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8話 誰も彼も。

 左右均等に美しく整えられた広い庭園、魔法の水が目にも耳にも心地良い水流を生み出す噴水、精緻な彫刻の施された歴史を感じさせる白亜の豪邸。

 ピジョン伯爵家が王都に所有するタウンハウスは、王都の貴族街の名だたる高位貴族達の家々が立ち並ぶエリアの中でも、とりわけ見事だ。

 伯爵家で働く人々は伯爵家を誇りに思い、伯爵家の者もまた彼らを大切にしている。


 そんな十六年間育った家を、夜が明けたら出て行く。そして街を出て、国さえも出る。念願の旅立ち。でも嬉しいはずなのに、どこか寂しい…。

 そういう感傷に浸る予定だったのに…。


「いい加減下ろしてって言っているでしょう!?もう自分で歩けるってば!!」

「だから嫌だって言ってるでしょ?」

「話が通じない人はもう間に合ってます、結構です!!」

「話は通じてるよ?通じてるけど、受け流してるだけ」

「受け止めてよ!!」


 エントランスホールで騒ぎ立てる二人の様子を、私の帰りを待ってくれていた使用人達にばっちり見られる。しかし彼らはみなその様子に呆れたりはしていない。なぜか一様に笑顔だ。


「お嬢様、ジェイド様、おかえりなさいませ!…お二人は子供の頃とても仲良しでしたが、久しぶりの再会でもあっという間に打ち解けたようで安心しました!」

 嬉しそうにそう言うのは、長年ケイティの侍女兼護衛を務めたハンナだ。ケイティの十歳年上で、ケイティが六歳の時からどこに行くにもずっと一緒だったハンナは、結婚と出産を機に、現在は侍女業に専念している。


「………えっ、まさかハンナ、今日の婚約破棄計画にジェイドが介入する事を知っていたの!?」

 …ハ、ハンナまで裏切っ…!?


「ええ知っていました。ジェイド様はお嬢様の計画をさらに良くするためのご自身の計画を、私達使用人一同全員が納得するまで、とても丁寧に、根気強く説明して下さったのですよ!」

 悪びれる様子もなくそう語る。


「それに何といっても、その言動や行動の隅々にまで感じられるお嬢様への愛の強さ…!私達使用人一同は、ジェイド様になら大切なお嬢様をお任せしても大丈夫だと確信しております!」

 ハンナの言葉に、力強くうなずく使用人一同。


「…全員ジェイドに買収されていたの!?…いやそれより、愛って強ければ良いってものでもないでしょう…!?」

 私の心にのしかかる重みに、誰か気付いてほしいんだけれど!?


「そんな事ないっすよ、ジェイド様は、お嬢様の食べ物の好みは酒場でたむろするオッサンみたいなんだっていう話をしても、雰囲気で選り好みせず本当に美味しいものを見つけられる、そういうお嬢様が好きなんだって言ってくださったんですよ!」

 いきいきとそう言うのは、伯爵家の若手の料理人。


「…ちょっと待って、何の話をジェイドにしているの!?…ていうか、私はそんな風に思われていたの!?」


「それに、お嬢様は魔力はとてつもなく強くてらっしゃるのにコントロールが不得手すぎて、魔法を習った時に魔法訓練施設を二つほどを全壊させ、高額な弁償金を払う事になった話もしたのですよ」

「はい!?」

「そうしましたら、愛するお嬢様のした事は自分のした事も同然、今後は自分と一緒にいる時にお嬢様が何か失敗をして損失を出すような事があれば、それは自分が弁償するとまで言ってくださったのですよ」

 穏やかな笑顔で話す老紳士は、伯爵家の執事だ。


「いやだから、何の話を…!」

「お嬢様、結婚ともなればお金の話は大切ですよ」

 まるで孫娘にでもそうするかのように諭される。


「俺、悪魔を封印した時に高額な褒賞金を貰ったから、結構お金持ちだよ?」

 出た、笑顔で自分を売り込む商売人ジェイド!!


「私にだって、旅の資金稼ぎのために色々事業を起こしたり、あちこちに魔法で温泉を掘って報酬を貰ったりしたから、それなりの個人資産はあるわよ!自由が欲しいなら経済的自立は必須だもの!………じゃなくて、結婚なんてしないってば!」

 なんで結婚拒否っていう肝心な部分が伝わらないの……!!


「何言ってるんですか、名門伯爵家のご令嬢でありながら貴族をやめて世界を旅して回りたいとか、無茶苦茶な夢ごと受け入れて愛してくださる方なんて、きっとジェイド様くらいですよ!」

「…そうかもしれないけれど、私は結婚自体をする気がないの!」

 ハンナ、私とは以心伝心であったはずでは!?なぜ伝わらない!?


「そうだよ、アダム様との婚約は国王陛下のご意向だったのに、よりにもよって陛下ご自身に婚約破棄を直談判しにいくとか、妹はとんでもない無鉄砲娘だから、関わったら

 ジェイド君もどんなとばっちりを受けるかわからないっていう話もしたんだよ」

 そう言うのは、夜会の会場から今しがた帰ってきたらしい兄。父と母も一緒だ。


「いや、私は陛下のお人柄から、私の話でもきちんと聞いてくださると判断したから、陛下に話をしに行ったのであって…」

「何がきちんとだよ、結局はしてやられたくせに」

「うぅっ…」


「それなのにジェイド君は、そもそもケイティが危機に陥らないよう、自分が事前にフォローするって言ってくれたんだよ。実際今回も、お前の詰めの甘い計画を、もっと角が立たないようにまとめてくれただろう?」

「そ、れは……」


「陛下が婚約破棄計画の実行を認めて下さったのは、ジェイド君のフォローまで含めた計画なら承認する、とおっしゃって下さったからなんだよ」


「…えっ、そうなの!?」

 …ジェイドは、私の計画だけなら陛下は計画の実行を許さなかった、そういう言い方はしなかった。

 あれはあくまで全体の雰囲気をより良くまとめ、みんなの株を上げるためのフォローだ。私にそう思わせるような言葉を選んだ。…選んでくれた。

 その事に気がついてジェイドを見ると、少し困ったような顔をしている。…その表情を見た瞬間、なぜだか少し胸が苦しくなった。


「ちなみにジェイド君と陛下を取り次いだのは僕と父上だからね?僕も父上もケイティが陛下からお咎めを受けずに済むように、ジェイド君と一緒に陛下を説得したんだよ。みんなケイティの事を心配しているんだからね?…楽観的な上に無鉄砲、おまけに周りが見えていないとか、ケイティは自分の危なっかしさをもっと認識してよ!」


「…っ、ごめんなさい………。というか、それってつまり………、私は一人じゃ何も出来なかったって事よね………?」

 ……あ、だめだわ、またしても脱力感が…。自信というものはかくも失われやすいものなのね………。


 自分のダメさ加減に意気消沈し、ジェイドの腕の中で力なくうなだれる私を、ジェイドは子供を抱き上げるような形に抱えなおした。そして脱力して彼の肩にもたれ掛けた私の頭を、よしよし、とでも言うように撫でる。


「でも俺に出来ない事を、ケイティは出来るんだよ?こんなに壮大な婚約破棄計画なんて、俺には思いつかなかった。ケイティには発想力があるし、だから問題の解決策を見つけ出すのが上手いと思うよ?」

「…でも、詰めが甘いって……。私はいつもそうなの、何かを思いつくと勢いで行動しちゃうところがあるの……。で、失敗するっていう……」


「うんだから、ケイティに出来ない事は俺がやる。ケイティは自由に発想して自由に行動すればいいんだよ。ケイティに見えていない部分があるなら、俺がフォローするから。……だから二人一緒なら、出来る事はもっと多くなる。それって凄く楽しい事だと思わない?」

 その言葉に、思わず顔を上げてジェイドを見つめる。…彼の優しい笑顔が、なんだか眩しい。


「…あの、ジェイド、みんなも。心配かけてごめんなさい。でも、心配してくれてありがとう…」

「ありがとうもごめんなさいも、そう思ったら素直に口に出せる。ケイティのそういう所も好きだよ?」

 そう言って喜色を浮かべると、今度はぎゅうっと抱きしめてくる。

「……!?ちょっ、これはさすがに……!」

 彼の腕をバンバンと叩いて抗議すると、少しだけど腕の力を緩めてくれて、ホッとする。


「お嬢様は本当に素敵な方を選びましたね。しかも既に夫婦並みの息の合いよう…!」

 涙を浮かべるハンナ。何度もうなずき同意を示す使用人達。


「でもね、結婚前なのだから、あまりくっつきすぎるのは良くないよ?」

 そう父に言われて、ジェイドは渋々私を下ろす―――ようやくの解放。なのに体の力が抜けていて、上手く立てなくて。結局、もう一度ジェイドにお姫様抱っこされる羽目になる。


「何だか疲れてるみたいだし、もう休んだら?」

「…疲れているのは主にあなたのせいだけれど……。あぁでも、全ては私が至らないせいなのよね………ふふ……」

「本当にもう休んだ方がいいわ、明日は朝早いんでしょう?」

 母が苦笑している。


「ジェイド君、悪いんだけれどそのまま娘を部屋に運んでもらえるかしら?あともう遅いし、ジェイド君も今日は泊まっていってね?」

「はい、ありがとうございます、伯爵夫人」

「いやだわ水くさい、母と呼んでくれて構わないのよ?」

「そんなの私が許可しないわよ…」

「そんな事言って、ジェイド君と将来結婚したら笑われるわよ?」

「しないってば…」

「本当にそうかしら?大切な娘の事が、お母様にはよく分かるわよ?」


 …そう言う母の、自信ありげでいて、一抹の寂しさを含んでいるかのような不思議な表情に、なぜか落ち着かない気持ちになった。

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