↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/32

ハイファンタジー 守護の民

私が生まれた村は、外界との境界線に位置する呪われた土地だった。幼い私には比較する対象もなかったが、ここが地獄に近い場所であることくらいは本能で理解していた。

村の周囲を取り囲むのは、高さ四メートルを超える重厚な木の柵だ。しかし、それは気休めに過ぎない。木は燃える。あるいは巨大な魔物の前では、ただの割り箸のようにへし折られる。だからこそ、大人たちは昼夜を問わず、血走った目で巡回を続けていた。

魔物という存在は、理解を超えた理不尽そのものだ。彼らには生態系も、親も、成長の過程もない。ある日、何もない空間から不浄な霧が立ち込め、そこから剥き出しの殺意を持った肉塊が這い出してくる。それは森の中、草原、そして最悪なことに、強固な柵に守られているはずの村の中にも現れる。

「どりゃあぁぁ!」

空気を切り裂く叫び声とともに、一人の少年が木製の槍を突き出した。狙いは正確だった。緑色の醜悪な肌をしたゴブリンの胸を、尖った木先が貫く。槍に貫通されたゴブリンは、断末魔すら上げず、一瞬でどろりとした黒い泥のような塊に変貌し、そのまま煙となって消えた。

「気をつけろ! まだいるぞ!」

リーダー格の少年が周囲を警戒する。

「分かってる!」

私は背後、家と家の隙間にある暗がりに潜んでいた別の個体を察知していた。振り返る時間は惜しい。私は重心を前に預け、後ろ向きのまま馬のように力強く片脚を蹴り出した。

ドゴォッ、という鈍い衝撃が足の裏から伝わる。

「うまく出来たッ!」

必死に繰り返してきた基礎訓練が、実戦で火を噴いた。吹き飛んで地面に転がったゴブリンに肉薄し、腰に下げていた短いナイフを抜き放つ。心臓の位置を正確に一突き。それはすぐさま黒い塊へと変わり、消滅した。

「これで全部か?」

「そうみたい。みんな、怪我は無い?」

「うん、大丈夫。掠り傷もなしだ」

息を整えながら周囲を見渡す。ここに集まっているのは私を含めて五人。最年長でも十歳、そして私はまだ五歳だ。

この「守護の民」の村では、三歳になれば木刀を持たされ、五歳になれば真剣やナイフを与えられる。言葉を覚えるのと同時に殺し方を学ぶ。そうでなければ、次の日の朝日を拝むことすら叶わないからだ。ここでは、子供であっても立派な戦力としてカウントされる。

「今日はゴブリンだけだったけど、もっと強いやつが現れたら俺たちだけじゃ危険だな……」

一人の少年が、震える手で槍を握り直した。ゴブリンは最下級だ。だが時折、もっと巨大で、知恵の回る「上位種」が村の中に湧くことがある。

「うん……。けど、大人たちも外の防衛でいっぱいいっぱいだから。私たちが自分たちの場所を守るしかないんだよ。もっと訓練しないと」

私の言葉に、一人が「はぁ」と大きなため息をついた。

「おいおい、これ以上かよ。俺はいつになったら楽して暮らせるんだ? 毎日泥を這い回って、魔物の返り血で汚れて……こんなの、もう嫌だぜ」

「楽になりたいなら、魔物が現れる原因を突き止めないと。それまでは、戦い続けるしかないよ」

私は冷淡に突き放した。彼らが訓練をサボりたがるのは知っている。だが、その甘えは死に直結する。

大人たちは定期的に決死隊を組織し、柵の外、深い霧の立ち込める魔境へと調査に向かう。そして、その大半は帰ってこない。帰ってきたとしても、手足の欠損や深い精神の傷を負い、戦士としての寿命を終えていることがほとんどだった。

私に両親はいない。数年前の調査に同行したきり、消息を絶った。

「あいつらは囮になって俺たちを逃がしてくれた。きっとどこかで生きている」

生還した大人はそう言って私の頭を撫でたが、それが残酷な嘘であることくらい、五歳の私にも理解できた。魔物が溢れるあの森で、五体満足で生き延びられる人間などいないのだ。

だから、私は誰よりも強くなることを選んだ。サボる仲間を尻目に、指の皮が剥け、爪が割れるまで武器を振り続けた。私にとって強さとは、両親の生死を確かめに行くための切符であり、この呪われた連鎖を断ち切るための唯一の手段だった。

そんな過酷な村の中にも、唯一の「聖域」が存在する。

村の中央にある古い社。そこには、淡く青い光を放つ巨大なクリスタルが安置されていた。その輝きは神々しく、不思議なことに、このクリスタルの周囲だけは、魔物が突然現れるという現象が一度も起きていなかった。

村人たちはそれを「守護石」と呼び、崇めてきた。動けない妊婦や重傷を負った戦士、そして赤ん坊は、常にこの社で守られて過ごす。そこだけは、死の香りがしない唯一の場所だった。

私は訓練の合間、よくその社を遠くから見つめていた。

いつか、魔物を絶滅させ、あのクリスタルの光を村中、いや世界中に広めることができたら。そうすれば、誰もが怯えることなく眠り、私の両親のように帰らぬ人となる者もいなくなるのではないか。

その希望だけが、私の心を支える唯一の光だった。

しかし。

私が十五歳になり、村の調査隊の隊長を任されるほどに成長した頃。

私たちは、あまりにも残酷で、救いのない真実を知ることになる。

その日、私は偶然にも長老たちが社で密談しているのを聞いてしまった。そして、長年感じていた違和感――なぜ魔物は、わざわざこの貧しい村を執拗に狙って現れるのか、という疑問の答えに辿り着いた。

あのクリスタルは、魔物を退ける聖なる石などではなかった。

あれは、外界の負のエネルギーや「魔」を一点に凝縮し、吸い上げるための「避雷針」にして「孵化器」だったのだ。クリスタルが膨大な魔力を吸い上げ、村の中にランダムに魔物を排出する。つまり、村の中に魔物が湧くのは、クリスタルがそこにあるからに他ならなかった。

そして、最も残酷な真実が私の喉を締め上げた。

魔物が「何もない空間」から生まれるのではない。

あのクリスタルに守られ、社に運ばれた妊婦や怪我人、つまり「衰弱した人間」や「まだ魂の定まらぬ赤ん坊」の生命エネルギーを苗床にして、魔物は再構築されていたのだ。

「守られていた」のではない。

「魔物の材料」として、新鮮なうちにクリスタルのそばへ集められていたのだ。

「次の『種』は、あの未亡人の赤ん坊か。良質な魔物になりそうだ」

長老の乾いた声が聞こえた。

私の両親も、囮になったのではない。外の調査で弱り、帰還したあと、あそこで「変換」されたのだ。私が殺し、黒い塊にして消し去ってきたゴブリンや魔物たちの正体は、かつての隣人であり、家族であり、私の父や母だったのかもしれない。

私は、手に持っていた鋼の剣を強く握りしめた。

私たちが強くなるために捧げた血と汗も。

仲間たちが楽になりたいと願った祈りも。

すべては、この効率的な「魔物生産システム」を維持するための家畜の鳴き声に過ぎなかった。

目の前の青い光が、今はこの世で最もおぞましい、腐肉の光に見える。

私は声も出さず、笑った。

訓練は十分に積んだ。私はこの村で一番の戦士だ。

なら、私が最初に斬るべき標的は、もう決まっている。

私は社の扉を蹴り飛ばし、かつて希望だと思っていたあの忌々しい光の塊へと、その一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。