8 魔女と世界の不思議
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魔物を殺すことか、尋常ならざる力を揮うことか。
恐怖の正体と、それを恐れる理由を問いただそうとしたときだった。
「たーすけてぇー」
間の抜けた声がした。
アルハはそれを聞いて、すぐに動いた。
「おかしいな、ついさっきまで人の気配はなかったのに」
走りながら、そう呟く。
“人ではないのか”
「いや、人」
声の下へ辿り着くと、四方から延びた蔓に絡め取られた、魔法使い風の女がいた。
近くでは蔓の発生源である食人樹が5体、女を狙っている。
が、アルハは状況を視界に入れるなり、蔓を全て切り裂き、女を片腕にかかえて食人樹から離れた。
「わっ、わっ」
「喋ると舌噛むよっ」
数回跳ねて食人樹から距離を取る。そこに女を置いて、食人樹へ向き直った。
“……?”
あの程度の魔物、いつもなら通り過ぎた時点で両断している。
食人樹が徐々に迫ってくるが、アルハは身構えたまま、攻撃しようとしない。
“アルハ……”
「全力」
一言呟くと、何の前触れもなく全ての食人樹が両断された。
「ひゃぁー!?」
女の間の抜けた声が少々鬱陶しい。
“どうやったのだ”
アルハは指先一つ動かさず、しかし明らかに何らかの攻撃を加えた。
「食人樹の真上に、刀を創って落とした。これを、森全体の魔物全部にやれる」
“全部、同時にか”
「うん」
“やってしまえばいいではないか”
「魔物相手にできることは、人が相手でもできるんだよ」
そうか、アルハは。
「助かりましたぁ。もしかして、転生者の方です?」
暢気な声に振り向く。
「貴女は?」
「魔女をやってる、カリンと申しますー。」
場違いなほど仰々しい会釈は、見様見真似といった風だ。
「ここじゃ何ですんで、こちらへー」
「あの、何処へ?」
「私のおうちー」
◆◆◆
「なんで、なると……?」
“随分趣味の悪い……”
魔女の家は、子供が……いや、子供のフリをした不器用な大人が工作で作り出したような家だった。
コンセプトは間違いなく、有名な童話に出てくる『お菓子の家』。
茶色いブラウニーを乱雑に切って積み上げた土台に、色使いにセンスを感じない沢山のマカロンを屋根にしている。
窓にはドーナツが窓枠として嵌っている。ガラスの代わりにしてあるのは……
「ねえ。どうして窓ガラスになるとなの? 飴細工じゃダメだった?」
「なるとって可愛くない?」
「いや色味は確かに……ていうか、なるとはお菓子じゃなくて練り物でしょう? ぐるぐるならロリポップキャンディでもいいじゃん」
「君ちょっと拘り強いねぇ」
「そういう問題じゃない……ってか、家の話をしてる場合でもない!」
人生で初めて見るリアルお菓子の家があんまり個性的だったから、つい……。
「ま、入って入って。中はちゃんとしてるから」
「う、うん……」
どうもカリンのペースに乗せられている気がする。
案内された部屋は床の間付きの和室。ちゃんと畳も敷いてある。畳ってこっちの世界にもあったのか。
“初めて見る床材だな。アルハは知っているか?”
「こっちに無いものなんだ……」
ヴェイグに畳の解説をしつつ、カリンに招かれるままちゃぶ台の前の座布団に胡座をかく。
目の前に出された茶器に入っているのは、抹茶だ。お茶請けの羊羹には黒文字まで添えてある。
部屋を改めてぐるりと見渡せば、部屋の仕切りは障子と襖。床の間の掛け軸には瓢箪の絵。カリンはいつの間にか着物に着替えていた。
……異世界、息してる?
「んふっふ。転生者に和のオモテナシをして、『まさか異世界でコレが食べられるなんてー!』みたいなリアクション貰うのが夢だっ……食べるの早ぁ!? もっと味わってよぉー!」
「ご馳走様」
羊羹を一口で食べて、抹茶は一気飲みした。行儀悪いし風情もないけど、流されたら負けな気がしたんだ。
“……変わった味の茶だな”
味覚共有してたのか。抹茶初心者に一気はキツかっただろう……ごめん。
「さて改めて。名前、教えて?」
ちゃぶ台の向かいに座ったカリンに、そう尋ねられた。
「アルハです」
「どんな字書くの?」
「えっと……ああ、そういうことか」
ちゃぶ台にはメモ用紙とボールペンが用意されている。
漢字で「日暮川 有葉」と書いた。自分の名前なのに、ひどく懐かしい。
「ん? 日暮川って、都心にいっぱいビル持ってるところ?」
「……その話はまた別の機会に」
「ふぅん。で、もうひとりのお名前は?」
「え?」
この場にいるもう一人といえば……。
“アルハ。どういうわけか、俺が視られている”
「そ。視えてる。さっきから声も聞こえてる」
「なんで……」
“ヴェイグ・ディフ・ディセルブ、という”
ヴェイグのフルネームって初めて聞いた。
「なるほど、王子様コンビねー」
僕は家がちょっとでかかっただけで……守りきれなかったし。
「カリンも転生者なんだよね?」
「ううん、私は生粋のこっちの人間ー。ただちょっと他の人と違うのー」
そう言ってカリンは立ち上がった。
「魔法が使えるのー」
カリンが両手を広げてくるりと一回転すると、部屋の内装が変化していく。
畳は毛足の長いカーペットになり、座布団はうさぎの形のクッションへ。
床の間があった場所には白いタンスが置かれ、その上を巨大なパンダのぬいぐるみが陣取る。
ちゃぶ台は四角いローテーブルに取って代わり、テーブルの上には苺のショートケーキとコーヒーの入ったカップが現れた。
“魔法だと? これが?”
ヴェイグが怪訝そうに呟く。
「魔法って、本当はこういうのなんだよー」
カリンは腰に手を当て胸を張り、自信満々に言い放った。
「戦う力じゃないってこと?」
以前、少し考えたことだ。魔法もスキルも、魔物と戦うための力に特化しすぎている。
火魔法なんて上手に使えば生活に使えそうなのに、メルノもヴェイグも、そういう考えにすら至らなかった。
「鶏が先か卵が先か、って答え出たとかでないとか?」
部屋の内装を完全に変えて、カリンは再び座った。
「こっちの世界のはね、答えが出てないの。魔物が先か、攻撃魔法が先か」
“それは……”
「はい、この後は二人でちょっと話し合ってねー」
カリンが胸の前でパン、と手を打つと、カリンの姿は消えていた。
気配を探っても、どこにも居なかった。
“何者なのだ、あの女は”
「わかんない。日本に詳しいみたいだけど……転生者じゃないって言うし」
転生してくる人が日本人ばかりってのも偏った話だしなぁ。
家の中、というか部屋の中は白くてチカチカして落ち着かなかったので、外に出た。
陽は沈みきって、森の中ということもあり辺りは暗闇に近い。
「よっ」
手近なところに背の高い木があったので、登ってみた。天辺近くまで行くと、森を見下ろせた。
“見晴らしがいいな”
「うん」
“何から話そうか”
僕は黙って、ヴェイグが話し始めてくれるのを待った。




