3 英雄の出立
メデュハンの町の東には、大きな山がある。麓まで、馬で1日の距離。
大昔は活火山だったその山の、マグマで開いた巨大な穴に、竜が棲んでいるらしい。
「竜はそのうち人里に被害をもたらすに違いない。今のうちに退治してほしい」
VS、
「触らぬ竜に障りなし。そっとしておこう」
というのが、騒いでいたことの発端だった。
なお、前者が町民の皆さんの総意で、後者はギルドの考えだ。
さらに言えば、前者はジビル、後者がハインの意見。
「ん? ハインは倒さないほうがいいと思ってるの?」
「そうだ。かの竜がそこに棲み着いたという噂は十年以上前からある。それからこれまで、何事も起きていない」
「統括はどうして倒したほうが良いと?」
「町の者達の不安を取り除くのがギルドの役目かと」
つまり、ジビルが出したクエストにハインが異議を唱えた。まず此処で意見が食い違う。
それなら、とハインの出した案が、「一人で様子を見に行く」というものだった。ハインが実物を見極めてくると申し出た。
いくら英雄でも、一人で竜を相手にするのは無謀すぎる。
せめてパーティを組んでいってはどうかという統括に、ハインが、他の冒険者は足手まといだと。
「それでそのう……アルハ殿の名前が出まして」
本人不在で巻き込まないでほしいなぁ。
「俺は一人でいいと言っているのに。アルハは、つい先日英雄になったばかりだ。話を聞く限り、まだ実力が伴っていない」
飲み会、じゃなかった、歓待の時の会話が、裏目に出てしまった。
「しかし、相手は竜です。いくら貴方でも、一人で行かせる訳には」
ハインはかなり買われているようだ。
「竜見たい」
二人の会話をちゃんと聞きつつ、何を言おうか悩んでいたら、口から勝手に心の声が出た。
思わず手で口を抑えるが時既に遅し。
二人から「何を言い出すんだこいつ」という目で見られた。
喋ったのはヴェイグだ。僕の口だけ乗っ取って、文字通り口走った。器用なことするなぁ、と感心してしまった。
「何してんのヴェイグ?」
ヴェイグにしか聞こえない声で嗜めると、ヴェイグは素直に“すまん”と謝ってきた。本人も無意識だったのかな。
僕の本心でもあるから、まあいいか。
「すみません。あの、町の人が安心すれば良いのなら、僕が様子を見に行きましょうか。何か起きても、逃げるのは得意ですし」
「それで竜が怒って、町に攻撃し始めたらどうするつもりです」
「その時は、倒します。英雄が二人もいれば、なんとかなるでしょう」
半分勢いで話しているのは自覚してる。もうとにかく、竜がいるなら見たいという一心だ。
「アルハを一人で行かせる訳にはいかない。アルハが行くなら俺も一緒に行く」
あれ? ハインが一人で行く、とは言わなくなったな。
「わかった。出発はいつにする?」
「俺はこれからでも……ん?」
ハインが流れのおかしさに気づく前に、今日中に出発する約束を取り付けることに成功し、一旦解散した。
“さっきは悪かった。どうかしていた”
「いいよ、僕も同じこと思ってたし。それよりさ、前に感情は五感じゃないから遮断できないって話したよね」
“したな”
「元々考え方が似てるところあるから、そのせいだと思ってたんだけどさ。僕ら、感情も共有するときあるよね」
全部じゃない。ただ時折、自分でどうしようもないほど、何かの感情が湧き上がる。
“共有というより、切っ掛けではないか”
「切っ掛け?」
“俺もアルハも、竜を見たいと思った。多分、俺のほうが感情が強かったんだろう。無意識に口を借りるくらいだからな。アルハはそれに引っ張られて、今は俺と同じくらい竜が見たい。どうだ?”
「納得した」
“それで今後、どうする”
「どうにかできることじゃないよね。お互い少し気をつけようか、っていう話だよ」
“そうだな”
感情の話は一旦置いて。山へ行く件だ。
昼を過ぎてから、町の外で合流することになった。
普段、無限倉庫に仕舞い込んでいる野営セットを取り出してバックパックに詰め直した。フルセットを背負うのは久しぶりだ。
準備が終わっても、まだ昼前だった。
町を散策しながら、集合場所までゆっくり向う。いつもの黒っぽい装備の上からフードつきのベージュのマントを羽織ったから、周囲に黒いなんとかだとはバレなかった。
そうやって身を隠しながら指定の場所にたどり着いたというのに。
「アルハ、こっちだ」
僕を大声で呼ぶハインの周囲には、人だかりができていた。
「どうした、アルハ。何故顔を隠す?」
近寄られてそう言われたので、しぶしぶフードを脱いだ。周囲の人だかりから一際大きな歓声が上がる。
多分ハインが、僕と合流することと僕の特徴を話してあったのだろう。
「この状況は何?」
「何って。皆、俺達の見送りに来てくれたんだよ」
「見送り……いや、うん、そっか。待たせてごめん。じゃあ行こうか」
往復4日、竜と何もなければ7日以内に帰還予定の短い旅に、こんな大勢で。
色々突っ込むと行く前から疲れる、というか既に疲れた。
ハインは僕が先を急ごうと促すと、大勢に向かって片手を上げ、声を張り上げた。
「では、行ってくる!」
この人は、たしかに英雄をやってるんだな。
一時間ほど歩いただろうか。ハインの歩みは乗合馬車より速く進んでいる。
この調子なら予定より早く山の麓まで辿り着けそうだ。
見送りの人たちと別れてからここまで、終始無言だったハインが、突然振り返った。
「振り切るつもりだったんだが、意外と着いてくるな」
ハインは思い切り顔を歪めて、僕を睨みつけていた。
「ハイン?」
「この先魔物に遭っても、自分の身は自分で守れよ。俺は助けない」
「うん」
僕が、当然のことでしょ? と言わんばかりの返事をすると、ハインはフン、と鼻を鳴らして前に向き直り、行軍を再開した。
何なんだ。
何で突然、下手な芝居なんか始めるんだ。
“急にどうしたのだ、あやつは”
ヴェイグも困惑している。
お互いの真似をしようとしてことごとく見破られてきた僕らだ。上手くできない演技については、痛いほどわかる。
「悪い人じゃないのは確かだよ」
“そうだな”
多分、僕を危険なことに巻き込んだことを後悔してるんだろう。
ハインの背中が「嫌われてやるから、早く帰れ」と言ってるように見える。
そんな人を、放ってはおけない。




