番外編 羽代 冬華インストール Ⅰ
番外編です。見なくても本編に関係はないので飛ばしても大丈夫です。
2章に登場した羽代 冬華の過去になっています。
「では、これで」
生徒会への活動報告を終え、一礼。微笑む生徒会長に見送られながら生徒会室を後にする。
――彼女の名前は、羽代 冬華。
同世代の女子よりもやや高めの身長と肩までに揃えたサラサラの髪の毛。
外見の特徴として挙げるのならその程度で、一見すればどこにでもいる普通の女子高生である――外見だけに目を向けるなら。
「ふ、風紀委員長! お疲れ様です!」
「はい。ありがとうございます」
「が、頑張ってください。風紀委員長!」
「ありがとうございます」
羽代 冬華が廊下を歩けば、たちまちすれ違う生徒は頭を下げ、同学年の者への態度とは思えない態度で振る舞う。
――風紀委員長、羽代 冬華。
この学校に通うもので知らぬものはいない風紀の化身のような少女。一年にして生徒会選挙に立候補し、風紀委員長に任命され、約一年間学校の風紀を良くし続けた。
数々の逸話が存在する彼女。そんな彼女に目をつけられた者は、果ての果てまで追いかけられて更生させられるという。
――なぜ、それほどまでに風紀にこだわるのか。
考える生徒も当初は存在した。しかし、実際に彼女に尋ねるような生徒は現れず、本人のみぞ知る話として、やがて気にする生徒もいなくなった。
◇◆◇◆◇
この学校も、私が入学した当初とは比べ物にならぬほど風紀が良くなっていますね。
生徒会室から帰る途中、すれ違う生徒の礼儀正しさを目の当たりにした冬華は、改めて自分のしてきたことは間違っていなかったと実感していた。
このまま全ての生徒に私の思いが伝われば、さらに素晴らしい、本当の意味で正しいを実現した学校になることでしょう。
自分の教室の前にたどり着いた冬華は、教室の扉を横に引いた。
なっ――。
冬華はその光景に思わず絶句した。
風紀委員長を務める羽代 冬華は『正しい』を徹底的に求める立場にある以上、近くにある『良いもの』よりも遠くにある『悪いもの』の方に自然と目がいってしまう。
冬華が教室に入って真っ先に目に映った光景は、一人の生徒の席の周りで集まり、ケータイでゲームをする数人の男子生徒だった。
「何をしているのですか?」
ゲームに夢中でこちらに気付いていない男子生徒たちに声をかける。
「ゲッ、風紀委員長.......」
「聞いていましたか? 今、あなた方は、何をしているのですか?」
都合が悪く誰も答えない。回答の押し付け合い、とても醜いものです。
「.......別にケータイの持ち込みは校則違反じゃありませんよね?」
押し付け合った結果、真ん中に座る生徒が代表してそう答えた。
違反者はいつもこうです。何をしているのか、という私の質問に対して真っ先に出てくる言葉は必ず言い訳の言葉。もし、言い訳しない違反者がいるのなら、そんな人は一人しか知りません。
「確かにケータイの持ち込みは禁止されていません。しかし、それは送迎の連絡を行うため、緊急時に連絡が取れるためと、しっかりとした理由の元で許可されているのです。決して、時間潰しにゲームをするためではありません」
「で、ですがそれは! 」
「学校とは、学ぶために来る場所です。それは学問だけの話ではありません。人との付き合い方、言葉遣い、礼儀。ではあなた方が今しているそのゲームで果たして何が学べるでしょうか?」
「ゲームにも学べることはありますよ! ゲームで生計を立てている人もいますし、それをきっかけに友達も作れます。一概に学べることはないと切り捨てられるとは思いません!」
先程までとは別の生徒が抗議する。
そうですね。確かにゲームをきっかけに会話ができることはあるでしょうし、ゲームで生計を立てている人も一応身近に存在しています。それは間違いありません。ですが――
「それは学校でしか学べないことですか?」
「.......はい?」
「分かりませんか? ゲームを学びたければ一人で家でしていればいいですし、ゲーム仲間が欲しいのならばSNSなどで募集をかければ集まるでしょう。ですので、学校に来てまでゲームを学びたいは通用しませんよ」
「ですが!」
「高校は義務教育です。来たくなければ来なくて結構。しかし、無断での欠席は周りに悪影響を与えますのでやめてください」
「.......そこまで言わなくても」
「今回は通告という形だけにしておきます。しかし、次回発見した場合は有無を言わさず没収としますので、そのつもりでお願いします」
男子生徒たちにそう伝えた冬華は、自分の席に戻っていった。
「風紀委員長.......少し言い過ぎじゃないですか?」
冬華の隣の席の女子生徒が、席に座る冬華にそう言った。
自分にこういう指摘をして下さる生徒は多くいません。こういう生徒の意見こそ大切にしていくべきなんでしょう。
「いえ、言い過ぎではありません。あの男子生徒たち三人は、赤点を取ったものを集めて行われる補習の常連です。学生が本来すべきことを行わない.......そんな生徒相手にこちらが言い方を考える必要なんてどこにもありませんので」
「そう.......ですが」
こちらが言い方を考える必要なんてどこにもありません。
ゲームの取り締まりについても、何も考える必要なんてないのです。
――本当にないのでしょうか?
現在、ゲームをしている方は決して少なくありません。その上、最近発売された社会現象にもなっている何とかというゲームによって、さらにゲーム人口増加が加速しています。
――過去から学び、未来を考え、現在を律する。
未来を考えた時、ゲームを徹底排除している現状は本当に正しいのでしょうか?
学力を向上させたいのであれば、もっと別の方法をとるべきなのでしょうか?
羽代 冬華は既に生徒の大半が学外でゲームをしていることに気付いていた。
自分の周りの生徒が笑っていないことに気付いていた。
ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪。ゲームは悪――。
これまでそう思って生きてきた。
それだけに増え続けるゲーム人口を目の当たりにして、ゲームを厳しく規制する今の自分の行いが本当に正しいのか分からなくなっていた。
◆◇◆◇◆
「ただいま帰りました」
冬華は帰宅中そのことで頭がいっぱいで気付けば自宅に到着していた。
冬華はまず手を洗うと台所へ向かった。
「冬華さん、おかえりなさい」
「はい。お母様」
両親が片働きである冬華にとって、帰宅すると母親が夕飯の支度をしているというのは見慣れた光景だった。
「今日お姉さんがお部屋から出てきましてね。冬華さんに渡したいものがあると、そう言っていましたよ」
いつもは一言交わすと2階の自室に向かう冬華だったが、思いがけない言葉を耳に足を止めた。
「.......部屋から出てきたのですか?」
「少しでしたけどね。部屋に置いてあるみたいですよ」
「.......分かりました」
冬華はそう答えて、自室へと戻っていった。
部屋に引きこもって.......もう4年になりますか。
尊敬していた姉――。
大好きだった姉――。
しかし、それはたった一つのせいで消えてなくなりました。
「なんですか、これは」
部屋に入り、正面に置かれた黒い箱。
朝はなかったそれが長く会っていない姉からの贈り物だと分かり、その箱を手に取ると丁寧に開封した。
少しずつ中身が見えてくる。
正方形の白い機械、黒いヘルメットのような機械、黒いバンド型の機械、何本かのコード。
中身を確認する度、薄々気付いていた冬華だったが最後に見たそれで確信に変わった。
「Beyond Ideal Online.......」
思い出しました。社会現象にもなっているVRゲーム。Beyond Ideal Online、通称BIO。しかし、なぜこんなものがここに.......?
冬華は箱を横によけて初めて、下にメモ書きが置いてあることに気付いた。
『とても面白いからやってみて。お姉ちゃんより』
「4年ぶりに聞いた言葉。紙でとはいえ、こんな.......ええ、そうですか」
変わってしまった。もう私の知るあの人はどこにもいないのですね。
冬華はその紙を手に取り、何度も目を通し、そして酷い吐き気に襲われた。
今、私がこうしている間もあの人は笑いながらゲームをしているのでしょう。
私が持っていなかったものを全て持っていたあの人が。
あの日、お母様が流した涙も、初めて見たお父様の怒りも、あの人には全く届かず.......。
冬華は目の前の機械を手で振り払おうとした。このどうしようもない気持ちと一緒に振り払い、忘れ去ろうとした。
しかし、学校で自分の言った言葉が頭によぎった。
『学生が本来すべきことを行わない.......そんな生徒相手にこちらが言い方を考える必要なんてどこにもありませんので』
ああ、本当に。本当に笑ってしまいますよね。学生が本来すべきことを全て拒否している人間が一番身近にいながら、言い方を考えないどうこうではなく、そもそも何も言っていない、何も言えないなんて。
部屋を出て、横の部屋の扉を開け、中の住人を引っ張り出す。あるいは、部屋から出てくるまで扉の前で説得する。
――そんなこと出来ません。
そうでした。私は利害を考慮して害しかないからとゲームを批判していたつもりで、実際は嫌悪感から感情的に否定していただけでした。
ゲームは悪――いいえ、悪は私です。
姉やゲームへの嫌悪感が全て自分の元へ向く。そうです。これでいいんです。これが本来あるべき正しい嫌悪感の向ける所なんですから。
冬華はその機械に目を向けた。
それを手に取れば、これまでの自分を否定することになる。自分の中での矛盾をさらに増やすことになる。
ですが――
姉と昔のように話す自分の姿。
真の意味での正しさを実現した学校の姿。
自分がそこにいても笑顔でいる生徒の姿。
都合のいい姿です。こうなる確証どこにもありません。ですが、それでも。それでもその可能性があるのならば――
そして、羽代 冬華は自分の最も嫌っているゲームに自らの手で掴んだ。
【welcome to you!】
今回はここまでです。
続きは気分次第で投稿します。次回から3章になります。




