40 帰る場所
朱雀を消してから、一夜明けた。
亡くなった冒険者は十二人。ジュリアーノの冒険者ギルドでは、単体の魔物から受けた被害のなかでは過去最大だそうだ。
朱雀みたいなのが相手じゃなくても、冒険者は年間に何人も命を落とす。
「分かっていたつもりだったけど、流石に堪えたわ」
オーカは冒険者の弔いが終わると、しばらく冒険者を休業すると宣言した。
鍛え直し、勉強し直すことにしたそうだ。
一方、大怪我で死にかけたエリオス達は、体力が戻り次第、復帰するつもりだ。
「今回は流石に危なかったが、俺にはこれ以外にないからな」
これはエリオスの話だが、ライドとリースも似たようなことを言っていた。
どうやらこっちの世界では、戦えるなら冒険者になるべきである、というのが常識のようだ。
冒険者になるのは簡単で、逆に他の職業で食べていくのは、もともとそういう職業の家に生まれるか、コネがないと難しい。
僕がこっちの世界に来たばかりの頃、酒場でバイトしようと提案して却下されたのはこういう理由だった。飛び込みでバイトになっても、丸一日働いてその日の食事代を稼げるかすら怪しいくらい厳しいとか。
ヴェイグが居てくれなかったら、本気で野垂れ死んでたかもしれない。
朱雀について報告するため、ギルドハウスへ出向いた。
奥の部屋に通されると、知らない人が統括の椅子に座っていた。
ガブリーンの代わりの、一時的な統括さんだそうだ。
随分お年を召してる方だなと思っていたら、僕の考えを見透かしたように「冒険者は10年前に引退しているよ」と自己紹介してくれた。
一通りの話を終えたところで、ずっと側に控えていた受付さんの一人が、統括に何かを手渡した。
「実は話の大筋は、他の者からも聞いていてね。貴方の今の話で、それらが裏付けられた。だから、これを」
手渡されたのは、新しいギルドカード。
ランクは、英雄。って、えええ!?
「いや、さすがに分不相応では……」
「そうだな、最高ランクの伝説でもよいくらいだ」
「そうじゃないです、荷が重いって意味で……」
「しかし、君の功績を考えると、これを与えないわけにはいかないのだよ」
武勲には誉れを正しく与えないと、他の人の士気にも影響するから、と言われて、受け取らざるを得なかった。
統括の部屋から出ると、ギルドハウスのホールに冒険者がたくさんいた。今の時間だとクエスト中の冒険者のほうが多いはずなのに。
「アルハか?」
「黒髪、間違いない」
「英雄だ」
なんで皆もう知ってるの!?
グイグイ話しかけられたり、握手を求められたり、手合わせを申し込まれたり……。
もみくちゃにされかけたから、チートとスキルを全力で駆使してその場から脱出した。
ギルドハウスから出る寸前でフードを被るのを忘れなかったおかげで、町の人には気づかれずに済んだ。
「おかえり、アルハ」
お城の客室に戻ると、オーカが待っていた。
オーカは、いかにも姫、といったドレス姿だ。こっちの方が似合ってるって言うと怒るかな。
ドレスの感想を素直に述べようとして、やめておいた。
オーカが浮かない顔をしている。
「ヴェイグをお願いできる?」
「何だ?」
すぐに交代して、ヴェイグに聞いてもらう。
「ファウと話をしてほしいの」
ファウさんは客室の一つで、椅子に座らされた状態で拘束されていた。
自刃を止めさせるための措置だ。
「馬鹿なことをしようとしたそうだな」
ヴェイグの第一声がこれだ。言い方はきついけど、僕も似たような感想を持った。
「此度の件で、更に大勢亡くなったと聞いて、もう……」
ファウさんが啜り泣く。精神的に参ってしまっているようだ。
「償いとやらは、終わったのか」
「最早こうするしか方法が」
「一番愚かな方法ではないか」
嗚咽を漏らしはじめたファウさんをみて、言い過ぎたか、とヴェイグが一旦言葉を切った。
「ファウやタルダのいたずらの尻拭いは、いつも俺の役回りだったな」
泣き声が、少しだけ静かになった。
「今回も、俺がそれをやることになるのか」
「に、にい、さま……」
ファウさんが顔を上げた。
「ファウがしようとしたのは、そういうことだ」
「……」
しばしの沈黙。それからヴェイグがおもむろに、ファウさんの拘束を解いた。
「あっ」
「もう大丈夫だ」
「はい……。二度と、間違った真似はいたしません」
ファウさんはもう泣き止んでいた。
念の為に、とオーカは見張りを二人呼んで、その場を後にした。
「ありがとう。あの方は、よく働いてくれたから恩赦もできると、言ったのだけど……」
「ファウに限れば逆効果だったな。昔から頑固で、人の手を借りるのが苦手だ。己の罪は己でしか精算できないと思いこんでいる」
呪術は確かに多くの人が犠牲になった。でもその全てがファウさんだけの責任じゃない。
誰が何度そう言っても、本人が納得しないんだろうな。
「まだ追いきれてない呪術師が何人もいるの。ファウにはもっと手伝ってもらうわ」
「そうしてくれると助かる」
オーカの顔から、憂いが消えたように思えた。
さらに三日後、トイサーチに帰ってきた。
転移魔法で家の前に立つと、扉が勢いよく開いてマリノが飛び出してきた。
「おかえり、ベー兄!」
飛びついてきたマリノを、ヴェイグはいつものようにナチュラルに抱き上げる。
家に入れば、メルノがお茶を準備していてくれた。
皆でリビングの椅子に座り、お茶を飲みながら、お互いの近況を話した。
「魔物はまだ強いままですか……」
「これからはもう少し頻繁に帰ってくるから、一緒にクエスト行こう」
「はい……」
なんだかメルノが浮かない顔だ。
「アルハ兄、おねえちゃんは、アルハ兄に強くなったとこを見せたいんだよ」
「マリノっ」
メルノが慌てるが、後の祭りだ。
「守ってもらわなくても、大丈夫と思っていただけるように……」
「強くなるのは悪いことじゃないけど、守るのは僕がやるから」
僕がそう言うと、メルノはなぜか顔を真赤にして下を向いて、小さく「はい」と返事をした。
「そうだ、これを渡したかったんだ」
2人に1つずつ差し出したのは、指輪型の通信石だ。色は白で、オパールみたいにキラキラしている。
手に入れた封石を加工してもらったもので、かなり遠距離でも通話ができる。
「マリノのコマちゃんだと、僕が直接話せないからね。あ、借りっぱなしで大丈夫? って、ヴェイグが」
「平気!」
「なら、このまま借りておくよ」
「あの、これ……その……いいんですか? 高かったのでは……」
「気にしないで。石はドロップで、加工屋さんは伝手で安くしてもらえたから」
「はい……あの」
「ん?」
指輪を嵌めたメルノが、もじもじしている。何か言いたい時のメルノだ。
「たまに、アルハさんの声を聞くためだけに使ってもいいですか?」
「僕もそうするよ」
その晩はヴェイグに、この時の僕の台詞が意味することを、わかっているくせに何度も聞かれた。




