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1 日暮川有葉ともうひとり

 講義のあとバイト、2時間だけ寝て講義、そのあとバイト……。

 この数週間こんな感じだったけど、明日は完全オフだ。それを支えに眠気を堪えている。


「なぁ、日暮川(ひぐれがわ)、今日合コンあるんだけどさ」

「おいおい、日暮川はダメだろ」

「……うん、ダメだ。すまん」

 これからバイトだ。教室から出ようとすると、さっき僕に声をかけてきたやつらの会話が聞こえてきた。

「どうして日暮川を誘うんだよ」

「いや、人数足らなくてさ。ダメ元で……」

 本当に人が集まらないんだろうな。ご愁傷さま。


 大学に合格して、入学式まであと数日というときに、両親が事故で死んだ。葬式の後呆然としているスキに、親戚がどうやったのか両親の遺産のほとんどを持っていってしまった。

 わずかに残った貯金では学費や生活費に足りなかったので、それからは講義とバイトの日々だった。


 今日も講義のあと深夜までバイトをしていた。いくつか掛け持ちしているけど、飲食店が多い。目当てはバイト後の賄いだ。

 ただ、疲れてお腹も空いていたはずなのに、殆ど喉を通らなかった。

 ひたすら怠い。そして眠い。

 いつも優しい店長が、残した分をタッパに詰めて持たせてくれたけど、結局それを食べることはできなかった。


 フラフラしながらも、なんとか安アパートへたどり着く。

 玄関を開けてすぐの四畳半の、布団が視界に入った瞬間、限界が来た。


 そして気がついたら、地面の上に寝ていた。


 頬に土の感触が生々しい。体の下敷きになって潰れた草の匂いもする。起き上がって周りを見渡せば、低めの広葉樹に囲まれていた。陽の光は斜めから柔らかく差しているので、朝か夕方だろう。

 服についた土を払おうとして、格好も変わっていることに気づく。普段着のまま布団に寝転がった記憶はあるが、無意識に寝間着に着替えたわけでもなかった。

 ヨレヨレのグレーのパーカーに、履き古したジーンズを着ていたはずが……ファンタジーっぽい妙な衣装に変わっていた。

 長袖のシャツの上に、袖や脇のないワンピースのような上着を重ねてベルトで留めてある。丈夫そうな生地のズボンとゴツいブーツも履いていた。色は全体的に黒い。

 さっきからずっと背中に何かが当たっているので、手を回してみると固いものに触れた。

 僕の身長と同じくらいの長さがありそうなそれは、重くはないけど邪魔だ。

 胸の前に通っているベルトで固定しているようなので、ひとまず外してみる。

 それは剣だった。鞘を見る限り、刃の部分がかなり広い。大剣というやつなんだろうか。

 柄に巻かれた布は真っ黒で、使い込まれている感じがする。

 見えている部分や鞘のデザインはシンプルを通り越して無骨だ。けど……カッコイイ。

 とりあえず、僕が背負ってたということは僕のもの、でいいのか?

 と、ここまであれこれ自分や周囲を分析してみたけど、これ絶対夢だ。

 夢の中なら銃刀法もないだろうし、周りには誰もいないし、ということで。


 この剣抜いてみよう。

 剣の柄に手を近づけた時だった。


“触るな!!”


 耳元で大きな声がした。思わず手を引っ込めて周りを見回すが、誰もいない。幻聴だったのかと、もう一度剣に手を近づけた。


“それを抜くな! 装備しなおせ”

「誰っ!?」

 幻聴じゃなかった。明らかに誰かいる。

“くそっ……なんなのだこの状態は……”

「いや、つーか誰で、どこから話してる?」

 声ははっきりと聞こえるのだが、辺りを見回しても姿が見えない。

“だから、俺もよくわからんのだ”

「でもこの剣のことは知ってるんだよな? ここどこだ? これ夢だよな?」

“あー……まず、これは夢ではない。現実だ。ここは……ジュノ国とは違うな”

「ジュノコ区? あ、『こく』って国か? 日本じゃないのか?」

“にほん? ……これは思ったより厄介なことになってるな”

「え、日本を知らないのか?」

“ああ、聞いたことがない。割とあちこち旅をしたつもりなんだが”

「じゃあ地名は一旦置いとこう。で、お前はどこにいるんだ?」

“お前、ではない。俺にはヴェイグという名がある”

 名乗ってくれるのか。礼儀正しいひとだ。こちらもちゃんとした対応をしないと。

「失礼した、ヴェイグ。僕は日暮川(ひぐれがわ)有葉(あるは)だ」

“ヒグレガワ……が名か?”

「名前の様式も違うんだな。名は有葉だ」

“そうか、アルハか。俺の居場所だがな”

 二呼吸くらい間があった。なんだか言いづらそうだ。



“お前の中だ”



 ……。

“……”

「なんだ夢か。おやすみ」

“待て待て待て、また地べたで寝るつもりか!?”

「最近忙しかったから、どっか体壊したのかな。流石に次のバイト休むか」

“話を聞け! 俺だって夢だと思いたい!”

 ヴェイグの主張を信じたわけじゃないが、声は確かに耳からというより頭に直接、という感じで聞こえている。

 いきなりババッと振り返ってみたり、そこらの木の後ろに回ってみたりもしたが、誰もいない。

 しばらくウロウロしていたら、またヴェイグが話しかけてきた。

“信じられんのは分かる。だがな……いい加減信じてくれないと話が進められないんだが……”

 呆れたような諦めたような、とにかくやるせない感情が伝わってきたので、僕もその場に留まる。

「今のところ、頼りはヴェイグだけだしな。完璧に信じるわけじゃないけど、話はするよ」

“それでいい”

 とはいえ、ここが何処かわからない、ヴェイグは僕の中にいる、夢ではない……。

 いや、僕も思いつくことはある。だけど信じ難いからその可能性を意識的に遠ざけていたんだ。

 例えばそう……

「ステータスなんて見れたりしないかな……わっ!?」

 言い終えるより先に、目の前にスクリーンが現れた。ホログラフみたいなやつだ。そこに、文字や数字があれこれ書いてある。

“どうした?”

「ステータス見れた」

“見えないな。……俺は俺で表示できた。至って普通だな。アルハの方はどうだ?”


 +―

  日暮川 有葉

  レベル:1

  生命力:100/100 魔力:10/10

  筋力:9 敏捷:6 運:10

  属性:なし

  魔法:レベル1

  スキル:全


 これは……。

「やっぱりそうなのかな……」

“何か分かったのか?”

「これ、異世界転生ってやつだ」

“異世界転生?”

 高校のときにちょっとハマって色々読んだんだよなぁ。僕はヴェイグに、異世界転生についてあれこれ説明した。

“ふむ……俺は確かに死んだ覚えはある”

「僕は死んだ覚え無いんだけど」

 最初に転生とは言ったけど、召喚とか転送のパターンもあるからそっちだと思ってた。

“まあアルハが別の世界から、というのは凡そ理解した。だが、ここは俺がいた世界と似ている”

「じゃあヴェイグは、死んだ後に魂か何かだけ、この体に入っちゃったってこと?」

“それにしては不可解な部分もあるが……何故この体はアルハのもので、装備は俺のなんだ?”

「うーん……わからない」

 話し合ってる間に改めて今の自分を確認したら、背中の剣の他に、腰に短剣と、旅の道具らしいものがいくつか入ったポーチを持っていた。それは全てヴェイグの持ち物だ。でも髪の色や袖をまくった腕を見て、僕には馴染みのある体に見えたし、ヴェイグが“俺の身体ではないな”と言い切った。

“まぁ、わからないことは一旦置いておこう。折角だから進もうか”

「そうだね」


 僕は、歩き回ってる間に偶然見つけた道の先を見つめた。


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