ言ってるやつらがいるらしくて」

「そうなの?」



 まったくの初耳である。なんだそれ。全然知らなかったんだけど。ていうか、他人の揉め事に好き勝手に加勢してきて勝敗がうやむやになったら文句言い出すって、一体何なんだろう? 余程暇なんだろうか。



「特にほら、ブランドとヴェイセルってなんだかんだ言って騎士科では一緒にいることが多いらしいじゃない?」

「そうみたいね。クラスも一緒だし」

「そうそう。だからそういう声が直接聞こえてきたらしくて。教養科(こっち)でもうちらが悪く言われてないかって、ちょっと心配してくれてたみたいなのよね」



 なんだか複雑な表情をしながら、カティアがつぶやく。これまでの印象がひどすぎたもんだから、ブランドが心配してくれたとしても素直には喜べないらしい。



「自分のせいで嫌な思いをさせてたとしたらすまない、なんてしおらしいこと言っちゃってさ」

「……そうなんだ」

「だからって、私はそう簡単に許したりはしないけどね」



 どこか苛立ちを抱えたカティアの声に、ちょっと笑ってしまう。



 中等部での三年間が散々すぎたから、カティアの中のブランドの評価は今や地に落ちている。思いのほか良いところが垣間見えたとしても、その評価を覆すにはまだまだ根拠が足りないらしい。それでも。



「ルディスがそれでいいって言うなら、私は反対しないけどさ」



 何があっても絶対的な味方でいてくれる親友の言葉は、いつでも私の背中を押してくれる。



「カティア、星祭りのとき何を着ていくか決めた?」

「そりゃ、ヴェイセルの髪の色がマホガニー色だから……」



 先生の居眠りは授業終了のベルが鳴り響くまで続き、楽しい密談は誰にも邪魔されることはなかった。















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