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1話 卒業記念夜会、気合い入ってます!

 ランドルフ王国。それは国土の南西から西の一部を、魔王や魔の者と呼ばれる存在達の棲み家である、魔峰(まほう)という名の山に接する、歴史ある大国だ。


 ランドルフ王国の国民には、貴族にも平民にも等しく、十三歳から十六歳までの三年間、学校に通い教育を受ける義務がある。

 義務教育を受けるための学校といってもそれは、キャサリン・ピジョンの前世のうちの一人である、大城麗華という名前の女性が住んでいた日本という国に存在するような、基礎的な学問を習得するための学校ではない。

 国民が十六歳で成人し、何らかの職業に就くにあたって必要な知識や技術を学ぶ、職業訓練学校のようなものだ。

 学校は学術学校、魔法学校、騎士学校、商業学校、工業学校、農業学校、家政学校など、学べる知識や技術ごとに分かれて、各地に複数存在している。


 そしてこの国の貴族には、十六歳で学校を卒業した後、卒業記念夜会と呼ばれる、国が主催し王城で開かれる夜会に参加し、社交界にデビューする義務もある。

 夜会は春先に学校を卒業した者達が自らの希望する進路に進み、新しい生活に馴染んだ頃、初夏に開催される。

 そして今日は、その記念すべき卒業記念夜会の開催日。

 朝から晴天に恵まれ、新緑の香りの混じる風が穏やかに吹くこの日は、まさに絶好の卒業記念夜会びよりだ。


 卒業記念夜会では、参加者が自身を最も良く見せる装いをする事が是とされ、参加者はみな、特にドレスで参加する女性は、この日のために気合いを入れて自らの装いを選ぶ。

 それはもちろん自分自身のためでもある。しかし同時にこの夜会は、学生時代以前には出会う機会のなかった違う学校に通っていた貴族の子息子女や、同伴するその家族との出会いの場でもあるため、みな入念な準備を怠らないのだ。


 さらに今年はこの国の第二王子であるアダム・ランドルフが卒業し夜会に参加するため、夜会自体の注目度も高いとあって、みなのこの夜会にかける意気込みは、並大抵のものではない。

 この春に王都にある魔法学校を卒業した、建国当初から存在する名門伯爵家であるピジョン伯爵家の令嬢にして、その第二王子の婚約者でもあるキャサリン・ピジョンもまた、今日の夜会のために入念な準備を重ねた一人だ。


 ピジョン伯爵家は、その領地に質の良い宝石を産出する鉱山を有し、宝飾品の加工から販売までを手掛ける事を主要な産業としている。そして領主は代々商才に恵まれ、長年利益を上げ続けてきた結果、今や国随一と言っても過言ではない資産を持つ。

 そのピジョン家の繁栄ぶりを見せつけるかのように贅を尽くした彼女の今夜の装いは、自分こそが王子の婚約者たるにふさわしいと見せつけるかのようでもあった。


 真紅の最高級のシルクの生地には、同色のやはりシルクの糸で繊細な薔薇の模様が刺繍され、刺繍はドレスの裾にかけてグラデーションを描くように金色の糸による大ぶりの刺繍に変わっていく。

 その色合いは、彼女の艶めく金茶色の見事な巻き毛と、マスカットグリーンの瞳をよく引き立てる。

 ドレスのトップスはシンプルなビスチェタイプのデザインで、ドレスに合わせたピジョン家に代々伝わる国宝級のルビーのネックレスとイヤリングの存在感を強調する。

 一方でスカートはふわりと膨らむプリンセスラインを描く。

 十六歳の女性が着るにはやや大人っぽく少し背伸びをしたようなその装いは、だけど若者が着るにふさわしい瑞々しい愛らしさを失わない。

 それは猫のような印象のつり気味の大きな目を持つやや童顔寄りの顔立ちと、顔に似合わぬ成熟した色気を放つスタイルを併せ持つ彼女の魅力を際立たせた。


 華やかに飾り付けられた、色とりどりのドレスを身にまとった貴族令嬢たちのひしめく会場でも、一際目を引く彼女はまさに今夜の主役だ。

 そしてそんな彼女の周りで騒つく人々は、彼女のその豪華絢爛な装いに驚いていた―――訳ではなかった。


 そこにあるのは、華やかな会場に似合わぬ不穏な空気。

 なぜなら、今夜の主役のもう一人である第二王子アダムが、正式な婚約者であるピジョン伯爵令嬢ではなく、彼の恋人と噂される男爵令嬢を伴って現れたからだ。


 王子でありながら騎士に憧れ、騎士学校を卒業し王国騎士団の見習い騎士となったアダムは、王子の礼装ではなく騎士の礼装に身を包んでいる。

 黒地にランドルフ王国を象徴する紋様を金糸で縁取り、金の飾緒で飾られた詰襟のミドル丈の上着は、腰部分を深紅の剣帯で締め、上着の裏地も深紅。白のボトムスに、黒いロングブーツ。

 騎士の礼装は彼によく似合い、黒い髪と瞳を持ち、年齢よりも大人っぽく男らしい風貌の長身の彼の美丈夫ぶりを強調させている。


 その彼の隣にいるのは、マーガレット・ブルーム男爵令嬢。

 地方にある魔法学校に通っていたが、白魔法と呼ばれる大変珍しい魔法が使える事が発覚して王都の魔法学校に編入した経歴を持つ、ピジョン伯爵令嬢の同級生だ。

 しかし彼女を目にした者はみな、その経歴より、彼女の類まれなる美少女ぶりにこそ関心を奪われる。

 マシュマロのような柔肌に、透明感の強い水色の大きな瞳と、花びら色の頬と唇。

 ストロベリーブロンドのふわふわウェーブの髪は、貴族令嬢には珍しいセミロングヘア。

 純情可憐を絵にしたかのような彼女は、どこか小悪魔的な印象を与えるピジョン伯爵令嬢とは正反対の印象を、周囲に与えた。


「…キャサリン、久しいな」

「殿下、お久しぶりでございます。お会いするのは、私の魔法学校での卒業式以来でしょうか?…あぁそれとも、マーガレットさんの卒業式以来と言ったほうがよろしいかしら?」

 婚約者である自分ではない女性を連れた王子に対して、完璧な淑女の礼をしてみせ、白々しい挨拶を返すピジョン伯爵令嬢。その堂々とした態度に、周囲の者は呆気に取られるしかなかった。


「キャサリン、相変わらず心も態度もよそよそしいようだが、そのような言い方はよせ。彼女が傷つくとは思わないのか?」

「まぁ殿下ったら、よそよそしいのはどちらでして?私達は婚約者同士なのだから、私の事はキャサリンではなく、愛称でケイティと呼んでくださればよろしいのに。マーガレットさんの事は愛称でメグと呼んでらっしゃるのでしょう?」

「私の事は殿下という称号でしか呼ばないお前に、どうこう言われる筋合いはない!」


 あからさまに眉をひそめる王子に対し、挑発しているとしか思えない言葉をぶつける伯爵令嬢。

 そんな一触即発の空気に落ち着かない様子のマーガレットのドレス姿を、冷めた表情で実はしげしげと見ていたケイティことキャサリンは、今日のマーガレットの装いに非常に満足していた。

 真珠を散りばめた繊細なレース細工のようなチョーカーを引き立てるように、ドレスのトップスはシンプルで控えめな白のハートカット。

 スカートは腰から裾にかけて白からピンク色へ変化していくオーガンジーの生地で、たっぷりのフリルを寄せて層を描くように重ねられ、それはまるでスイートピーの花びらを幾重もまとっているかのよう。


 …このドレスや宝石類、きっとアダム様から贈られたものよね?ブルーム男爵家に、こんな質の良い品を用意する資産はないはずだし。

 さすがアダム様、勘で正解のファッションを選び取れる男!

 ―――なんて内心で思っている事は、貴族令嬢として、おくびにも出さないのだけれど。


「メグ、キャサリンがひどい事を言ってすまない」

「いえ、自分で蒔いた種ですから…。誰にも謝っていただく理由はないんです」

 言葉を交わしながら、彼女の頬にそっと触れる。


 ―――わぁ、アダム様、二人の関係を隠す気、すでに全然ないのね!という事は、この分ならきっと今日、私はアダム様から婚約破棄を言い渡されるはず!


「ところでキャサリン、お前に話がある。今日この場に集まったみなにも、話を聞いてほしい」

 …と思ったら、さっそく来たのかしら!?


 周囲の者に気取られぬよう、アダム様の取り巻きの一人とそっと目を合わせる。すると自分が送ったスパイである彼から、計画は順調の合図が返ってくる。


 ……!!!い、いよいよなのね!アダム様と婚約破棄がしたくて、この十六年間の人生のおよそ半分の時間を、円満に婚約破棄するための準備に費やした努力が、ついに報われるんだわ!

 自分の心の奥底から、強い期待感が湧き上がってくるのを感じる。


 私の望みは自由、そのために貴族の身分から解放されるのが私の夢!そして夢が叶う時は、いま!

 …とか、内心で興奮していても、それももちろん態度には出さないわよ。私には長年鍛えた貴族根性があるのだから!

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