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可愛いひと

作者: 西野 ひかり

タン タタン タン


軽やかに広がる鮮やかな赤


舞うようにふわりと舞い上がったドレス


タン タタン タン


瞳に移るのは恋情か


それとも


欲情か








「ではダンスはここまでにしましょうか」


その声を聴いた瞬間、ソネットは慌てて手元の本へ目線をやった。


妹のソフィアが社交界デビューを来週に控えているため、どうにか伯爵家の娘を飾り立てよう、素晴らしいデビューにしようと両親、使用人ともども大忙しなのである。


もちろん18歳になるソネットはすでに社交界デビューは済ませている。


濃い金髪に新緑の瞳を持つソネットは社交界で伯爵家のデメテルと評される美しい娘である。


その妹であるソフィアは白金の髪に湖畔を思わせる薄い青の瞳を持ち、あのソネットの妹なのだからとデビュー前から社交界で噂の的なのだ。


今日はソフィアのために、ソネットの婚約者、ハロルドがダンスの練習相手として付き合ってくれているのだ。


オルフェスタ侯爵家嫡男のハロルドは、本来ならこのような家庭教師的な真似はしないし、社交界デビュー前の未婚の娘と踊ることもない。


ソネットのご機嫌伺いに訪れたハロルドを客間で待たせている間に父と妹が勝手に決めてしまったようだ。


「ねえ、お姉さま。私社交界で上手く踊れるか不安なの。不慣れで男性を驚かしてしまっては恥ずかしいわ。お願い。」


と上目使いにお願いされれば、ソネットもハロルドも顔を見合わせるしかなかった。


(その不慣れで無垢な様子に心惹かれる男性は多いだろう・・)と心の中で毒づいてみても表面に出すことはソネットのプライドが許さない。


「まあ、ソフィア。社交界デビュー前の娘が殿方にお願いするなどはしたないわ。しかもハロルド様にお願いするなどもってのほかです。」


黄金の糸で刺繍されたクリーム色の扇で口元を隠しながら、やんわりと押しとどめる。


しかしハロルドは違うようだ。


「私はかまわないよ。しかもこんなに美しい義妹と踊れたなら男冥利に尽きるというものだよ。クォーツ伯爵家のサファイヤと称されるソフィア嬢なら光栄だね。」


かくしてダンスホールへ移動し、踊るソフィアとハロルドを見ながらソネットは心の中でこっそりため息をついていた。


本を読むふりをして目線が文字の上の滑っているだけだと自覚はしている。


少し離れたところで踊る二人の足音と楽し気な声が気になってしょうがないのだ。


「もう少し体を私に委ねて。顔はこちらに向けて・・・・。恥ずかしがらなくていい。ほら。」


少し低めの優しい声を聴くたびに、二人がどういった体制でいるか、ソフィアがどんな顔をしているかなどなど想像に難くなかった。


腰を強く抱かれ、ハロルドを見上げるその頬は赤く色づき、少し開いた唇は熟れたように色づいている。


瞳は潤み、まっすぐにハロルドだけを見つめている。


(・・・・バカバカしいわ。)


半年後には結婚式が行われ、ハロルドと夫婦になる。


貴族間では妾を持つことは珍しくないし、公爵夫人となる自分が妹に嫉妬するなんて恥ずべきことだ。


貴族に生まれたからには、この思いは誰にも知られてはいけないのだ。 


背筋を正し、何事もなかったように微笑む。


「ハロルド様、お疲れでしょう。お茶を用意させておりますの。庭園までエスコートしてくださる?」










ダンスの練習を終えて一息ついたところで、ソフィアは目の前の男を睨みつけた。


(この性悪男・・・!!!!!!)


クォーツ伯爵家のデメテルと評される姉は非常に美しい。


素晴らしいのはその美貌だけではない。


その振る舞い、教養、どれをとっても一級だ。


あと3年早く生まれていたなら、侯爵家であれば王太子妃となっていてもおかしくない。


そんな姉のようになりたくて、ずっと努力をしてきた。


(お姉さまには、まだ結婚は早いわ!まだまだ一緒に居たいもの。)


それを横から掻っ攫っていったのがハロルドである。


もちろん個人の事情だけではなく、政治的要素が大きく絡んでいることは理解している。


理解はしていても、面白くない気持ちは変わらない。


少しくらい困ればいい、と無理なお願いをしてみた。


もちろんソフィアは自分の美しさも十二分に理解しているので、上目使いで甘えるように伝えた。


それがどうだ。目の前の男は困った様子も見せず、落ち着いた様子で鷹揚にうなずいて見せた。


なんだ、この程度かと内心小ばかにしていた。


ダンスを始めて気づいた。


ハロルドはターンをするたび、目の前の自分を見ていないことを。


もちろん微笑みながら、こちらを優しく指導してくれるのだが、体が密着するたび、優しい言葉をかけられるたびに、相手が誰を意識しているのかは明らかだ。


当て馬にされた・・・・!


姉は隠し通せていると思っているようだが、ソフィアがハロルドといることに気がそぞろなようだ。


背筋を正し微笑む姿は美しいが、いつもと違い目が彷徨っている。


部屋の上部から降り注ぐやわらかな光が濃金の髪に反射して光り輝いている。


本を読んで自分たちを待っている姿は女神かと目を疑いそうだが、ダンスが止まるたび、まるで隠すように目線を本に移している。可愛い。


(こんな可愛い姉は私だけが知っていればいいのに・・・。)


隣に立つ男をこっそり伺い見れば、それを見てうっそりと嗤っている姿が見える。


その目に映るのは恋情か欲情か


どちらにしても、結婚までは姉は渡さないと誓ったソフィアであった。

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