6 竜と二人
「ちと他の竜たちと喧嘩してのう。魔力まで奪われて、こちらの世界に逃げてきた。儂の身体を隠せるほど穴が空いておったで、ここで眠っておったのじゃ」
「他の竜たち……」
「ああ、案ずるでない。そやつらはこちらの世界には来ておらぬ」
「は、はあ」
ハインは他の竜と聞いて身構えたり、安堵したりと忙しそうだ。
喧嘩の理由も聞こうとしたら、ラクに目配せされた。今は聞くな、ってことだろうか。
というか、僕自身も不思議なほど、ラクとははじめて会った気がしない。ハインに何度か突っ込まれてるタメ口の件もそうだ。初対面のはずなのに、簡単な合図で意思疎通できてるし。
ヴェイグはどうだろう。さっき威圧で緊張してたから、違うかな。
「話は済んだかの?」
今度はハインと顔を見合わせた。聞くべきことは聞けたかな。ハインも頷いている。
僕らがその場を辞して去ろうとすると、ラクが僕のすぐ横で耳元に囁いた。
「後でな」
振り返ったときには、ラクは僕から数歩離れたところで、にこやかに手を振っていた。
来た道を遡って山から出た。
洞穴を見つけたのが昼過ぎで、今はもう日が暮れている。山の麓で野営することにした。
「予定よりだいぶ早く、ことが済んだな」
ハインは晴れ晴れとした表情で、携帯食料を頬張っている。
「見張りは俺が先にやろう……アルハ?」
「ん? ああ、頼むよ」
後でって、どういうことだろう。一人で考えても仕方ないのに、妙にひっかかってずっと頭の中でループしている。
しかもあの言い方は、「また後でここに来てくれ」ではなく「後で会うだろうからそのときに」だった。
僅かな言動で、こういう細かいニュアンスまで拾えてしまうのも不思議だ。
“どうした?”
ヴェイグにまで心配されてしまった。
「ヴェイグはラクのこと、どう思う?」
“どう、と言われてもな。そうだな、少しアルハに似ている”
「似てる!?」
ラクの人間姿を思い出す。跳ねた赤い髪、神秘的な金色の瞳、白い肌。共通点が見当たらない。
「どこが?」
“見た目の話ではないぞ。雰囲気といえばいいか、纏う空気が近い”
雰囲気、空気……自分ではよくわからない部分だ。やっぱりピンとこない。
“アルハが魔力を渡したからな、そのせいかもしれん”
「魔力って個性出るの?」
“多少は”
それなら納得できる、かな。
帰りは魔物に遭遇すること無くメデュハンの町へ着いた。
町に入る前にフードを被ろうとしたらハインに止められてしまい、速攻で町の人に見つかった。
寄ってくる町の人への対応は、慣れているらしいハインに全て任せて、僕はさっさと冒険者ギルドへ向かった。
結局それから二晩、竜と対話した二人の英雄を称える宴とやらで、あちこちに引っ張り回されたから、あまり意味はなかった。
◆◆◆
“ごめん……”
昨夜、アルハが酒を断りきれず、口をつけてしまった。
昏倒こそしなかったが、また入れ替わりができない状態に陥った。
今は酒を手に入れるために、酒場を目指している。
「アルハが悪いわけではない。ついでにしばらく休んでおけ」
アルハは久しぶりに朝寝をし、起きるなり頭痛を訴えた。
頭痛や吐き気は身体の症状であるから、今身体を使っている俺にも多少は影響がある。
しかし、アルハが感じているほど辛くはない。
身体の悪い症状は、交代時にわずかに回復する。但し、交代を繰り返しても一定以上治らないのは実証済みだ。
無事に酒を手に入れ、宿に戻って飲んだ。
「あー……」
早速、確認のためにアルハと交代する。出てくるなり、辛そうな声を上げた。
“替わるぞ”
「ん、大丈夫。ちょっとやりたいことがあって」
“今でなければ駄目なことか?”
「駄目ってことはないけど、どうせなら今のうちかなって。それで、ヴェイグにまた頼みがある」
ふらふらしながらも、アルハは頼み事を伝えてきた。
“構わんぞ”
俺はアルハが無茶をする気でさえなければ、止めたりはしない。
◆◆◆
[異界の扉]で異界に入る時は、ヴェイグが身体を使うように交代する。でないと、ヴェイグが体調を悪くしてしまう。
ヴェイグの希望で何度か、交代しないで異界に入ってみたこともある。考えつく対策を全部やっても駄目だった。
今回の、僕の感覚がヴェイグに伝わらないよう完全に遮断して、僕が身体を使ったまま異界に入る方法は、試した中で一番マシだったものだ。
ヴェイグの体調が悪くなる前に、話をつけてこよう。
異界に入って、気配を探る。目標はすぐに見つかった。全速力でそこへ向う。
「来たな」
ラクは予想通り、ここにいた。
「手短に頼むよ」
「ふむ。確かヴェイグと言ったな。お主、遠慮をやめれば、つらい思いはせぬぞ」
感覚遮断で、話は聞こえないはずのヴェイグが反応した。
「遠慮って?」
「そのままの意味じゃ。ヴェイグとやら、アルハの身体を慰撫するあまり、全身が縮こまっておるのよ」
遠慮なんて、本当に今更な話だ。それとも……。
「僕を、信じきれてない?」
中で、ヴェイグがざわめいた。胸のあたりを内側からノックされる。これは、交代ってことじゃない。
感覚遮断を解いた。
“アルハのことは信じている。俺自身の問題だ”
解いた途端、苦しそうだ。酷い吐き気と目眩、乗り物酔いのような状態になっているらしい。
“これから、ラクの言う『遠慮』とやらを、やめてみる。それでアルハ……”
そういうことか。
「心配いらない」
ヴェイグは優しい。いつも僕のことを気遣って、自分を抑えすぎる傾向がある。
この身体の共有のことも、ずっとそうだったんだ。僕が気づかないところで、慎重に扱ってくれてた。
本当に、何を今更、だ。
身体の内側から圧が掛かった。交代の感覚とはまた違う、異物感。でも、痛みや苦しさはない。
耐えるほどですらない。
たったこれだけ、ヴェイグは伸びをするのも憚っていたのか。
ほんの少しの時間で、内側からの圧力は消える。
手足の指先が、じんわりと温かい。温度の問題ではなく……ヴェイグが、身体に馴染んだ気がする。
“アルハ、体調に変化はないか”
「平気。もっと早くやってればよかったのに」
“すまなかった。何度も言うが、アルハを信じていなかったわけではない”
「ヴェイグはどう?」
“もう大丈夫だ。こうしていて、目眩も吐き気もしない”
ずっと透明なビニール袋を被せられて過ごしていて、それが普通だと思ってた。
ヴェイグは、空気をたくさん入れたビニール袋の中に入ったような状態だったんだ。
異界なんていう、時間や空間の認識が狂う場所だ。ビニール袋の中でシェイクされれば、そりゃ盛大に酔いもする。
今、ヴェイグがビニール袋の存在に気付き、取り除いた。
僕自身も、視界がクリアになった。呼吸がしやすい。動きが制限されない。
強引に例えるなら、そんな感覚だ。
「試すなら、相手をしようぞ」
話すのは後回しにして、ラクの挑発に乗った。




