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片耳分の冬

作者: 三隅 凛

「スメルズ・ライク・ティーンスピリット」とカタカナで書きたい、が発端で書いたショートショートです。ジャンルを恋愛にするのにちょっと抵抗があります。

 帰り道が途中まで同じで、その距離がそこそこ短いので、週に数回くらいは君と一緒に帰ることになる。私と並んで歩く時、君はイヤホンを片方外して耳に引っ掛ける。ワイヤレスじゃないコード付きのイヤホンだ。

「なんか怖いんだよね、ワイヤレス。なんか」

 ちょっと分かるけど、と言いつつ私はワイヤレスイヤホンを使っている。

「コードぐるぐるを何とかしてる時とか、断線する度にワイヤレスに憧れはする」

 ちょっと高価(たか)いじゃん、と君はぼやいた。でも、君が使っているイヤホンも結構なお値段だ。音質とか分かんないけど、と君はしなくてもいい言い訳をした。 


 他愛のない、雑談というものを私たちは滑らかに行う。いつも。短い間だからだと思う。何となく、沈黙も心地よいという間柄にはならないだろうな、と思っている。

「何聴いてるの」

「今?」

 別にどうしても今聴いてる曲が知りたい訳でもないが、今、と頷いた。昨日とかマイブームが知りたい訳でもない。

 今流れてるのはねー、と君は思い出すように前置きする。多分、タイトルを思い出している訳ではなく何となくの前置きだろうと私は感じる。スメルズ・ライク・ティーンスピリット。有名どころだった、と君は笑ってイヤホンを爪先でつついてかちかちと音を出す。私と君はそこまで音楽の趣味が被っていない――私はそこまで詳しくなく、君はそこそこ詳しそう――ことは既にお互い把握していて、でもこの『有名どころ』に私が同意できることも君は知っている。音楽の話はそれなりにしている。君がイヤホンをつけているし、私が同じように尋ねることは多いし、尋ねてなくても君は楽しそうに話すし、私もあからさまに興味のない話と切り捨てないからだ。君が楽しんでいるのを抜きにしても、知らない世界の話、というものは結構面白い。残念ながら君のプレゼンで聴き出したアーティストは居ないけれど。

 あのギターリフを君が口遊んだ。曲に合わせているのではなく曲が終わったところだろう。次は何の曲、と尋ねそうになって止める。

「タイミング良かったね」

 君は笑ったままそう言った。何が、とは思わなかった。何で、と思った。私と一緒に居る時に、私が尋ねた時に、数少ないだろう私が知っている曲が流れたことが何で良かったと言えるの。

 思ったことは口に出さないで、私は無言になる。君は特に気にした様子もなく他の話題を持ち出す。ちょっと前行った時は空いていた牛カツ屋が、昨日覗いたらえらく並んでいたこと。同じ時間帯なのに、と。

 何処のお店、と私は尋ねる。そうだねと返せばよかったな、と思い出している間、君はお店の詳細を教えてくれる。


 信号もない道で私たちは別れる。会話の流れで一言二言立ち止まることはたまにあるが、そのまま長話することはない。寄り道するにもコンビニもスーパーも本屋も、どちらの道にもある。ついていったことはないし、ついてきたこともない。

 別れの挨拶をしながら、君の指――大体左手だ、左側に私が立つことが多い――はイヤホンをなぞっている。また耳を塞ぐ。ノイズキャンセリングはないらしいが遮音性は高そうなので、気を付けて、と私はいつも思う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 別れちゃう話悲しいよ〜
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