22 ヘラルド君
扉の向こうにチラッと見えるティートローリーには、ポットやカップなんかが載っているようだ。
「あの、お飲み物をお持ちしました。……よろしければ、いかかですか?」
「お願いします」
部屋には丸テーブルと椅子が2脚ある。そこへ座ると、ヘラルド君は手際よく飲み物の準備をしてくれた。ちなみにさっきの晩餐で、お酒が苦手なことは伝えてある。
用意されたのは紅茶だ。葉っぱのことはよくわからないけど、いい香りがする。
「ありがとう」
「いえ……」
ヘラルド君は立ったまま、なにか言いたそうにこちらを見ている。
「何か話があるんでしょ? 座ったら?」
紅茶に口をつけてから、ヘラルド君に言った。
何かにつけて鈍いと言われる僕でも流石に解る。
「う、えっと……」
ヘラルド君は座らず、視線を足元に落として黙り込んでしまった。
こちらも暫く黙って待ってみたら、ヘラルド君は決心がついたように顔を上げ、僕を見た。
「僕、アルハ様みたいに強くなりたいんです」
「え?」
“ふはっ”
ヴェイグが吹き出した。いや、何で笑うの。
それにしても、返答に困る。
フィオナさん達を襲った賊を蹴散らしたからそう見えるんだろうか。
僕がそこそこ戦えるのは、異世界転生してきて『スキル:全』っていうチートがあるからで。それがなければ僕なんて一般人以下だ。
かといって、強くないと否定するのも違う気がする。
どう説明したものか……。
「あの……それで、お願いがあるんです。剣を教えてもらえないかと……せめて一度、手合わせして頂けませんか」
「そういうことかー」
強さの説明はしなくていいのか。
「恩人であるアルハ様にこんなことお願いするのは筋違いですが……」
「いいよ」
「そこをなんとか……え、いいんですか?」
「ここでお世話になる間、多分暇だし。でも僕、剣の試合とかそういうの、やったことないんだ。それでいいなら」
「ありがとうございます!」
ヘラルド君は何度もお礼を言い、結局最後まで座らずに部屋を退出していった。
お茶セットは僕がお願いして置いといてもらった。この紅茶美味しい。
自分でお替りしながら、短剣の手入れを再開した。
“アルハよ”
「何?」
“さっきはすまん。アルハがあまりに無自覚なのでな”
「……あー。ヘラルド君を笑ったんじゃないのか」
“ヘラルドを笑ったりはしない。アルハを見れば、男ならそうなる”
「なにそれ」
カップを置いて、ヴェイグの話を聞くことにする。実はちょっと腹を立ててたんだ。ヘラルド君は真剣だったのに、それを笑ったのかと思って。僕の勘違いだったようだ。
“アルハは自分の強さに無自覚すぎる。武器を持った人間を複数相手にするなど、冒険者でもなかなかできない”
「あの人たちが弱かったんじゃないの?」
“そういうところだ……。今日の連中は皆、冒険者か傭兵のはずだ。ヘラルドが凄いのは、それを3人相手に一歩も引かなかったところだな。しかしアルハは更に凄かった。全員を瞬時に倒してしまったからな”
「不意を突いたのもあるし……」
“フィオナのところにいた連中など、全員アルハに気づいていたではないか”
「むぅ」
“まあ、アルハはそれでいいのかもしれんな。驕りがないのは美徳だ”
「一応、自分が強いのはちゃんと分かってるよ。ただ、他人の目にどう映るかはよく分かってない」
“端的に言えば、カッコイイ、だな”
「はあ!?」
“俺も使う顔だ。しっかり磨いておいてくれ”
「……何言ってんだよ、まったく」
前の世界で、女の子にカッコイイって言われたことはある。でもそれは、高校入ってから急に伸びた身長補正だと思う。
でも男に、しかもヴェイグに言われるのは、かなり照れくさい。
「さっきはごめん」
“何の話だ?”
「ヴェイグが笑ったの、ヘラルド君のことかと誤解してて」
“そんなことか。気にするな”
ヴェイグも相当男前だよ。
翌日。朝食の後、フィオナさんにお願いして、庭の一角を借りた。庭もめちゃくちゃ広い。
そこに僕とヘラルド君、そして日傘を差したフィオナさんもいる。フィオナさんは見学したいと言ってついてきた。
僕とヘラルド君は木剣を握っている。勿論借り物だ。
「じゃあ、いつでもどうぞ」
「お願いしますっ!」
ヘラルド君は僕に向かって剣を構える。僕はというと……正直、構えとかわからないから、いつものように剣を握って突っ立ったままだ。
手合わせなんてやったことがない。ヴェイグに聞いたら、僕は教える立場になるので“ヘラルドが仕掛けるのを待て”とのことだった。
言われたとおり、そのまま動かずにいた。
しかし、それから1分ぐらい、ヘラルド君は動かなかった。
それなのに汗びっしょりになってる。今日はよく晴れてるけど、長袖を着ていても暑くはない。
「どうしたの?」
具合でも悪いのかと聞いてみるが、ヘラルド君はますます体をこわばらせた。
“アルハに隙がなさ過ぎる。ヘラルドが気の毒になってきた”
ヴェイグが心底同情する、といった調子で言ってきた。
「隙といわれても」
“アルハは今、どこから斬りかかられても対応できるだろう? どこか一箇所、対応出来ない部分を作れ。今の姿勢を少し崩せばいい”
「なるほど」
右足を少し引いて、体のバランスを崩してみた。
「っ! たあーっ!」
途端にヘラルド君が気合とともにかかってきた。剣で受け流すと、ぱっと距離を取られた。
隙を作れば、すぐに反応して斬りかかってくる。タイミングも攻撃するべき箇所も、素早く見極めてくる。
動きは無駄がないし、剣筋も悪くない、と思う。少なくとも、僕が今まで見てきた冒険者と比べても遜色無いほどだ。
あの時、相手が1人だったら圧勝していただろう。
30分くらい打ち合ったところで一旦止めた。
「十分強いと思うんだけど」
「ぜん、ぜんです……アルハ、様は、息……上がってない……」
確かに、ヘラルド君は荒く呼吸をしてて、相手をした僕は平気だ。
それからは休憩をはさみつつ、手合わせを続けた。ヘラルド君には疲れも蓄積しているはずなのに、動きがどんどん鋭くなる。剣の手ほどきなんて受けたことないから、むしろ僕のほうが勉強になった。
昼が近くなった頃、屋敷の方からディーナさんが近づいてきた。フィオナさんは何か耳打ちされると、顔を上げた。
「ヘラルド、そこまで」
フィオナさんとヘラルド君は、用事ができてしまったそうだ。
「ありがとうございました!」
ヘラルド君は一礼し、フィオナさんは「また晩餐の時に」と言い残して屋敷を後にした。




