5話 みんなに祝福されました
…あーもう、何でもいいからさっさとこの場を去りたい…。何なのこの感動的な祝福ムード…。疲れる…。泣きたい…。
ふと夜会に同伴した家族の事が気になって、彼らがいるはずの会場の隅に目をやる。
家族も私の婚約破棄計画を知る協力者だ。きっと、私がジェイドから突然プロポーズされ、なぜか彼と公認カップル…的な感じになってしまった事を、心配しているはず……と、思ったのだけれど。
そこにあったのは、気まずそうな雰囲気で私から完全に目を逸らしている父と兄、顔をほころばせながら貰い泣きしている母の姿だった…。
……あ、これ、家族みんな、こうなる事を知ってたっぽい……?ジェイドと組んでいた裏切り者は、陛下だけじゃなかった……?わ、私の八年来の計画が……まさかの家族にまで裏切られていたとか………。
私、家族は信用していて、…あぁでももう、時は戻らない、よくわからないけれど、婚約破棄は達成して、社交界ともさよならで、良かったけれど良くない、何でこんな事に―――??………
緊張の糸が切れたのか、頭の中が真っ白になり、全身から力が抜け、足元から崩れ落ちる――――――
…するとその時突然、足元が掬われ、ふわりとした浮遊感を感じた。
何が起こったのか分からずぼんやりしていたのは、果たしてどれくらいの時間だったのか。
やがて思考が明瞭になるとともに、目の前にあるジェイドの、心配するような、それでいて熱を孕んだかのような視線に、釘付けになる。
…それだけなら良かったのに。過呼吸ぎみなのか、上手く息が出来なくてなんだか苦しくても、彼だけを見ていられればまだ幸せだったのに。
周囲の囃し立てる声に気付いてしまい―――………、自分が今、ジェイドにお姫様抱っこをされている事に気がついてしまった………!!!
しかも、こんなに大勢の人が見ている前で……。卒業記念夜会という、社交界の一大イベントの場で………!
……うあぁぁ、何でさっき意識を失えなかったの、何で頑丈に出来ているのよ私の精神!!!
神様、人間に自分の意思で失神できる機能を与えたら、きっと神様の祭り上げられ度はうなぎのぼり間違いなしだと思うの、三百パーセントくらい!…ご、五百パーセントかも!?
だから頼みます、神様、今すぐ私に思い通りに失神できる機能を授けてくださいぃ!!…か、顔が赤いのが自分でも分かる…!!
(…あぁもう、何でもいいから早くこの場から連れ出して!!!)
体に力が入らなくて、恥ずかしさに本気で泣きそうになりながら視線でジェイドに訴える―――と、ますます熱く、だけど甘やかすように見つめるジェイドの視線が私に絡みつく。
そして余計に恥ずかしくなる…のに、まるで彼の瞳に射抜かれたかのように、なぜだか目を逸らせない。
「…お前でも恋人の前ではそんな顔を見せるのだな。二人を、改めて祝福しよう!」
そんな私達の様子を見ていたアダム様が、ケイティの前ではいつからか見せなくなった素の笑顔を見せ、そう言い、拍手をする。
アダム様の拍手に合わせて周囲も再び拍手しだし、それはやがて会場にうねるような熱気をもたらした。
そして今日一番の拍手と歓声の中、ジェイドは私をお姫様抱っこしたまま会場の出口に向かう。大衆からの注目を集めながら。
…あまりの恥ずかしさに頭が沸騰しそう…!
もはや貴族令嬢としてのどうのこうのなど、完全に頭から飛んでいる私に対して、彼の態度は堂々たるものだった。
少しイタズラ気な笑みさえ浮かべる余裕ぶりで、私の耳元に口を寄せてささやく。
「恥ずかしいなら、もっとくっついて顔を見られないようにしておきなよ」
その様子を見た貴族令嬢達からは、今度こそ遠慮のない、盛大な黄色い歓声が上がる―――。
……これ以上いらない注目を集めるような事はしないで!!…っていうか、今の絶対にわざとでしょう!?
そう思いつつも、こちらに興味津々といった視線を向ける人達が目に入る方がつらくて、ジェイドの言う通り、彼の胸元に顔を埋めるようにする。
…もういい、この赤くなった顔だけみんなに見られなければ、それでいい!!
そう思ってうっかり顔を外に向けないように、彼の服がしわ一つない礼装だろうとお構いなしにその胸元を握りしめる。
―――だからケイティは気付いていなかった。
隠しきれない耳も首筋も真っ赤なケイティを大切そうに抱えて、心から幸せそうな笑顔を浮かべるジェイド。
その姿はどこからどう見ても、熱く想い合うカップルの姿であった事に―――。
悠々と会場を後にしたジェイドは、迷わず来賓用の馬車乗り場ではない方向に向かって歩き出す。
彼が向かっている方向は、私が当初の婚約破棄計画を終えた後、人目を忍びつつ速やかに会場を後に出来るよう、陛下にお願いしてこっそり馬車を停めさせてもらっていた場所だ。
そして、その場に停められた出入りの商人などがよく使用するタイプのピジョン家所有の馬車に、なんのためらいもなく乗り込む。
御者も長年伯爵家に勤める人なのに、彼すらも何の疑問も持たずに扉を閉める。
…あぁ、本当に誰も彼も裏切り者ばっかり…!!!
そして馬車が出発すると同時に、抑えていた声を上げる。
「どういう事なのよ!?」