6話 馬車の中にて
お姫様抱っこをしたまま器用に馬車に乗ったジェイドは、私をそのまま自分の膝の上に横抱きで座らせている。
「説明してちょうだい!ていうかいい加減下ろして!!」
「嫌だよ、今日のケイティはすごく綺麗だから離したくない。今日のドレスはケイティに特別良く似合ってるよね。赤にも色々あるけど、この真紅はケイティの髪や瞳の色にピッタリだし、ドレスの裾の部分の金糸の刺繍が、ケイティの髪の色と同じなのもいい。ルビーの台座が金色なのも統一感があるし。だけど大人っぽすぎなくて可愛い感じがすごくケイティぽいっていうか、ケイティを含めた全体を一つの作品として完璧なものにしていると思う」
「え…そうかな?」
至極まじめな顔で言うジェイド。
おそらく今夜の夜会で婚約破棄計画が実行される。となるとこれが私の最初で最後の夜会になるだろう。という事で気合いを入れて選んだ勝負服を誉められ、まんざらでもない気持ちになる。
「………って、そうじゃない!いいから膝の上から下ろして!!」
社交界で見せる用の貴族令嬢としての仮面などポイッと捨てて、じたばたと暴れてみせるけれど、そんな抵抗などはなから無いかのようにジェイドは動じない。
「別に膝の上でもおかしくないでしょ、俺達は国王陛下と社交界から認められた恋人同士なんだし」
「な、何言い切ってるのよ!例え陛下が、社交界が、私達を恋人同士だと認めても、私自身があなたを恋人にした覚えはないわよ!!」
「あきらめなよ、親も公認みたいなものだよ?」
「………!!やっぱり家族もみんなグルだったのね!?」
頭に血がのぼって、思わずジェイドの胸ぐらを掴み―――ハッとして我に返る。
胸ぐらを掴むなんていくら何でもはしたないとかいう理由じゃなくて、ジェイドが胸ぐらを掴まれて嬉しそうにしているから……。
ドン引きして少し気が落ち着く。
「あーもう、本当に何であんな事をしたのよ?一代貴族に叙される予定だったのでしょう?社交界への出入りが禁止になった私にプロポーズなんかしたら、せっかくの叙勲、ひいてはあなたの人生まで台無しじゃない」
世界には騎士はみな貴族階級扱いという国もあるそうだが、ここランドルフ王国では騎士とは階級ではなく職業を指す。
身分は平民で職業は騎士という人も存在する中で、平民から一代限りとはいえ貴族に叙される叙勲というのは、それだけの功績をあげた有能な人物であるという証なのだ。
「貴族に叙されるという名誉によって不自由になる事もあるけれど、得られるものも多いのに」
――その不自由が嫌で貴族をやめたかった私が言っても、説得力はないけれど…。
「なぜって、さっき夜会で言った通り、初めてケイティに会った時からずっとケイティの事が好きで、どうしてもケイティと結婚したかったからだけど?」
さも不思議そうな顔をするジェイド。
「だから平民でも王侯貴族との結婚も望める勇者になる事を目指して、ほぼ全ての時間と、あらゆるコネを駆使して、勇者になるための修行に励んできた。でも魔王が復活しなかったから、とりあえず悪魔を封印したんだ」
「…とりあえずで悪魔を封印出来るって何なのよ…。だいたいあなたが勇者になろうとも、この国の第二王子の婚約者を無理矢理奪おうだなんて、いくら勇者は無礼講みたいなところがあるといえど、非礼にも程があるわよ…」
「別に誰にどう思われようとも、ケイティをアダム様に取られる事に比べたら、そんなの何でもないけど。…もしケイティが外聞を気にして国内に居づらくなるなら、その時はやっぱりケイティと外国にでも駆け落ちすればいいし。俺、結構どこでも生きていける自信あるよ?しかもケイティに絶対に不自由はさせないし」
そう言って笑顔で自分を売り込むジェイドに、商売人の血筋を感じる。
「いやだから、何でそんなに駆け落ちっていう手段を優先的に選びたがるのよ…?」
「え、独占欲だけど?」
「………」
何でもない事のように言われて、小さくため息をつく。
「それに悪魔を封印して一代貴族の身分を手に入れようと思ったのだって、アダム様との婚約を破棄して自由になりたいって言って真剣に計画を立てていたケイティが、いつかきっとアダム様との婚約を破棄するって信じてたからだし」
「………」
今まで、王子様との婚約を破棄してさらには貴族をやめたいなどという私の突拍子もない夢については、大抵の人はまず真に受けなかったし、例え私の想いが真剣だと伝わっても、みな叶うはずがないとはなから否定するばかりだった。
自分でも、そう思われても仕方ないと理解していた。
…でも実は、自分の知らないところで、幼なじみがその夢が叶うと信じ続けてくれていた。その事になんだか、むず痒いような気持ちになる。
「ただ、婚約破棄を実現できたとしても、貴族をやめられるとは限らないよね?そしてケイティの両親が平民との結婚を許すとは限らない。その場合、ケイティは他の貴族との結婚を考えるかもしれない。一代貴族に叙されとこうっていう策は、そういうケースに備えた単なる保険だよ」
何の淀みもなく流れるように語る。
…そういえばジェイドは、子供の頃から賢くて、策士な一面があったのよね…。
「俺の母親みたいに貴族でありながら平民と結婚する人もいるけど、それは稀なケースだし。俺が母親の実家の養子になるって手は、母親の実家は特に養子を必要としてないから無理だし」
そう言って微かな笑みを浮かべるジェイド。
「まぁでも婚約破棄計画が上手くいったら、ケイティには王子であるアダム様との婚約破棄という醜聞がつきまとう事になるんだから、きっともうまともな縁談なんか来ないよね?…だったら、国内一の貿易商であるフォード家の六男であり、ケイティの幼なじみでもある俺は、ケイティの新しい結婚相手として、条件的には申し分ないはず」
彼の微笑みに、だんだんと仄暗さが混じる。
「そう思ってケイティの両親に会いに行ったら、案の定ケイティに結婚を申し込む許可を得られた。俺が貴族であろうとなかろうと関係ないって言ってもらってね。だからもう、一代貴族の身分なんて捨てたって何の未練もないよ?」
そしてニッコリと綺麗に笑う……けど、目が笑ってない…!!!
「や…でも、婚約破棄計画が必ずしも上手くいくとは限らなかったわけじゃない?」
「その時はそれこそ夜会で言った通り、いざとなったらアダム様に決闘を申し込んで、ケイティと駆け落ちすればいいでしょ?王都の騎士学校を選んだのだって、アダム様の同級生になって、アダム様の倒し方を研究するためだし?」
…ジェイドさん、え、笑顔が、もはや真っ黒ですよ…?
「………えぇと……っ、とりあえず行動の理由は分かったわ!……でも私達は子供の頃に、短い期間を一緒に過ごしただけでしょう!?……どうしてそこまで私に執着するのかしら!?」
「……え、執着じゃなくて愛なんだけど?」
少しムッとしつつ、穴が開くんじゃないかという程こちらをジッと見つめてそう言う。
………うん、薄々そうかもって思ってたんだけど……。もしやこれがストーカーってやつなの………!??
………ん?………って事は私は今、悪魔を封印する程物理的に強いストーカーと馬車の中で二人きりって事……?
………ほ、本日一体何度目かっていうピンチがまた訪れたっていうの………???………も、もう嫌!!!
読んでいただき、本当にありがとうございます!!
この後、更新ペースが落ちます。
2〜3日に1回の更新になる予定です。
次の話は、23日か24日になるかな、と思います。
もっと遅くなったらすみません…。
どうぞよろしくお願いします!