ギフトを得られなかった落ちこぼれは、音楽の国の聖女になります
私は誕生日になると、いつも不思議な夢を見る。
ご機嫌よう。私はメロディー・オクターブ。公爵令嬢です。ですが、私は出来損ないなのです。何故なら、ギフトを得られなかったから。このゲシェンク国では、五歳の誕生日になると貴族の子供はギフトと呼ばれる神からの贈り物を貰うのです。様々な才能や魔法や知識など、貰えるものは様々です。ですが、私だけは何故かギフトを得られなかったのです。両親は酷く落胆し、私を離れの部屋に閉じ込めました。幸か不幸か、私にはギフトを得られた優秀な兄や姉がいたので家に影響は殆どありません。
私はそれからというもの、教育さえまともに受けることなくただ仕方なく生かされてきました。ですが、私が閉じ込められた部屋にはピアノがありました。楽譜もたくさんあったので、私はただピアノを弾いて時間を過ごしてきました。そんな私はいつしかピアノを愛するようになりました。
その翌年の六歳の誕生日から、私はいつも誕生日になると不思議な夢を見ます。それは、何処か知らない国で、何故か知らない少年のためにピアノを弾く夢です。ピアノを愛している私らしい夢だな、と思います。
そんな私ももう十八歳。今日もまたあの夢を見るのでしょう。ちょっとだけ楽しみです。おやすみなさい。
「やあ、アリス。おかえり。お誕生日おめでとう」
「うさぎさん、こんばんわ」
夢の始まりはいつも、このうさぎさんとの挨拶から。小さな軽いメトロノームをクビに下げるうさぎさんは、ちょっとだけ慌てん坊だけれどとてもフレンドリーだ。
「アリスは今年で何歳になる?」
「十八歳です」
「ならば今年でこの夢は最後だね」
「え?」
「夢が現実になる時が来たよ、アリス」
うさぎさんはそれだけ言うと走り去ってしまう。私はなにがなんだか分からない。…まあ、夢だから訳がわからなくても当然か。
私はいつも通り夢の国を進む。歩くと音を奏でる音符の道、風の音すらフルートの様。キラキラ光る星が夜の道を照らして、幻想的な景色。
「チェシャ猫さん、こんばんわ」
「やあ、アリス。十八歳の誕生日おめでとう。明日が楽しみだね」
「?」
「いや、わからなくていいのさ。アリスはなにも知る必要はない」
チェシャ猫さんは尻尾の先で器用にトライアングルを鳴らす。いつも通り言ってることはよく分からないけれど、チェシャ猫さんの鳴らす音はやっぱり優しい。
「さあ、アリス。はやく先に進まないと」
「またね、チェシャ猫さん」
チェシャ猫さんと別れると、今度は優しい月明かりに導かれて、妖精達がふわふわ飛ぶ森を抜ける。妖精達の囁きは優しいオカリナの音色。とても心地がいい。
「やあ、アリス。誕生日おめでとう!」
「帽子屋さん、こんばんわ」
「一緒に紅茶でもどうかな?お茶菓子もあるよ」
「ありがとう、いただきます」
お茶菓子はとても優しい味がする。紅茶は芳しく飲みやすい。紅茶とお茶菓子を満喫すると、大きな犬の姿の帽子屋さんがタンバリンを鳴らした。
「さあ、アリス。今日は夢の続きへ急ごうか。続きはまた明日」
「明日?」
「ほら、行って」
帽子屋さんに促されるままにお茶会を後にする。今日はみんなせっかちだな。
しばらく歩くと、大きなお城にたどり着いた。ここが最終目的地。お城に入ると、いつもの彼が待っていた。
「アリス。遅い」
「ごめんなさい」
私よりもずっと幼い姿の彼は、しかし尊大な態度を崩さない。彼はその見た目からは想像もつかないほどに私よりも長生きしているらしい。
「アリス、はやく曲を」
「はい」
彼は名前を決して教えてくれない。いずれ分かる、とだけ言っていた。私はそんな彼のためだけにピアノを弾く。この城のピアノは、とても優しい音が出る。弾いていてとても楽しい。彼が聞いてくれるのも嬉しい。褒めてくれるのも嬉しい。ずっとこの夢が覚めなければいいのに。
「…。アリス、今日の曲も最高だった」
「それなら良かったです」
「明日、必ず迎えに行く。待っていろ」
「え?」
「さあ、目覚めの時間だ。アリス。…いや、メロディー」
「…!」
そこで目が覚めた。なんだか今回の夢は変だったな。最後に名前を呼ばれたし。
「…お嬢様!失礼致します!」
離れに長年会っていなかった執事が突然現れてびっくりする。
「えっ、あっ、お久しぶりです」
「お久しぶりです…ではなく、お嬢様に大国コンツェルトの聖王陛下が会いたいとのことで…!」
「え?」
「と、とにかくご準備を!」
「え?は、はい!」
私は粧し込んで聖王陛下の待つ応接間に向かう。
「し、失礼します…!?」
そこにいたのは、いつも不思議な夢で出会う少年だった。
「だから言っただろう?必ず迎えに行くと」
「え…聖王、陛下…?なのですか?」
「ああ、僕こそが聖王シュピールドーゼ・ムズィークだ」
「メロディー!聖王陛下と一体どうやって知り合った!?どんな仲なのだ!?」
父が錯乱して私に詰め寄る。
「えっと…夢の中で…」
「は?」
「二人きりの場で、ピアノを弾いて差し上げました…」
「…!」
父の顔色が悪くなる。コンツェルトの聖王に二人きりの場で音楽を披露することは、つまりは聖女として認められるということ。つまりは父達は、大国コンツェルトの聖女を長年にわたり監禁してきたことになる。
「あ…貴方…」
「お前…」
両親は二人で抱き合って怯える。兄や姉はこの場には居ないが、いたらきっと同じ反応だっただろう。
「…まあ、お前達に罰を下すのは簡単なんだがな」
「!」
「特別に許してやってもいい」
「せ、聖王陛下、ありがとうございます…」
「ありがとうございます…」
「その代わり、メロディーをうちの聖女として寄越せ。あと、僕の婚約者にするからこの書類にサインしろ」
「は、はい!」
未だに顔色が真っ青な両親は即座に頷き、婚約用の書類にサインをした。
「じゃあ、そういうことだからメロディーはもううちの聖女だ。お前達とは縁を切らせるからな。行くぞ、メロディー」
「は、はい、聖王陛下」
聖王陛下は私の手を引いて、馬車に私を乗せて自分も乗り込む。
「シュゼ」
「え?」
「シュゼと呼べ。メロディー」
「…はい、シュゼ様」
「婚約者なんだ、様もいらん」
「はい、シュゼ」
「よし。メロディー、長い間待たせたな。ちょっと国のゴタゴタを片付けてから迎えに行くことにしたんだが、そうしているうちに聖女様が十八歳になるまで手を出すなと爺やに言われてな。仕方なく待つ事にした。本当に悪かったな」
「いえ、そんな…でも、どうして…」
「ん?お前に惚れたのは、幻想世界を散歩していたらお前のピアノが聞こえてきたからだぞ。とても美しい音色だった。愛してるぞ、メロディー」
「…ありがとうございます。…でも、その」
「ん?」
「シュゼって精神年齢的にはすごい年上ですよね?そして見た目年齢的にはすごい年下ですよね?私、どうしたらいいでしょう」
「ああ、国に戻れば力が増すから成人男性になるぞ?大分美丈夫な方だから、お前もすぐに惚れてくれるさ」
「そ、そうですか…」
すごい自信だなぁ。
「さあ、これからはたくさん僕の為に曲を弾いてもらうぞ。楽しみにしているからな」
「は、はい」
「あと、出来ればうちの聖獣達にも聞かせてやってくれ。あいつらもアリス…お前が大好きだからな」
「もしかしてうさぎさん達ですか?」
「そうだ。今から楽しみだな」
「はい!」
落ちこぼれだった私のこれからの人生は、とっても幸せになりそうです!