6 戦場跡
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「ラク、黒い剣と灰色の重い短剣について何か知らない?」
女子会から一夜明け、オーカ、リースと共にジュノ国へ戻ったラクは、イーシオンにそう尋ねられた。
よくよく話を聞くと、それらの武器はディセルブという国の城の地下に安置されており、部屋の内部の古代文字を解読した結果、竜が関わっていることが判明したという。
「黒い剣の方なら、少し心当たりがある。アルハ達も剣について何か思案していたようじゃったが……あの時はアルハがそれどころではなくなったからのう」
「なにそれ、聞いてない」
「長うなるで、また今度じゃ」
ラクがはぐらかすと、イーシオンはあっさりと引き下がった。
「心当たりって?」
「似た剣を振り回していた竜がおってな。そやつが言うには、黒い剣は黒竜が死んだ後に現れるとか」
ラクは「眉唾ものじゃがの」と乾いた笑いを上げた。アマドの言い分を信じていないらしい。
「黒竜?」
「む、黒竜は人に斃された原初の竜じゃぞ。人が知らぬとは、どういう了見じゃ」
ラクが不機嫌そうな面持ちで周囲の人間を見ると、人間たちはより困惑を深めた。
「聞いたことがないわ」
「俺もだ」
「存じ上げません」
「剣のことを除けば、ラクに会うまで竜とは縁がなかったよ」
「同じく」
口々に言われ、今度はラクが混乱した。
「あれだけの出来事を、忘れ去ったというのか」
「どんな内容なのか、話してくれないか。別の事物に置き換わって伝わっているかもしれない」
「竜より弱いと思うておった人が、竜でも敵わぬ竜を討ち取った話じゃ。黒竜は、今もって史上最強の竜と考えられておる。竜の長でも敵わなかった黒竜を、人の勇者が仲間とともに、様々に工夫をこらした武具で黒竜を倒した、と伝えられておる。覚えはないか?」
それぞれ思いを巡らせるが、やはり心当たりはない。
「何かを倒す話はたくさんあるけど、似た状況の話に心当たりはないわ」
「竜の間では有名な話なの?」
「有名も何も、生まれる前から知っておる。竜は記憶を受け継ぐでな」
「記憶を……。竜とは神秘の存在だな」
ハインは深く感心し、何度も頷いた。
剣のあった部屋の文字は、ほとんど解読できていない。それなら直接見ようということになった。
ディセルブでの案内役のイーシオンと、ラクの付き添いのハインが、ラクと共に異界を通っている。
「異界ってこんなふうなのか。アルハも使えるの? じゃあアルハと会える?」
イーシオンが好奇心を抑えきれず、ラクを質問攻めにする。
「お互いが会おうとすれば会えるが、アルハは今、誰とも会おうとせんでな」
イーシオンの質問にはむしろ楽しそうに答えていたが、アルハの状況の話になると、途端に顔を曇らせた。
「ちょっとぐらい、いいのに」
「アルハめ、自分だけが我慢すればいいと思っているかと、言うておったのはどちらじゃ……」
ラクとイーシオンが同時に暗くなる。
「なに、あいつらのことだ。すぐに解決策を見つけてなんとかするだろう。それまでの辛抱だ」
ハインが懸命に明るい声を出す。それで二人も、気を取り直すことにした。
異界を抜け、ディセルブの地に扉が出現した。
中からイーシオン、ハインの順に出てくるが、ラクがなかなか出てこない。
「ラク? ……ラク!」
ハインが扉の中を覗くと、ラクが胸を抑えて蹲っていた。
「どうしたの!?」
イーシオンも慌ててラクに駆け寄る。
ラクはなんとか顔を上げるが、顔色が悪い。白い肌から更に色が抜け、土気色になっている。
「すまぬ、イーシオン、ききたいことがある」
「何!?」
「アルハは、この地に来たことがあるのじゃな? その時のアルハの様子は、変わりなかったか」
何故今、そんなことをと聞き返したかったが、答えを優先させた。
「二回くらい来てるけど、特になんとも……それよりラクが」
「慣れるまで、しばらくここに留まる……ハインはイーシオンと城へ行っておれ」
「慣れるって何にだ?」
ラクは何度か深呼吸をし、ハインを見上げて笑顔を作って見せた。
「おそらく、この地で黒竜が倒れたのじゃろう。その穢れた気が、竜に馴染まぬだけじゃ。数日で、慣れる」
「ならば俺もここに……っ!」
「わっ!?」
ハインとイーシオンはラクから発せられた衝撃波に突き飛ばされ、強制的に扉から外へ出されてしまった。
扉が閉まり消えてしまうと、もう二人には為す術がない。
「一体どうしたんだろう」
立ち上がったイーシオンがハインを見ると、ハインは座り込んだまま、動かなかった。
「ハイン、ここに居ても仕方ないから、城へ」
「いや、俺はここでいい。イーシオンは城に行け」
「……。わかった」
イーシオンは城へ向かって走り出し、あっという間に見えなくなった。
と思いきや、行ったのと同じスピードで戻ってきた。
「はい」
手には、旅をする者のように大きな荷物を持っており、その半分をハインに手渡す。
「これは?」
「野営のやり方、教えてよ」
受け取った荷物を広げてみれば、新品の寝袋や野営道具が一揃い。数日分の食料と水も入っていた。
同じものを、イーシオンが地面に広げている。
「お前も、待ってくれるのか」
「僕はハインに、冒険者について教わりたいだけだ」
寝袋を手に取り、「どう使うの?」などと言いながら、ハインにニッと笑ってみせた。
「なんだかアルハに似てきたな」
イーシオンに聞こえないようにつぶやき、顔を上げた。
◆◆◆
“ラク?”
「どうした、アルハ」
いつものように瞑想していて、ふいにラクが異界にいるような気がした。
しかもなんだか、具合が悪そうだ。
“異界へ行く”
「わかった」
ヴェイグの地図づくりを中断してもらって、交代する。
すぐに[異界の扉]を出して入った。
少し歩いただけで、ラクのいる場所へ辿り着く。相変わらず異界の法則はよくわからない。
“これは一体”
倒れているラクに近づき、再び交代してヴェイグにラクを診てもらう。
「病気の類ではなさそうだな」
ヴェイグが呟くと、ラクがぴくりと反応した。
「儂のことは、心配いらぬ、放って……」
「おくわけにいかないだろう」
譫言を言うラクを膝に抱えて治癒魔法を当てる。少し顔色が良くなったかな。
「……ヴェイグ? !? アルハ!? な、なぜここに」
目を開けたラクが、今更僕に気づいて驚く。
“何故って、ラクが具合悪そうだから来たんだよ。ヴェイグ、代わるよ”
ラクから感じる気配は、呪術に似ている。もしかしたらと思って、ほんの少しだけ[解呪]を当ててみた。
「これは、解呪か。ああ、楽じゃ」
ラクがもぞもぞと体を起こし、そのまま立ち上がり、朝起きたみたいに伸びをした。
「助かったぞ。ハイン達を待たせずに済む」
「何があったの」
「ディセルブに呼ばれての。その、ぬしらの背の剣があった部屋に、竜のことが書いてあったというのじゃ」
“これのことが、わかったのか”
「全部ではない。故に、儂が呼ばれたのじゃ。だが穢れに当てられてのう」
「穢れ?」
「ハイン達を待たせてある。なにか解れば、またここに来る」
ラクがいそいそと扉を出すから、慌てて離れた。僕が、人のいる場所に近づくのは良くない。
「アルハ、気にするものは居らぬぞ」
ラクは寂しそうな顔で僕を一瞥して、扉の向こうへ去っていった。




