絶望と希望
「いま、何を.......?」
「この前言ってたお礼をここで使おうかなって。あ、別に無理なら大丈夫。元々お礼で頼むようなことじゃないし」
だけど断れない。断ってしまうとさっき私が言った「自分は絶対に約束を破ったりしない」を否定してしまうことになるから。冬華ちゃんの性格上それは絶対に許せないはず。
「端から.......端からそういうつもりだったんですか?」
「何がかな?」
葵のその微笑みは周りの目からは悪魔のように写っていただろう。
初めからこれが目的で、こうなることを全て分かって、ここに話が繋がるように話を進めてきた。人の心を弄ぶ悪魔のごとき所業を平然と葵は行っていた。
冬華ちゃんは悩んでいる。絶対に断れない。でも、それを認めるとこれまでの自分の発言を否定することになる。どちらに転んでも冬華ちゃんにとっては問題になるから。
「.......分かりました」
悩んだ末、冬華ちゃんが出した答えはこれだった。
「お礼ということで葵さんがそれを望まれるのでしたら、私にそれを断る権利はありません」
「本当っ!? 嬉しいなぁ」
「ただ一つ」
「ん?」
「ただ一つだけ条件があります」
「条件?」
「はい。お礼なのにこんなことを言うのは間違っていることは分かっています。もし認められないとなってもクランには入ります」
「条件って?」
「私がゲームを嫌悪していた理由の一つがゲームをすることで勉強時間が減ってしまうからです」
「確かにそうだね」
「はい。学生の本分は勉強。それをゲームのせいで疎かにするのでは話になりません。ですので、あなた方にはゲームをしていてもしっかりと結果を出せると、そう証明していただきたいのですが」
大体言いたいことは分かる。理にかなってもいる。
「それで証明ってどうすればいいかな?」
「赤点回避.......は当然として、そうですね。貼り出しに載ってもらいましょうか」
貼り出しとは、私たちの学校で個々の学習意欲をさらに上げるため採られているシステムだ。
テストを受け結果返却後、学年の上位50人の名前とクラス、五教科七科目の点数を廊下に貼り出す。それが生徒の間では貼り出しと呼ばれている。
一学年約300人。その中で上位50人に入るのは限られてくる。でも――
「でも多分私、冬華ちゃんに.......」
「な!? 分かっています! 私がずっと2位で葵さんに負け続けているということは! 私が言っているのはあなた方の話です!」
「あなた方?」
「そうです! 茨木さんと有巣さん。その両名が貼り出しに載った場合、ゲームと勉強は両立可能であることを認め、私もクランに喜んで加入しましょう」
「え? そんなことでいいの?」
「簡単ではないと思います」
いや、冬華ちゃんは難しく考えすぎだ。普段からちょっとでも勉強をしていればテスト前にそんなにする必要はない。特に勉強が得意なわけでもない私がテスト前に特に勉強をしないで点数を取れていることが何よりもの証拠だ。
とはいえ、私もゲームに没頭するようになってから初めてのテストだからちょっと気合いを入れなければ点数を落としかねない。
「分かった。じゃあ次のテストは.......2週間後の中間テストだね」
「はい。検討を祈っています」
そして、私たちはちょっとした世間話でもして遅くならないうちに解散した。
明日.......いや、今晩伝えればいいかな。
◇◆◇◆◇
「――という話になったんだけど」
その日の夜、私たちはいつもの場所に集合した。そこで、今日冬華ちゃんと話したこと全てを2人に伝えた。当然、条件のことも話した。
「ばっかじゃねぇの!?」
私の話を聞いての春ちゃんの最初の言葉はそれだった。
「まず入るって決めたなら条件なんて決めるなよ! そんなもん条件じゃねぇだろ!」
「まぁまぁ。それもそうだけど、冬華ちゃんの言っていることも正しいし.......」
「冬華ちゃん? あぁ、あいつ.......いやそうじゃなくて! そんなもん呑めるわけねぇだろ!」
「いや、でも難しい話じゃないよね? 勉強なんて出来た方がいいに決まってるし」
私の言葉に春ちゃんは呆れたように大きな溜め息をついた。
「あの.......私もそれは反対です」
「理花ちゃんまで!?」
普段反対意見を出さない理花ちゃんにまで反対された。
「確かに言っていることは正しいです。正しいですけど.......その、条件が割に合わないというか.......現実的ではないというか.......」
どういう意味だろう。
BIOで自分たちが知らない力を冬華ちゃんが持っていてそれを知ることが出来ることと、戦力の補充。それらが一度に成せるのなら安すぎる条件だ、ってそう考えていた。
でも―― でも、もしその感覚が2人と私でズレているのだとしたら――
「単刀直入に聞いてごめんね? もしかして、上位50人に入るのが難しいから.......不可能って考えているから2人は反対しているの?」
「はい.......」
「当然だろ」
申し訳なさそうに言う理花ちゃんと、開き直ったかのように言う春ちゃん。
「参考程度に聞くね。2人の前のテストの合計点.......学年末テストの七科目の合計点ってどれくらいだったの?」
「私はだいたい250点ぐらい.......です」
「180はあった気がするな」
――この時、私は初めて気づいた。
2人が何故こうも反対していたのか。冬華ちゃんが何故簡単ではないと言っていたのか。冬華ちゃんは2人の大体の点数を知っていたから、それで難しいって言ってたんだ。
合計700点満点。2人足しても7割にも満たない。中間テストまでわずか2週間。
これまで幾度となく壁にぶつかって、その度苦難を繰り返してきた私でもこれほどの壁は1、2を争うレベル。優しく言えば至難の業、正直に言えば無謀、不可能だ。
「おい、どんな顔してんだよ.......」
ハッ、危うく意識が飛びかけていた!
葵はあまりにもの現実に、飛びかけた意識を元に戻す。
「全く.......やっと自分がどんな無謀なことを言ったのか理解出来たか」
「すみません、私の点数が悪いばかりに」
「いやいや! 私の方こそ。ごめん、ごめんなさい」
私が自分基準で判断してしまったせいで、2人の点数を知らずに判断してしまったせいで、2人に嫌な思いをさせてしまった。
「なーんかオレたちだけ点数教えてってのは不公平だろ。そっちの点数も教えろよ」
「あの、それを聞くのはやめた方が.......」
暗い場を和ませるためか春ちゃんはからかうように私にそう言った。だけど、それを言えばかえって逆効果だ。
「えーっと.......650点だったかな」
「ろっぴゃく.......」
聞いた本人は目を白黒とさせている。これでも配慮したつもりなんだけど。
「だめですよ.......葵ちゃんは入学して以来不動の一位って有名なんですから.......」
「2位が冬華ちゃんで大体同じくらい。50位以内となると、550点は欲しいかな」
口に出せば出すほど言っていることの無謀さと、その場の空気が重くなるのが分かる。
「断りたい.......が、もう言っちまってる以上断れないしな」
「そんな感じで風紀委員長さんがクランに入られて、すぐに抜けられても困りますからね.......」
断る、という案はダメっぽい。ダメだよね。
「ふ、普段から勉強してたらテスト前にちょっと頑張ったら大丈夫な気が」
「普段から勉強してるやつがこんな点数取ると思うか?」
「ううっ.......」
頭が痛い、重い。どう頭を巡らせたところで、条件を呑んだ時点で話が終わってしまっている。冬華ちゃんは条件が呑めなくとも以前のお礼があるからクランには入るって言ってた。
だけど、理花ちゃんの言う通り、それで入ってもらったところで私たちの一切を認められず、クランから離れていっちゃうだろう。
私がデスリアルだと明かした以上、私たちがこれから活動出来るかどうかは全て冬華ちゃん次第だ。冬華ちゃんがBIOをしていることをバラされたくない以上に、私たちは私たちの正体が世間にバレたくないから。
「仕方ないな。クラン加入の話は諦めるしか――」
「.......やろ」
「え?」
「出来る限りのことはやろ。2週間。それで何とか50位以内に入れるように頑張ろ。私も協力する」
「はぁ? 無理に決まってるだろ。私たちの点数知っただろ?」
「そうですよ.......ただでさえ点数が低いのに2週間では何も.......」
2人は完全に諦めてしまっている。確かに諦めてしまいたい気持ちは分かる。普通に考えなくても無理なんだから。
「中間テストは学年末テストと違って範囲が狭いから、ここ2ヶ月.......特に最近の授業にヤマを張れば出題範囲は結構絞れると思う」
「だけどよぉ.......」
「BIOはテストが終わるまで1日1時間。あとは勉強に集中すれば絶対に結果には出るよ!」
「1日1時間ですか.......」
「私も協力する! だから頑張ろうよ!」
これまで無理だって思ったことは何度もある。諦めそうになったことも何度もある。だけど私は柏崎 葵。生憎、やろうと思って努力して出来なかったことは一度もない。出来るって信じているから必ず出来る。
「分かったよ.......」
「葵ちゃんがそう言うのでしたら.......」
2人も渋々といった感じで覚悟を決めてくれた。
こうして私たちにとっては長く短い2週間が幕を開けた。
一年学年末テスト
1位 柏崎 葵 694点
2位 羽代 冬華 648点
258位 有巣 理花 252点
292位 茨木 春 181点
次回テスト結果です(テスト勉強シーンなんて見たくないですよね)




