19 出発~異世界マジ治安悪い~
出発の日。昨夜遅くまでスキルについて考えていたら、夜が明けかけていた。ヴェイグに言われて慌てて寝たけど、寝不足だ。自業自得だから、今日の出発を先延ばしするようなことはしない。
マリノには、今日から僕らが暫く居ないことを話してある。正直、ぐずられるのを覚悟していたら、マリノは意外とあっさり「わかった」と納得してくれた。それはそれで少々寂しい。
今朝の朝食は豪華で、僕の好きなものばかり食卓に乗っていた。昔読んでた異世界ものの中には、味覚が合わなくて困る主人公とか、普通の日本食で無双する主人公とかいたっけ。幸い、この世界のごはんは僕の口に合ってて美味しい。米は採れる地方が限られているそうであまり見ないけど、元々パン党だから気にならない。
メニューはバターで焼いたプレーンオムレツに、デミグラスのようなソースが掛かった肉のロースト、スープとパン。トマトに似た野菜と青菜のサラダも付いてた。朝にしては重めだ。でも残さず平らげた。
「ヴェイグも食べる?」
“俺は大丈夫だ。暫くこの料理はお預けとなる、よく味わっておけ”
中にいる間、お腹はすかない。意識すれば味覚の共有はできるけど、ヴェイグはあまりそうしない。最初こそ自分の意志で動かない身体にもどかしさを感じていたみたいだけど、今は“食事や生理現象から解放されて快適だ”とまで言っている。慣れすぎだよ……ヴェイグは大物だと思う。
あと、ヴェイグはやたらと僕に“もっと食べろ”と言ってくる。体格のことを心配してくれてるようだ。
戦うようになってから、筋肉は若干付いた。でも、あの時視たヴェイグみたいな体格になれと言われても、多分無理だ。骨格からして違う気がするんだ。これ言うと何故か女性にすごく怒られるんだけど、食べても太らない体質なんです。
そういえば、料理とか、所謂生産スキルって無いな。
日本では自炊していたから、そこそこは作れる。こっちに来てからも、メルノの手伝いで台所に立つときもある。ただ、スキルには料理っていうものが存在しない。
よく考えたら、魔道具で火を熾すことはあっても、メルノが火魔法を使って料理するのを見たことがない。
スキルも昨夜解放した[自空間]はともかく、他に生活に使えそうなスキルってあんまりない。
この世界では、魔法やスキルは戦うためにしか存在しないんだろうか。
“アルハ、考え事か?”
ヴェイグの声で我に返った。考え事を始めると没入しちゃうの良くないな。
「ヴェイグって料理できる?」
“……生で食えないなら火を通す、程度だ”
「そ、そっか」
この先の料理担当は僕だな。
ティターンのドロップとか、重くて嵩張るものは例の無限倉庫に入れて、野営セットや他のものは背負い鞄に詰めた。僕に何かあってもヴェイグが旅を続けられるようにね。
鞄を背負い、いつもの装備に買ったばかりのマントを身につけて、家を出る。
メルノ達とはここで一旦お別れだ。すぐ帰ってくるつもりだから、あんまり名残惜しんでも仕方ない。メルノもマリノも、笑顔で見送ってくれた。
町の東門から出ようとしたら、受付さん改めレイセさんに呼び止められた。
「本日旅立たれると聞いて、取り急ぎ参上しました。これをお渡ししようと思いまして」
「ギルドカード? えっ!?」
僕の名前が入った新しいギルドカードには、指導者と書かれていた。
「なんで?」
熟練者をすっ飛ばしている。そもそも、ランクアップ条件のクエストを達成していない。
「先日のティターンの件で、ギルド連合の上層部で話し合いがありました。それにより、ティターン1体の難易度はS、アルハさんはそれを10体討伐するのに多大な貢献をしたと見做され、指導者へのランクアップ条件の難易度Aの百回達成に匹敵する、と結論が出たのです」
「そうだったんですか……」
目をキラキラさせて説明してくれたレイセさんには申し訳ないけど、いまいちピンとこない。
“よかったな。このランクならば、カードの提示だけでどこでも通れるぞ”
それは助かる。ヴェイグの解説が一番よく分かった。
「ありがとうございます。わざわざすみません」
「いえ、こちらも指導者のギルドカードの発行に慣れておらず、ギリギリのお渡しになってしまいました。旅の無事をお祈りします」
レイセさんの丁寧なお辞儀に見送られて、町を出た。
町から30分程歩いて振り返ると、門はもう見えなくなっていた。
ここからなら、いいかな。
ヴェイグもソワソワしてるし。
立ち止まって、屈伸、伸脚、足首をほぐして、ついでに肩や首を回す。
準備運動ができたので、早速走り始めた。ステータスが上がったせいか、以前より速い。
“いいぞ、アルハ”
ヴェイグもご満悦だ。
前は、速度のある乗り物に乗ってる気分で流れる景色を堪能してるのかと思いこんでた。どうやら僕が風を切る感覚も共有してる。 つまり、乗り物の中でもジェットコースターに近いんじゃないかな。
ってことは、回転したり捻ったりしたほうがより楽しいかもしれない。
街道上をそのまま走っていると他の旅人にぶつかるかもしれないので、少し脇を進んでいる。気配察知は常時発動しているし、スキル[千里眼]と[順風耳]でかなり先までざっくりとだけど状況が解る。
人や魔物の気配がないことを確認してから、道端の木や岩を使って、アクロバット的なことを混ぜながら走ってみた。
スキルのお陰で、格闘ゲームのキャラみたいな動きも、思い通りにできる。
「こういうの、どうかな?」
“最高だ”
最高頂きました。
そうして1時間くらい走ったところで、不穏な空気を感じた。
「何かあるね」
“む……止まるのか?”
ヴェイグが残念そうだけど、仕方ない。
「馬車が襲われてる。襲ってるのも人だ」
ほんと異世界治安悪い。
見て見ぬ振りは出来ないので、200メートルほど手前で減速して、静かに近づいた。
馬車は凝った装飾のついた箱馬車だ。その横で、執事服を着た10代半ばくらいの少年が、大人の男3人を相手に立ち回っている。
後ろにはメイド服を着た女性が倒れてる。死んではいないみたいだ。
少年も大人たちも長剣で、大人たちは殺気立つ少年を嘲笑うように剣を繰り出している。
あの調子なら、こっちはまだ暫く大丈夫そうだな。
少し離れた場所にも複数人の気配があって、そっちはより良くない空気だ。
先にそっちへ向かった。
「んんー! んー!!」
「もう諦めろって、蹴るな! おい、足も縛っちまえ」
「うわ」
思わず声が出た。4人の男はこっちに気づいてしまった。
目の前に広がっている光景は……アレだ。R18じゃないので詳細な描写は割愛します。詳細に描写してもまだR18ではないんだけど。その。
一人の女性を、4人の男性が囲んで、女性は縛られてて。
……メルノも前にああいう目に遭うところだったんだよなぁ。
そう考えてしまうと、腹の奥で何かがぐるぐると渦巻き出した。




