33 劇薬
竜の巫女姫とは、常には見えないものを視ることができる能力を持った竜の総称だ。
数百年に一竜、巫女姫の名の通り、雌竜に限りこの力を授かる。
イオは次元のつなぎ目を視ることはできたが、竜族全体の危機を察知することは、できていなかった。
ラクにあったその能力を、イオが引き継いだことになる。
青龍と竜たちの戦いは、一晩で決着した。
竜たちの圧勝である。
イオが指揮を執り、かつてアルハについた緑竜たちがよく戦った。
「やるではないか」
戦い終えた竜たちをラクが労うと、イオは顔を綻ばせた。
「ありがとうございます」
詳しい話を聞かせてほしいと申し出たのはハインだ。
無理もない。
突如現れた竜の集団が、別の竜を相手に人の真上で戦いを始めたのだから。
「誰かが、四魔神全てを倒したのでしょう」
「誰か、ってアルハ以外にいるのか?」
「いません」
イオがきっぱりと言うと、ラクがくふっ、と吹き出し、すぐに真面目な顔を作った。
「四魔神が実在したのにも驚いたが、倒したのなら、世は平安になるんじゃなかったのか」
四魔神は歴史上幾度も現れ、その度に災厄を起こし、人の勇者や他の存在に倒されてきた強大な魔物である。
全て倒して尚、四魔神の残滓などというものが現れる話は聞いたことがなかった。
「おそらく、アルハ様はこのときのために遣わされたのです」
「遣わされた? アルハが別の世界から来たみたいなこと……そうだった。あいつ、別の世界から来たんだったか」
本人が忘れかけていることを、他人が覚えておくことは難しい。
「別の世界の者に頼らねばならぬほどの相手が、この後現れるということか」
「そうです」
イオの物言いは、確信に満ちていた。
「平穏な人生を歩む者だとは思うておらなんだが……」
「どうしてアルハと、ヴェイグなんだろうな」
「わかりません。ですが、アルハ様は、こちらと縁が深いようです」
「縁?」
「アルハ様の血縁の方が、こちらの世界に来ていました」
「その者の名や生涯は」
「そこまでは、視えませんでした。すみません」
勢い込んで聞いたハインだったが、イオが申し訳無さそうに顔を伏せると、慌てて顔の前で両手を振った。
「謝ることはないんだ。その、竜の巫女にどれだけ物事がみえるのか、把握できてなくて」
「巫女自身にも解らぬのじゃ。霊視など、当てにならぬ」
ラクも巫女だったことを、ハインは今しがた知ったばかりだ。本人の口ぶりからすると、かなり疎ましいことだったようだ。
「では、青龍はまた現れるのか?」
「それも、わかりません」
再び顔を伏せそうになるイオを留まらせたのは、ラクの声だった。
「幾度でも迎え討とう。そのためには、竜をいくらかこちらに残してくれぬか」
それからハインは忙しくなった。
メデュハン近郊の荒野に複数の竜が逗留することを伝えれば、冒険者ギルドも大騒ぎになった。
しかし、竜を本気で恐れるものは少なかった。
今までラクが人に混じって冒険者として活躍してきた成果である。
それに、竜たちがいなければ、町は青龍のひと息で滅んでいたかもしれない。
竜に感謝こそすれ、排除や討伐を考える冒険者はいない。
ラクの口添えと、何かあったらハインが責任を取ると請け負ったこと、そしてアルハの存在を持ち出してようやく、冒険者ギルドの重役たちの首を縦に振らせることができた。
「お手数をおかけします」
イオが頭を下げる。
「とんでもない。町を守ってもらったのはこちらだ。いくら礼をしても足りない」
今度はハインが頭を下げる。
お互いに頭を下げたまま動かない二人を見て、ラクがカカカと笑い声を上げる。
「そのくらいにしておけ、首と腰を痛めるぞ」
今後メデュハンは、世界でも類を見ない『竜と共存する町』として栄えるのだが、それはまた別の話となる。
▼▼▼
コイク大陸のあちこちで、害獣の被害が増えだした。
見た目は石か岩に見紛うようなもので、大人の手のひら二つ分の大きさしかない。
ただし、見てくれに違わず岩のように硬く、凶暴だ。
害獣どもは人を見れば噛みつき、作物を見れば食い荒らす。
死人は出ていないが、被害者は多く、時間の問題とされている。
討伐隊改め冒険者たちは、このひと月ほど、魔物よりもこの謎の害獣を相手にすることが多くなっていた。
「そら、また捕まえてきたぞ。どんな塩梅だ」
「助かるよ。即効性は諦めたほうがいいかもしれない」
城下町ティファニアからはるか南、名も無き小さな村の小さな家の一室には、件の害獣が入った金属製の檻がいくつも置かれていた。
新たな害獣を生け捕りにしてきたのは、討伐隊から冒険者へ転身したマサンで、害獣を受け取ったのは親友のセイムである。
部屋の中は檻の他に、大きな机が一つ。その上には、試験管やフラスコ等の実験器具や、植物や薬瓶が所狭しと置かれていた。
セイムは魔物を薬や毒物で退治する研究をしている。
魔物は毒物で死んだりはしないが、動きを止める程度はできる。
武器の苦手なセイムが、力の弱いものでも魔物から身を守る術を得られないかと、日々研究しているのだ。
今は魔物の研究を後回しにして、害獣退治用の薬を開発している。
「量産は?」
「そこは問題ない。城下町の冒険者ギルドが手を尽くしてくれてる」
セイムは手袋をした手で紫色の液体が入った試験管を振る。
「よし。早速試そうか」
立ち上がり、害獣のそばの犬の餌入れのような容器に入った肉片に、試験管の中身を垂らした。肉片に変化は見られない。
「色とか付けてくれよ」
「犬用餌入れに入った肉を食べたがる人間がいるとは信じたくないけど、考えとく」
餌入れを振って肉片を檻の一つに放り投げると、檻の中の害獣がガタガタと音を立てて肉片を貪りはじめた。
「結果は一時間後かな」
セイムとマサンは連れ立って部屋を出た。
害獣の正体は、アルハが最終的に倒したものより更に小さくなり、弱体化した玄武である。
皆それを知っていたが、あえて玄武と呼ぶのを避けている。
四魔神に数えられ、ある意味では神と崇められたものが、これほど矮小な害獣と化していることに、納得できないのである。




