一「御津川紅郎を苛む夢」
一
いつからかまた、俺は行方知れずとなった恋人の夢をよく見るようになっていた。
一度そう意識すると、それはさらに頻繁となっていき、最近ではほとんど毎晩となっていた。
目覚めたときに憶えている情景は決まっている。
しとしと小雨が降る薄闇の中、辺り一面が彼岸花に覆われている。俺はそこに立っていて、正面には咲乃の後ろ姿が見えている。
咲乃……それが四年前に消えてしまった恋人の名前だ。夢の中の彼女は、あの最後の日と同じ白色のワンピースを着ており、雨に濡れたそれは肌に張り付いて華奢な身体を透かしている。ただ雨に打たれるまま、いつまでも立ち尽くしている。
ひどく寒そうだ……。そう思いながら、俺は彼岸花の中を進む。咲乃は振り返らない。俺はやっと彼女の真後ろまで来て、その肩に手を伸ばす。
その瞬間、夢は終わる。視界には自分の部屋の天井と、そこに向けて伸ばした自分の手が映っている。胸が詰まる思いがして、溜息を吐く。切なさに打ちひしがれ、わずかに涙ぐむ。いつもこうだ。
夢の中で俺と咲乃が立っている彼岸花畑……その場所に見覚えがあるかと云えば、どうにも答えられない。知っているような気はする。だがそれは何度も同じ夢を見たせいで昔から知っていたみたいに感じてしまうだけかも知れない。いずれにせよ、どこか思い出深い場所ということはなさそうだ。
では、どうしてその場所をこうも繰り返し夢に見るのか? 分からない。
咲乃がどうして振り返ってくれないのか……その肩に触れることが叶わないのか……というならば、もう二度と会えないと理解しているからだろう。夢の中でくらい……と思わなくもないが、きっと俺の潜在意識に彼女の喪失は深く刻まれていて、夢でもそれが覆ることはないのだ。しかし、知りもしない場所、知りもしない情景を見る道理はさっぱり分からない。
それでも咲乃の夢は毎晩、俺を苛んだ。夢を見ている間だけではない。目を開けていても、彼岸花の狂い咲く中に佇む彼女の後ろ姿が頭から離れなくなった。
咲乃がいなくなったとき、俺がどのくらい嘆き悲しんだか……それはもう、思い出したくもない。だが、四年が経ち、俺は徐々に恢復してきたはずだった。現実を受け止め、どうにか折り合いをつけ、いつまでもそれに囚われていないようにと思い始めていたところだった。
だからなのだろうか。彼女の存在が俺の中から薄れていく……しかし俺の深層心理はそれを許さず、彼女の夢を見させることで抵抗しているのだろうか。
あるいは、咲乃が俺を、許さないのだろうか。彼女が俺を、呼んでいるのだろうか。
そうして俺は四年ぶりに、咲乃と最後の時を過ごした場所にやって来た。山奥に世間から身を隠すかのようにひっそりと存在する小さな村だ。当時、免許を取ったばかりの俺は、車を走らせて彼女とあてのない旅をしていた。長い夏休みで暇を持て余していたのだ。その村は偶然に発見した場所だった。そこで彼女は……。
再び村に訪れると、俺の中にあった疑惑は確信に変わった。
俺は咲乃に呼ばれてやって来たのだ。彼女は夢を通じて俺に呼び掛けていたのだ。
自分を見つけてほしい、と。
……咲乃は行方不明とされているが、それは彼女の死体が発見されず終いだったからである。俺だけでなく、彼女の両親や友人も皆、もう彼女が生きていないとは分かっている。
俺のせいなのだ。咲乃は俺と共に山の中を探索し、そこで俺とはぐれ、遭難してしまった。それきり、彼女を見た者はいない。
彼女の死体は今も山のどこかにある。今も俺を待っている。
俺は彼女を見つけるために、山の中に這入っていった。