終「転生と再会の彼岸花」
終
私は目覚めた。私は穴の底に横たわっていた。そんなに深い穴ではない。身を起こしただけではまだ足りなかったが、立ち上がると穴の外に顔が出た。
穴の両脇には掘り返された土が積まれている。掘り返された……私は埋まっていたところを、掘り返されたのだ。
穴から這い上がると、そこは彼岸花畑の中だった。一面に咲き誇っている、妖しい紅色の花。天井から降り注ぐ水滴に濡れ、それはよりいっそう幻想的な輝きを放っていた。
前方に、女性の後ろ姿がある。綺麗な、白を基調とした着物を纏った、髪の長い女性だ。
私は一歩、また一歩と近づいていき、その肩に手を置いた。
女性が振り返る。柔和な笑みを口元に刻んだ、美しい女性だった。右目の下にある泣きぼくろが印象的である。
「お兄ちゃん」
女性は私をそう呼んだ。
「ようやく、また会えたね」
そのひと言で、私はすべてを悟った。
「お兄ちゃん、行こう」
「……ああ、そうしよう」
私と彼女は手を繋いで、歩き始めた。細い洞窟を抜けると、そこは古びた日本家屋の中だった。彼岸邸だ。一歩進むたびに、ギシーッと耳障りな音が鳴る。屋敷の中は私が知るそれとはまったく変わってしまっていた。私が眠っている間に、こんなにも荒れ果てて、朽ち果ててしまったのか……。
外は天変地異かと見紛うばかりの激しい豪雨。頻繁に鳴り響く雷は、私の腹の底まで揺さぶる凄絶なものだ。それらも相まって、彼岸邸はぞっとするほど惨憺たる様相を呈していた。
玄関まで辿り着いたとき、ひときわ眩い稲光と大きな雷鳴とが同時に炸裂した。私は縮み上がってしまったが、しかし女性の方はなんら怖気づく素振りなど見せなかった。彼女に手を引かれ、私もまた歩みを再開する。
玄関の戸が開かれると、私は先程の衝撃の理由を知った。
正門と石垣とを下敷きにして横たわっていた巨大な菩提樹……その中央……以前は正門があったあたりが、さっぱり消え失せていた。雷がそこに落ち、道を開いてくれたのだ。
道…………。
豪雨も雷も、嘘のように止んでいた。分厚い雲が裂けて、そこから覗いた太陽が眺望絶佳に暖かい光を燦々と降り注いでいる。雲の裂け目にふちどられたその陽光がすなわち、道標だった。光に照らされたひと筋の道が、この彼岸邸から山の麓まで真っ直ぐに伸びているのだ。
これならもう、迷うことはない。
落雷によってもたらされた新たな正門を通過した直後、背後からけたたましい崩落の音が聞こえた。ついに彼岸邸が限界を迎えたのだろう。
私達は一度も振り返らなかった。
『彼岸邸の殺人』終。
20歳の夏に書いた小説でした。




