9 更に越える
◆◆◆
アルハは胸のあたりを掴むように抑え、倒れ込み、呻いている。意識はないようだ。呼びかけにも応えない。
「ウーハン、ここよりは人界のほうが良いだろう。出してくれ」
「で、でも、ヴェイグ様とアルハ様の魂は繋がってます。ここを出たら、ヴェイグ様はその体に戻ることに……」
「だったら何だ。アルハをこのままにしておけるか」
「だめです! ヴェイグ様にまでなにかあったら」
「しかし……!」
「大丈夫ですっ! トーシェは、悪い子じゃないんです。しばらく様子を見ましょう」
「……」
苦しむアルハを目の当たりにして、耐えろというのか。
俺には何も、してやれなかった。
◇◇◇
「またお前か」
目の前に、金眼の僕が浮いている。
僕はというと、情けなくも地べたに蹲っている。
心臓が痛くて、動けない。
さっきの言葉も、ようやく絞り出しただけだ。
「説明も聞かずに精霊を取り込むからだ。しかも、五百年ものだぞ。前代未聞だ」
金眼が喋った。普通に声を出している。
「だったら何だ」
気力だけで、身体を起こす。立ち上がりたいのに、足腰がうまく動かない。
金眼はため息をついて、僕に手をかざした。
途端に、痛みが消えた。
「無茶をするな。しばらく、ぼくが管理しといてやる。前みたいに、少しずつ慣れていけ」
「管理? 僕は一体どうなったんだ?」
「説明は相方に聞いとけ。ぼくにできるのは、ここまでだ」
額に伸ばされた人差し指を振り払った。
「え?」
「……けんな」
「無茶するなってば」
「ふざけんな。何が管理する、だ。これは僕の身体で、トーシェが融合したのも僕だ」
両足を踏ん張って、立ち上がる。管理と言われて封じられた力を、無理矢理取り戻した。
再び心臓が跳ね上がる。鼓動が激しすぎて、痛い。
竜の力の時に似ているようで、少し違う。
トーシェの力が、竜の力やチートやスキルの力、つまり僕の力の全てを、倍以上に膨れ上がらせている。
「僕なら余裕があるって言ってたんだ。このぐらい……!」
心臓が破裂したかと思った。本当に破裂したら、流石に死ぬ。
目の前が真っ白になっても、僕は意識を手放さなかった。
痛覚以外の五感が殆ど機能しなくなり、身体中が悲鳴を上げる。ひたすら、本当に自分のものにするために、力の奔流をねじ伏せて押し留めた。
全身に、今までの比じゃないくらい放電現象が起きている。
「言い出したら聞かないな」
金眼が呆れたような声を出している気がする。
「見届けるから、やってみろ」
手の甲や肘や膝、皮膚の薄い部分から血が滲む。スキルがうまく働かず、裂けた皮膚がなかなか癒えない。
全部我慢して、封じ込めて、力を馴染ませることだけ考える。
どのくらいそうしていたんだろうか。だいぶ経ったと思う。
痛みが少しずつ和らぎ、視力が戻ってきた。
金眼は満足そうに薄く笑っていた。
◆◆◆
「……あ?」
喧嘩売ってるみたいな声が出てしまった。実際、あの金眼は一度殴りたい。
いつも勿体振って思わせぶりなことだけ言って放置して。
僕に『迷惑をかけた』とか殊勝な台詞を吐く割に、僕が本当に知りたいことは何一つ教えてくれない。
悪夢を見た後のような不愉快さだ。
「具合はどうだ」
仰向けに寝そべっている僕の顔を覗き込んできたのはヴェイグだ。せっかくの整った顔が、眉間のシワで台無しになってる。
心配をかけてしまった。
血が滲んでいたはずの手足に、血の跡はない。
「もう、大丈夫。ところでさ、精霊取り込むとどうなるの?」
起き上がりながらヴェイグに尋ねると、ヴェイグは呆れた、という顔になった。
「トーシェに尋ねなかったのか」
「融合するかしないかの話に、するって答えただけで。その後の話はしてない」
「アルハ様ってそういうとこありますよね」
ウーハンにまで呆れられてしまった。
「トーシェの細かい性質はわからぬが、融合する精霊は多くの場合、融合した者の力が上昇する。精霊が活動していた年数で、どのくらい上昇するか異なる。トーシェの年数は聞いていないか」
「早く融合したがってたのに、年齢で強さが変わるって何か矛盾してない?」
「あまりに長くしすぎると、人の体が保たぬからな。誰とも融合できぬと、成せぬうちに精霊は消えてしまう。で、トーシェは何と言っていた」
「五百」
「五百、日か?」
「いや、年」
「年!?」
「ごひゃくねん!?」
長いらしい。ヴェイグは珍しく目を見開いて驚き、ウーハンは全身の毛がハリネズミみたいになった。
「どどど、どうしてアルハ様、平気なの!?」
「最長は十年ときいたことはあるが、それでも人間の方は1年と保たなかったというのに」
ヴェイグが僕の顔をまじまじと見つめた。1年保たなかった人がその後、どうなったか聞くのが怖い。
何かうめき声がすると思ったら、ウーハンだ。目らしき点から、水が滴り落ちている。
「あ、あのこ、そんなにながく……」
ウーハンの体毛は水を弾くらしい。足元にぼとぼととこぼれ、水たまりができはじめた。
「よ、よかった、トーシェ、よかったあああ……耐えて、待った甲斐があったのねぇぇ……」
感極まって、だばばば、と滝のように泣きはじめた。
いつのまにか僕らの周りには他の精霊も集まっていた。拒魔犬たちが僕の足元にすり寄っている。
他の精霊たちも、程度は違えど大半は泣いている。
「やっぱり悲しむ精霊たくさんいるじゃん……」
僕のつぶやきを、シェパードコマちゃんが聞きとがめた。
「違います。これ、嬉し泣きですよ。仲間の悲願が達成されて、喜んでいるんです」
その言葉に、周囲の拒魔犬が頷く。
「トーシェに取り憑かれてたのに、それでも嬉しいの?」
「嬉しくないわけないです。それに、謝ってもらったし」
シェパードコマちゃんは尻尾をブンブン振りながら、僕の足に顔を擦り付けた。
何度もお礼を言われて、ウーハン達を宥めてから、精霊の即席世界を出た。
“それで、どうなったのだ”
久しぶりな気がする人の世界は、日が落ちていた。僕は精霊の世界で長い時間、寝ていたらしい。
その場で野営の準備をしていると、ヴェイグに聞かれた。
「全部が数倍くらいになったかな。……わー、全部30M越えてる」
今更ながらステータスを表示してみる。もう、数字がインフレしすぎて意味がわからない。
“身体に障りはないのか”
「うん。ヴェイグは?」
“俺は元より問題などない”
「なら、よかった」
組み立てた簡易コンロに鍋を置き、具材を入れる。最近スープものばかり作るのは、調理が簡単だからです。
“絶対に、無理はするな”
「ヴェイグもね」
お互いに心配するのは、身体を共有してるからというだけじゃない。




