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感情を食べて生きている  作者: 春夏冬しゅう
2/5

2話 美味しいごはん

続きです。

現代ファンタジー。生き物の感情エネルギーを食べて生きる人間の姿をした人外である「粧人」の同級生と、ふとしたきっかけでその存在を知った一般女子高校生とごはんの話。


登場人物

氷見谷 結衣・人間。女子高生。最近粧人の存在を知った。美味しいもの好き。

加藤 護・粧人。男子高生。氷見谷の隣の席。食べ物の好みに言及したくない。

勇上 直人・男子高生。加藤の前の席。俺の胃袋は宇宙。

清水 真帆・女子高生。氷見谷の前の席。好きなものを延々と食べたい。

四十崎・男子高生。男子バスケ部部長。1日6食。


粧人・姿かたちはほぼ人間そのものだが、食物ではなく生き物の感情エネルギーを食べる生物。背中からほのかに発光する半透明な触手が生えており、これが彼らの口。触手は粧人同士にしか見ることが出来ず、また触手と感情エネルギー以外のものに干渉することが出来ない。

 校舎の屋上。日陰で並び、お弁当を広げている氷見谷とゼリー飲料を口にしている加藤。

 氷見谷は高橋に聞いた粧人についてのメモを手に、内容を読み上げている


氷見谷「粧人の人達は触手以外は人間とほとんど姿が変わらないから、人間に混じって暮らしてる。だいたい100人に1人くらいは粧人」

加藤「そんなにい……いるか、まぁ」

氷見谷「人間と同じように怪我もするし、病気にもなる」

加藤「まぁ、合ってる」

氷見谷「ほとんどの人達は粧人同士で結婚してるけど、中には人間の人と結婚している人もいる」

加藤「……」

氷見谷「あっこれ違う?」

加藤「……違わないけど。あの人ベラベラ喋りすぎでしょ……」

氷見谷「?」


 ボソッと呟いた加藤の様子に首を傾げる氷見谷。加藤が再びゼリー飲料に口をつけると、氷見谷はメモに視線を戻した。


氷見谷「……高橋さん、真面目に答えてくれてたんだなぁ」


 ぽつりと呟く氷見谷。

 そんな氷見谷を唖然とした表情で見る加藤。氷見谷はそれに気づき、慌てて弁解した。


氷見谷「いや、それはそれ、これはこれだから!」

加藤「……へぇ」

氷見谷「うん!」


 渋い顔でゼリー飲料を飲みきり、蓋を閉める加藤。それを得心がいった顔で眺める氷見谷。


加藤「……なんで嬉しそうなの」

氷見谷「謎が解けた! みたいな感じでさ」

加藤「?」

氷見谷「加藤くん、背高いのにお昼ごはんガッツリ食べてるの見たこと無いから。ご飯代浮かそうとしてるのかなって思ったけどお腹空かせてる様子も無いし、不思議に思ってたんだよね」

加藤「こっちから食べてもそのまま出てくるだけだし、勿体ないから本当は食いたくないんだよね。給食とかマジで嫌だった」

氷見谷「そっかぁ……。味だけ楽しむっていうのも、なんかちょっと罪悪感あるもんね」

加藤「食べ物の味感じないよ、俺達は」

氷見谷「味しないの!?」

加藤「うん。辛みとか炭酸の刺激とか食感は感じられるから、そう言うのが好きな人はいるけどね」

氷見谷「へぇー! じゃあそれ飲んでるのって食感が良いから?」


 加藤の持っているゼリー飲料を指さす氷見谷。


加藤「いや。誤魔化しやすいっていうか、けっこう勝手に納得してくれるからかな。食欲が無いのかとか、飯食った後のデザートなんだろうなとか思われやすいみたいで。まぁ、きちんと冷えてたら食感も悪くないし……」

氷見谷「……色々頑張ってるんだねぇ」


 階段を上ってくる足音が2人の耳に入る。加藤は口を閉じ、氷見谷は持っていたメモを慌てて財布にしまい込んだ。ガチャリと重いドアが開くと四十崎が顔を出し、加藤の姿を目にするや大声をあげた。


四十崎「ここにいたか! 探したぞ」

加藤「……しじゅーさき先輩」

四十崎「あ い さ き! 知ってるだろうが」


 そこまで言ったところで四十崎は氷見谷の存在に気づく。


四十崎「すまない。昼食の邪魔したか」

氷見谷「あ、いえ! 全然大丈夫です」

四十崎「ちょっとこいつ借りても良いか? 話があってな」

氷見谷「借りるもなにも! あ、私どこか行った方が良いですか?」

四十崎「いや、人払いしなければいけないような話では……そうだ、君も協力してくれないか」

氷見谷「なにをですか?」


 きょとんとしている氷見谷。苦虫を噛み潰したような表情の加藤。


四十崎「こいつが男バスに入るように説得したいんだ」

氷見谷「男バス!?」

加藤「……」


 加藤に視線を向ける氷見谷。


氷見谷「……似合う!」

四十崎「そうだろうそうだろう! 1年の時で188㎝。しかもまだ伸びている! 今は196㎝くらいか? ちょっと猫背だがかなり体幹もしっかりしているし、筋肉もそこそこある。運動神経も悪くない! ぜひ部員に欲しい逸材なんだ!」

加藤「…………」


 目をランランと輝かせる四十崎を見て重いため息を吐く加藤。その様子に氷見谷は戸惑った。


氷見谷「……加藤くんは男バス入りたくないかんじ?」

加藤「入りたくない」

氷見谷「それなら無理強いするのは良くないんじゃないかなって思うんですが」

四十崎「俺も無理に入部させたくなんかない。しかし、そうも言っていられなくなってな」

加藤「……? なにかあったんですか?」

四十崎「部室にある冷蔵庫を加藤に使わせる事ができなくなった」

加藤「えっ」

氷見谷「え?」


 心底驚く加藤と、そんな加藤を見る氷見谷。


四十崎「生徒会に目をつけられてな。部員でもない奴に出入りさせるとは、管理はどうなっているんだと指摘されてしまった。実際反論できないわけだが」

加藤「そんな……」

四十崎「正直ただ善意で貸していたわけでもないしな。うちの部員と触れ合う機会を多くすることで良い印象を持ってもらい、かつ備品を使わせることでお返しに入部……という流れを期待していたわけだ」

加藤「そうなんだ……」

四十崎「部員たちとも仲良くしているようだし、1on1で遊んでいるのも知っている。冷蔵庫に菓子を常備しているようだし、そろそろまたプッシュしても大丈夫かと思ったんだがまさかこんなに断られるとは……」

加藤「そんな意図があるなんて思ってなかったんで」

氷見谷「加藤くん、もしかして冷蔵庫に入れてるのって……」


 氷見谷が先程飲んでいたゼリー飲料を指さすと、加藤はこくりと頷いた。


氷見谷「使えなくなるの大変じゃない!?」


 げっそりした表情になる加藤。


氷見谷「……それなら、男バス入った方が良いんじゃないかな?」

加藤「……別に、パンとか適当に買って食べればいいし。中学の時に慣れたから」

氷見谷「ちょっと……待って! なんでそんなに男バス入りたくないの? バスケは嫌いじゃないんだよね? さっき遊んでたって言ってたし」

加藤「……まぁ」

氷見谷「なら、なんで男バス入りたくないの?」

加藤「……言わなきゃいけないわけ? 言わなきゃ退学にでもなるんですか、俺」

四十崎「いや、そんなことは……」

氷見谷「でもさ、入りたくない理由がもし解決できることだとしたら、もし先輩が解決してくれたら、バスケも出来て冷蔵庫もこれからも使えて、めちゃくちゃ良いことじゃない?」

四十崎「そんなに冷蔵庫大事か……?」

氷見谷「慣れても、嫌なことは少ない方が良いもん。そういられるように話し合ってみるのって、悪くないと思うんだけど」

加藤「……でも」


 加藤はちらりと四十崎を申し訳なさそうに伺う。その様子に頭を捻る四十崎。直後にひらめいた考えに愕然とし、沈痛な面持ちになって言葉を絞り出す。


四十崎「そうか。そうだったか。すまなかったな、長い間付きまとって」


 きょとんとする加藤と氷見谷。


四十崎「ずっと不思議だったんだ。楽しそうにバスケをしているし、あいつらとも仲が良いのになんで入ってくれないのかと。そうか、それは絶対嫌だよな。何かしてしまったか? いや、気づいていないから良くないのか。なんて悪い事をしてしまっていたのか……」

加藤「なんの話ですか」

四十崎「……俺が嫌いだから入りたくないんだろう?」

加藤「いえ、違いますけど」


 間。


四十崎「……違うのか」

加藤「はい」

氷見谷「じゃあ厳しい練習が嫌だとか?」

加藤「全国目指してる部活なら普通でしょ。殴られたり怒鳴られたりは嫌だけど、ここそういうの無いし」

四十崎「家の都合か? こう、部活に入ってはいけない決まりとか門限が早いとか」

加藤「無いです」

氷見谷「モテそうだから嫌とか?」

加藤「なんでさ」


 「ユニフォームがダサい!? 部室が汚い!?」「それは普通になんとかしてください」「チャラいと思われたくないとか?」「チャラい奴がいるのは、否定できない……!」「そこどうでもいいです」などと言い合う3人。思いつく限りの理由をあげ尽くし、?しか思い浮かばなくなっている四十崎と氷見谷。加藤はそんな2人から気まずそうに目を逸らしながら口を開いた。


加藤「……先輩、部活帰りによく部員誘ってご飯行ってるじゃないですか。交差点の所のお店」

四十崎「あぁ、あの定食屋か。他校との練習試合が終わった後もあそこで打ち上げするしな」

加藤「……」

四十崎「……無理やり連れて行ってるわけじゃないぞ? え、もしかしてあいつらそう言ってたか!?」

加藤「いや、そうじゃなくて……」

四十崎「……ちょっと待て、誤解だ! あの店は確かに古いが、めちゃくちゃ美味いぞ!?」

氷見谷「あー……」


 いったんは納得したような声をあげた氷見谷だが、納得しきれず首を傾げた。それをよそ目に四十崎は熱弁する。


四十崎「しかもおかわり無料! 俺達が何杯おかわりしても笑ってよそってくれる良い店なんだぞ。一回行こう、加藤! どれだけ食べても絶対嫌な顔されないから! 保証する!」

加藤「……」

四十崎「いや、値段もめちゃくちゃ安いぞ! なんなら俺が奢る! あ、でもうな丼は……いや、大丈夫。どのメニューでも奢るから! 頼む、本当に良い店なんだ。怖がらなくていいから! 唐揚げとかな、めちゃくちゃ大きくて衣から美味いんだ! こう、ザクっとして肉汁がぶわーって……」


 四十崎の説明に美味しそう……となる氷見谷と渋い顔をしている加藤。加藤の表情に気づいた氷見谷はようやくその理由に気づき、小さくあっと声をあげた。四十崎が必死に美味しさを語れば語るほど顔が死んでいく加藤。それを見た氷見谷は意を決して四十崎に声をかけた。


氷見谷「四十崎先輩、あの」

四十崎「?」


 四十崎が振り返る。氷見谷は話しかけたものの、加藤の食についての説明をどうするかを考えておらず沈黙する。状況が分からず氷見谷を見つめる四十崎と加藤。氷見谷は何度か口を開け閉めし、ようやく言葉を発した。


氷見谷「加藤くんは……」


 まさかと目を見開き、口を挟もうとする加藤。しかしそれより先に氷見谷は言い切った。


氷見谷「小食なんです!」

四十崎「……え?」


 信じられないという表情の四十崎に氷見谷は加藤が持っているゼリー飲料のゴミを指さした。


氷見谷「それが加藤くんのお昼ごはんです」

四十崎「……食後のデザートでなく?」

氷見谷「一食です」

四十崎「……いや、ははは、まさかそんな」

氷見谷「本当です! 私加藤くんの隣の席ですけど、本当に毎日これしか食べてないです!」

四十崎「……いや、そんなわけないだろ! この体躯だぞ!?」


 そう言って加藤を指す四十崎。その視界の端に加藤の諦めたような絶望したような表情が映り、四十崎は息をのんだ。


四十崎「加藤……」

加藤「……すいません、食えなくて」


 顔を伏せる加藤に、慌てて四十崎が言った。


四十崎「ま、待て、それは違う! そういう体質なんだろう? 正直ちょっと……いやかなり珍しいとは思うが、あくまで珍しいだけで謝る事ではない! むしろその燃費の良さはかなり羨ましい!」

加藤「先輩……」

四十崎「なりたいわけではないが!」

加藤「あ、はい」


 一息ついた四十崎は恐る恐る加藤に聞く。


四十崎「……ほかには?」

加藤「無いです。でも良くないでしょ、そういうのが楽しく一緒に出来ないのは」


 皮肉気に笑いながら言う加藤。それを見た四十崎は真剣に返した。


四十崎「良くないもんか。俺は飯を食う相手を増やしたいんじゃない。共にインハイ優勝を目指す仲間を増やしたいんだ」

加藤「……」

四十崎「1.2年も、これ以上ないくらいに仕上がってくれた。だから、見たい。見せてやりたいんだ、全国の景色を。せめて……来年は。だからそのためにも加藤。お前に俺達の秘密兵器になってほしい」


 「打ち上げは、なんか、良さそうなの別に考えるから。まぁ、行きたい奴らだけで飯には行くかもしれないけど」と先程までの勢いが弱まりもごもご言う四十崎。そんな四十崎をじーっと見つめていた加藤はあらぬ方向に視線を向けながら言った。


加藤「動画録っておけばよかった。あいつらに見せたら絶対キレますよ。なに弱気になってんだ、今年優勝するんだろうがって」

四十崎「いや、そういう意味では……!」

加藤「それに、どうせ口説くんなら『コートに突っ立ってるだけで全国に連れて行ってやる』ぐらい言ってくださいよ」

四十崎「そんな生ぬるいものじゃない!」


 そういう加藤にキッと厳しい視線を向ける四十崎。


加藤「知ってますよ、見てきたんで」


 加藤の口角がすこし上がった。四十崎は目を見開く。


加藤「しっかりしてくださいよ、部長」


 場面転換。四十崎が階下へ降りていく。足音が遠のくと、加藤は深くため息をついて頭を抱えた。


氷見谷「ど、どうしたの?」

加藤「入部するつもりマジで無かったのに……」


 良かったじゃんとも言えずごめんと謝るのも違和感があり言葉を失くしている氷見谷。その様子をしばし眺めて、加藤は顔をあげた。

 

加藤「まぁ小食で通る事は分かったし、ありがたく使わせてもらうよその設定」

氷見谷「あ、うん」


 こくこくと頷く氷見谷。沈黙する2人。そんな中、ぽつりと氷見谷は呟いた。


氷見谷「そういう嘘をつかないでいられるのが一番良いのに」

加藤「……。言っておくけど……」

氷見谷「大丈夫。粧人の事言いふらしたりしないよ」

加藤「……不安になってきた。無意識に言いそう氷見谷さん」

氷見谷「えっ!?」


 「単語自体出さないでね」と指摘され、ハッと口を押える氷見谷。

 その日の終業直後の教室。荷物を早々に纏め席を立つ加藤に勇上が声をかける。


勇上「もう帰り?」

加藤「いや、部活」

勇上「えっ部活入ってたん!?」

加藤「これから入ることになった」

勇上「へえー! どこ?」

加藤「バスケ部」

勇上「おぉー似合う! 頑張れ~」

加藤「……じゃあ、また明日」


 カラカラと笑って送り出す勇上と顔を綻ばせている氷見谷の気配を背に、むすっとした顔で教室を出る加藤。


勇上「確かにバスケ部の奴らと仲良かったもんなぁ」

氷見谷「そうなんだ?」

勇上「休みとかに遊んでんの見たし。どうすっかなぁ、マック誘おうと思ってたんだけど。氷見谷行く?」

氷見谷「マック……」

勇上「あんま腹減ってない? タピオカとかの方が良いか」

氷見谷「ううん……お腹はちょっと空いてるから行きたいんだけど、マックとかタピオカの気分じゃないんだよね……なんだろう」

勇上「アイスとかケーキとか?」


 頭を抱える氷見谷。


氷見谷「……逆に勇上君が食べたいものは? それに合わせるよ」

勇上「甘いな氷見谷。この俺の空腹はなんでも受け入れるやつだ。そんでたぶん氷見谷のは食べたいものを食べれないともんやりするやつだ」

氷見谷「うう~ん……」

勇上「しっかりしろ氷見谷!」


 目を瞑って必死に考える氷見谷。スマホを開く勇上。


勇上「ちょっと知らべるわ。パンケーキ、クレープ、フレンチトースト、サンドウィッチ……たこ焼き、お好み焼き、ケバブ、カレー、ラーメン、寿司、パスタ、餃子、ピザ、タコス、ステーキ、ハンバーグ!」


 唸り声をあげる氷見谷。


勇上「韓国料理、沖縄料理、鍋、うどん、とんかつ、そば、うなぎ、焼き鳥、串揚げ、天ぷら……」

清水「何やってんの2人とも?」


 ハンカチで手を拭きながら席に戻ってきた清水。


氷見谷「あっ! ちょっと来た!」

勇上「え、マジか! なんだっけ、鍋、そば、うなぎ、焼き鳥、串揚げ……」

氷見谷「唐揚げ!」

勇上「ナイス!」

清水「ほんとになにやってんの?」


 達成感を分かち合ってる氷見谷と勇上の様子に疑問符を浮かべる清水。


勇上「氷見谷の今食べたいもの当てクイズやってた」

清水「ウケる。食べたいもの分かんない時とか無くない?」

氷見谷「今あったよ」

清水「あったかぁ。ウチあんまり分かんないかも」

勇上「んじゃコンビニ寄ろうぜ。どこ派?」

氷見谷「コンビニじゃなくて……勇上君、どこかの交差点にある古いお店って分かる?」

勇上「いや、分からん。俺こうだけどなんでもは知らんよ?」

氷見谷「あっごめん」

勇上「許した。それで詳しく」

氷見谷「そこのお店の唐揚げが美味しいって話を聞いたんだ。でも詳しい場所まで聞いてないんだよね……」

勇上「古いって事はチェーン店とかじゃないんか、行った事無いな……。行くか、その店。その話してた人に聞きに行ける?」

氷見谷「たぶん」

勇上「よし、じゃあ行こう。清水は?」

清水「あー……ウチはパス。タピオカ行くなら誘って」


 放課後、古い店構えの定食屋の前に佇む清水と勇上。


氷見谷「……」

勇上「……」


 顔を見合わせ、店の前から少し離れる2人。


勇上「……ここで合ってる?」

氷見谷「合ってる……と思うけど」


 2人は手元の学割券を見下ろす。四十崎に店の場所を聞きに行った際、四十崎は善意で譲ってくれ、もう一人のバスケ部員は行かないからと譲ってくれていた。券に記載されている住所はきちんとその店を示していた。


氷見谷「合ってる……」

勇上「そうか……」


 沈黙。2人で店の方を見る。すりガラスの引き戸が開き、スーツ姿の男性が満足そうな顔をして出てくる。

 2人は再び顔を見合わせる。


氷見谷「行こう、勇上君」

勇上「……オッケー!」


 恐る恐る引き戸を開ける2人。店内は一昔前の風情ではあったが清潔にされていた。スーツ姿やラフな格好の男性の客、瓶ビールと漬物らしきものを口にしている老年の男性、一品料理を複数注文してる女性客、家族連れなどでそこそこ席が埋まっているようだった。


君江「いらっしゃいませ、あら見ない顔ね」


 席に料理を置いた麹谷君江が2人に声をかける。


氷見谷「あっはい」

君江「空いてる席どうぞー」


 そう言い厨房へ入る君江を見送り、勇上と氷見谷は近くの席に座って興味深げに周りを見渡した。

 厨房から出てきた君江はお冷を2人の前に置く。


君江「注文は?」

氷見谷「唐揚げ定食お願いします」

勇上「俺も唐揚げ定食で」

君江「ご飯の量は? 大盛無料だけど」

氷見谷「えっと、普通で」

勇上「大盛で」

君江「普通と大盛。あの学校の子でしょう、誰から券もらったの? 野球部? バスケ部? 柔道部?」

勇上「すいません、貰った券って使えない感じですか」

君江「そういうんじゃないわよぉ、次その子が来た時に券渡さないといけないでしょ? まぁ顔見れば分かるけど」


 高らかに笑う君江。その後君江がキッチンへ注文された品を呼びかけると、キッチンから老年の男性の返事が帰ってきた。

 しばらくして、氷見谷と勇上の机へ定食が運ばれてくる。見るからに大きく美味しそうな唐揚げを前に、目を輝かせる2人。


勇上「いただきます!」

氷見谷「いただきます……!」


 齧り付く2人。


勇上「……! うっま……!」


 勇上の言葉にコクコクと頷く氷見谷。そのまま言葉少なに、しかし美味しそうに食べ進める2人。

 ふと、氷見谷が箸を止める。


氷見谷「味……」

勇上「?」


 真剣な表情で唐揚げを見つめる氷見谷。そして、恐る恐る一口唐揚げをかじり、目を閉じて咀嚼する。険しい表情で唐揚げを飲み込んだ氷見谷に勇上が話しかける。


勇上「どした? そんな顔して」

氷見谷「もしこれに味がなかったらどんな感じなんだろうと思って」

勇上「えっ、なんで?」

氷見谷「あ、いや、なんとなく……」

勇上「ふーん……」


 勇上も唐揚げを齧り、目を閉じて咀嚼する。


勇上「……難しくね? 食った瞬間美味いもん」

氷見谷「そうなんだよねぇ」

勇上「てか、味無きゃ食わんだろ。薬とかならまだしも、飯ならさ。違う美味いもん食えばいいんだよ」

氷見谷「確かに」

勇上「そうそう。とりま味わうべ。すいませーん! おかわりいっすか?」


 齧りかけの唐揚げを見つめ、頬張る氷見谷。口の中に広がる美味さに顔を綻ばせた。

 続く。

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