24 助走をつけて
「ぐあっ」
生身の腹に、容赦のない蹴りが入る。
エリオスは鎧を外され、縄で体中を巻かれた状態で地面に転がっていた。
蹴りは何度も執拗に腹を狙い、辺りに血と吐瀉物が撒き散らされる。
「まだ意識あるとか……これだから冒険者は」
重鎧を装備して味方の盾になるような戦い方をするエリオスは、幸か不幸か冒険者の中でも体力が多い。
部屋の隅には同じように攻撃されたライドとリースが、瀕死状態で拘束されたまま放置されている。
「……声すら……」
「あん?」
「アルハは、声すら上げなかった、のに、情けねぇ」
うわ言のように呟く。眼を直接狙った攻撃はなかったが、視力を失いつつある。
「何言ってんだ。幻覚でも見えはじめたか」
また腹につま先が刺さる。
「なあ、気絶させる必要はないんだろう? もうやっちまおうぜ」
なかなか意識を飛ばさないエリオスに、ローブの男たちの一人が焦れた。
「そうだな。始めるか」
エリオスを部屋の中央に蹴り転がし、ライドとリースは乱暴に担がれて、エリオスに重なるように落とされた。
何処にそんな力があるのか、エリオスは他の二人に覆いかぶさろうともがく。二人はそんなエリオスの動きにすら反応しない。
ローブの男が六人、エリオスたちを真ん中に、円を描くように立った。
「では――」
何かを言いかけた男が、前のめりに倒れた。
既に何らかの儀式をするつもりでいた他の五人は、不意の沈黙に閉じていた瞳を開ける。
彼らの中央で、黒髪の男が、治癒魔法を使っていた。
◆◆◆
「ヴェイグ、この後、止めなくていい」
“わかっている”
ヴェイグの魔法で、かなり危ない状態だった三人の傷は全て塞がった。体力を戻せないのが不安だけど、きっと大丈夫だろう。
短剣で拘束を外しておいた。
「いつのまに?」
「貴様、どこから……ッ!?」
全方位に、全力の[威圧]を発動させる。それだけで何人かはへたりこんだ。
立てないぐらいで、放置するつもりはない。
「……う……アルハ……?」
一番危ない状態だったエリオスが意識を取り戻した。三人と、奥にいるオーカは威圧の対象から外してある。
「エリオス蹴ったの、どれ?」
エリオスの腹には靴跡がいくつも付いている。ちゃんと見れば靴のサイズから誰かを推測できるんだろうけど、今の僕にそんな繊細な調べ物、できるわけがない。
「ローブ……全員ローブか。確か金髪だったな」
「あぐっ!?」
金髪のやつの腹に一撃、蹴りを入れる。そいつは口から血を吐いて意識を失ってしまった。
「あとは? ライドとリースに怪我をさせたのは?」
「顔など覚えていない」
「そっか。じゃあいいや」
いいや、っていうのは許すって意味じゃない。
ローブの人たちに一撃ずつ食らわせたらあっさり気を失ってしまった。
「三人に加えたのと同じ数だけ殴るつもりだったのに」
「いや、これ生きてるか? 生きてるのか……むしろ死んでないのが不思議なんだが……」
ライドとリースも気がついて、起き上がっている。ツッコミを入れたのはライドだ。
確かに殴る度に鈍くて危ない音がしてた。手加減したし急所は外してるから大丈夫だと思う。
「ねえ、オーカはどこ?」
リースが不安げに辺りを見回す。
「オーカは無事だよ。この奥にいる」
それを聞くや、エリオスが立ち上がって駆け出した。
「エリオス、体力は回復してないから!」
さっきまで瀕死だったのに、全力疾走できるなんて凄い。
エリオスを追いかける形で僕らも後に続いた。
「オーカ!」
エリオスがオーカを見つけて駆け寄っていた。
「ごめん、縛られてたのか」
オーカの周りに人がいなくて、無事ということは分かっていたから安堵していた。
気配だけじゃ、細かい状態は掴めない。今後は気をつけよう。
「どうしてアルハがここに?」
エリオスが縄を解いている間に、ヴェイグに治癒魔法を使ってもらう。
「セネルさんが、連絡がつかないって教えてくれたんだ。それで探した」
「一体どうやって……いえ、それより、ありがとう」
立ち上がったオーカが頭を下げたまま、なかなか顔を上げてくれない。
「う、うう……」
「オーカ?」
まだどこか痛むのかと、右手をヴェイグに渡そうとした時。
「うわあああ……」
オーカは顔を覆って泣き出してしまった。
「オーカ!?」
突然のことに狼狽えてしまった。オーカの肩に手をかけると、やっと顔が上がった。
と思ったら、胸元にしがみつかれてしまった。わああ!?
「えっと、あの?」
助けて、と三人の方を向く。
リースが、ハグのジェスチャーをしてきた。やっぱそうするべきですか?
恐る恐る、肩と背中に手を回す。オーカは女性にしては背が高く、冒険者をやってるから体つきもしっかりしている。
それでも、細いと言われる僕より更に細い。こんなに華奢だったのか。
背中を片手でぽんぽんと叩いたりさすったりつづけること暫し。オーカがそっと僕から離れた。
「ごめん、取り乱した」
まだ鼻も目も真っ赤だけど、泣き止んでくれたようだ。
「一体どうしたの?」
「自分が不甲斐なくて。皆が危ない目に遭っているというのに、こんな拘束されただけで、何も出来なかった」
「それは俺たちも同じことだ。オーカに責はない」
エリオスがフォローを入れる。
「……ありがとう。後は、アルハの顔を見て安心してしまって……」
また顔を赤くして俯いてしまった。
「そうだ、アルハはどうやってここに来たんだ? 俺たち、ここが何処かもわからないんだ」
ライドの言葉に、僕も驚いた。
詳しい話をしようとした時だった。
壁の向こうに、突然魔物の気配が現れた。
強さが、難易度Sでも足りない。
「アルハ?」
「魔物がいる。その、倒れてる連中を頼める?」
この件の重要参考人だ。連れて行って、何をしていたか聞かないと。
「任せろ」
エリオスが胸を叩く。一人で全員担ぐ勢いだ。無茶はしないで欲しい。
「オーカ、これ」
村で拾った通信石を放り投げる。オーカはそれを片手で受け取り、手の中を確認して頷いた。
全員がこの洞窟から出たのを気配で確認して、魔物の元へ向った。
洞窟の更に奥の地面に、見覚えのある魔法陣が十倍ぐらいのサイズで描いてあった。
部屋自体も、どうやってくり抜いたのか、気が遠くなるほど広い。
「魔法陣が大きいほど、喚べる魔物も大きくなるの?」
“そうだな。だが、やはりこの程度の魔法陣で喚べるような魔物ではないが”
魔法陣の中心で、明らかに怒りと威嚇を発している魔物は、獅子と山羊と蛇と鷲……色んな動物が合わさっている。
“複数の動物が合成された魔物は色々いるが、これはその中でも別格の、キマイラだな”
金色の瞳が、こちらを睨みつけた。




