悪魔の誘い
「BIOをしていて何が悪いのですか?」
「はい?」
顔をスっと上げた風紀委員長は口を開くなり、真顔でそう言った。一方で春ちゃんはそれを聞くなり、風紀委員長に聞き返す。
「もし仮に私がBIOをしている.......そうなると、何か問題でもあるのですか?」
「いや、問題あるだろ。お前オレになんて言ってた? 「学生の身でありながらゲームをするなんて愚の骨頂」とか、「ゲームをすることで現実逃避している」とか散々言ってただろ」
確かに風紀委員長のゲーム嫌いは有名で、昼休みに携帯でゲームをしている人がいようものなら徹底的に排除しようとすることは私も耳にしたことがある。
でも、そんなことを言っていたなんて知らなかった。多分、春ちゃんが学校でゲームをするうちの一人だから、直接そういう言葉を耳にする機会が多いんだろう。
「散々自分で言っといて、それで自分は実はみんなに隠れてゲームしていましたーって風紀委員の立場的にどうなんだよ」
確かに春ちゃんの言っていることはもっともだ。だけど、なにか雲行きが怪しいと言うかなんと言うか.......。
――そんな葵の予想は正しかった。
「いえ。私、思うのですよ。BIOは今や世界的に有名な超人気VRMMORPG。それはVRゲームの中でも最高峰の完成度と呼ばれているほどです。現実と比べてほぼ相違ないグラフィック、プレイヤーと変わらないほど生きているかのごとく動き、喋り、会話出来るNPC。数多くの職業、種族、スキル。そこから生まれる無限とも言える組み合わせの数々。最高のオリジナリティを求めたと、そう謳っているだけのことはあるゲームだと、確かに言えるでしょう。皆さんも知っての通り、私はゲームが大嫌いです。ゲームをすることで、目は悪くなりますし、娯楽にしては膨大と言っていいほどの時間を浪費します。特に学生ともあれば、本分の勉強を始め、部活、行事、交友関係、ボランティア活動、とやらなければならないこと、やれること、やった方がいいことは沢山あります。それを無視してゲームをする、それはつまり与えられた学生という貴重な時間を無為に過ごしていことに他なりません。なので、私は自分でゲームをするのも嫌でしたし、ゲームをしている否、没頭している人間と接すことも嫌でした。学校に来てまでゲームをしている人なんかはいい例ですよね。ですが、BIOの人気は既に社会現象に近いほどで、ほとんどと言っても過言でないほど数多くの人間がこのゲームをプレイしています。そうなりますと、私はこの人達全員を嫌い、この人達に接すことなく生活を送ることになりますが、それはあまりにも非現実的です。その上、私は風紀委員長という立場ですから誤った行為をする生徒を正さなければなりません。その場合、ゲームを誤った行為と捉えてしまうと、BIOをプレイしている大多数を正す、ということになります。いえ、決して私は大多数を正すという行為を面倒に思っていたり、難しいと考えているわけではありません。むしろ、そういった間違った社会を正すという意味では正す相手の規模が大きい方が風紀委員としての本質に近いとすら思っています。ですが、社会は変わるものです。社会が変われば、風紀を正す私たちの取るべき行動も変わってきます。そこで社会現象となるほどのゲームをただ同じゲームと一括りにして否定してしまっていいのか、それをしっかりと考え、自らの目で見て判断する。それも風紀委員としての仕事であり、風紀委員長でもある私の使命でもあると判断したのです。ですから、私は実際にBIOをプレイすることで、どこまでゲームを許容できるのか、この先私たち風紀委員はゲームに対してどのような価値観を持って接すべきなのか、そういったことを判断しようと考えたわけです。実際にBIOをプレイしてみることで確かに本来ゲームで懸念すべき目の問題は解決していると言えますし、ゲームでのコミュニティを築くことで学校とはまた違った場所での交友関係を築けるという意味では、本来私が学校で求めていることに近いと言えるでしょう。それらのことから考えますと、BIOをすることが悪とは、決してならないと思うんです。茨木さんがそう仰られるのは、私が以前からの発言あってのことなんでしょうが、人が変わり、社会が変わるように私の意見もまた変わるものです。そういった点を再考した上で、それでも私がBIOをプレイしていた、はたまたBIOをしていることを黙っていたことは本当にいけないことなんでしょうか?」
もはや狂気すら感じるように風紀委員長は早口でそう言った。
幸いか、周りの席に他の人は座っていないから聞いていたのは私たち3人だけなんだろうけど、それでも私はこんな風紀委員長を見るのは初めてで困惑している。何なら理花ちゃんは風紀委員長の言った言葉を一言一句全て理解しようとして目が回りそうになっている。
「お前の考えはよーく分かった」
最初に口を開いたのは春ちゃんだった。
それにしても凄い。あれを聞いた後に「よーく分かった」って言えるんだ。いくら私でも、理解することがやっとでそれについて反論を述べよとか急に言われてもパッと出てこない。
「分かったから、ここ、食堂にいる皆に聞いてみるってのはどうだ?」
「へ?」
風紀委員長は一言、そう発した。
「いやいや、「へ?」じゃなくてよ。とにかく、BIOしているのは悪くないって言いたいんだろ?」
「いえ! 私がしているのはそんな単純な話で終わることではなく――」
「ちょっとそれが良いか悪いか分からんからさ。それなら、この食堂にいる他の奴らに聞いてみればいいんじゃないかってことだよ」
「いえ、ですからっ!」
「風紀委員長がーーーBIOをーーー!」
「春ちゃんストップ。まって」
食堂全体に聞こえるような声で言いかけた春ちゃんを制止する。周りの人は何事かとこちらをチラチラと見ている。
「はぁ? ここで止まったら色々と分からずじまいだろ」
「いや、じゃなくて、ほら」
葵の向ける視線の先を見て「あぁ.......」と納得するかの声を漏らす。
そこには淡々と話していた風紀委員長の姿はなく、うるうるしながら鼻をすすり、泣きそうなのを必死に堪える姿があった。
「これ、オレのせいか?」
春ちゃんは声を小さくして私たちの耳元で尋ねてきた。
「春ちゃんのせいじゃないよ。とはいえ、このままだとさすがにまずいし、どうしよう。じゃあ、私が代わりに進めてもいいかな?」
「おう。頼むわ」
春ちゃんはそう言うと、椅子を引っ張り出して腰を下ろした。
「えーっと、風紀委員長.......大丈夫?」
「べ、つに.......なんっ、とも」
あ、これ無理だ。
涙を堪えてるからか、声は途切れ途切れだし、どっからどう見ても大丈夫じゃない。ここで話を進めて色々聞き出すのは至難の業とかじゃなくて、普通に無理だ。
「大事な昼休みに呼び出しちゃってごめんね? 続きの話がしたいんだけど.......うーん、今日の放課後とか空いてるかな?」
「あいっ、て.......ます」
「なら、放課後そっちのクラスに迎えに行くね」
そんな感じで風紀委員長を帰した。
「ごめんね、春ちゃん。代わりに進めるとか言っといてこんな形になっちゃって」
「誰がやってもこうなるだろ。いや、こうなるとは誰も予想できなかっただろうけど」
確かに予想できなかった。それに、まさか公明正大と呼ばれる風紀委員長に裏表があったとは思わなかった。まぁ、表も裏も真っ当で良い人間って意味では私よりよっぽど綺麗なんだけど。
「では、放課後三人で話をしに行きますか?」
「でもそしたら、また話進まないかもだぞ? 主にオレのせいなんだけど」
聞きたいことは大体分かってるし、話の内容も後でBIO内ででも共有すればいいかな。
「うん。私一人で行ってくるよ。二人は先に帰ってて大丈夫」
◇◆◇◆◇
放課後。
約束通り葵はすぐさま風紀委員長のいるクラスに駆けつけた。
元から話をしていただけのことはあり、教室に顔を出すなり向こうが気付いたらしく、すぐに荷物をまとめて廊下に出てきた。
「ごめん。待たせちゃった?」
「いいえ。今日の授業の復習をしていましたので。それよりどこで話をするかはお決まりですか?」
「んー。特に考えてないかな」
「でしたら、私がよく行く喫茶店がありますので、そちらに行きましょう」
「えー、楽しみ!」
そんな流れで風紀委員長に連れられ、学校を出てその喫茶店へと向かった。
そして、喫茶店に到着。
喫茶店に入ると、中は薄暗く独特なコーヒー豆の匂いが漂っており、落ち着いた曲が流れているのが耳に入ってくる。
風紀委員長が窓際のテーブル席に腰かけたのを見て、向かい合うようにその対面に座る。
「なにか飲まれますか?」
「んー。じゃあこのブレンドコーヒーで」
メニューを確認して一番上に書かれていた、おそらくこの店の看板メニューであろうものをチョイスする。本当はオレンジジュースの方がいいんだけど.......。
「分かりました」
風紀委員長はそう言うと店員を呼び、ブレンドコーヒーを二つ注文した。
「では、話を始めましょうか。その前に先に一つ謝罪させて下さい」
「と、その前に。一ついいかな?」
「なんでしょう.......?」
「風紀委員長って役職名だし、それを呼ぶのはどうかと思うからさ。今日から冬華ちゃんって呼んでもいいかな? 私のことも柏崎さんじゃなくて、葵って呼んで大丈夫だから」
「え。いえ、しかし.......」
「よろしくね。冬華ちゃん」
「うっ、はい。よろしくお願いします.......葵さん」
葵は満足そうに頷いた。
「ありがとう。それで.......謝罪? なんの謝罪?」
「はい。昼間取り乱してしまい、思わぬ事態に感情的になってしまい申し訳ありません」
冬華ちゃんは机におでこをつける勢いで深々と頭を下げた。
「いやいやっ! 私もそうだし、あそこにいた誰も気にしてないよ! むしろ、私にしたら普段見れない冬華ちゃんが見れてラッキーってぐらい」
「ですが.......」
「全く気にする必要ないよ!」
春ちゃんがこの場にいたら、それすらも交渉材料に使おうとするんだろうけど私はしない。そんなの交渉材料として必要ないからだ。
冬華ちゃんは私がこう言ってもまだ納得していないような顔をしている。
「あの、一つ気になっていたのですが」
「どうしたの?」
「葵さんと茨木さんの関係ってなんでしょうか?」
「え?」
「茨木さんが『ハル』という名前でBIOをしていることは知っています。ですから、茨木さんが私がBIOをしていることを特定するというのは分かります。しかし、それを何故わざわざ有巣さんや葵さんのいるあの場で話したのでしょうか? 笑いものにしたいのなら、もっと多くの人がいる場で話すでしょうし、黙っておく代わりに.......と言いたいのなら私と一対一で話すと思うんです」
冬華ちゃんが言いたいことは理解出来た。つまり、春ちゃんが私と理花ちゃんがいる場であのことを話すことがおかしいってことだ。
だから、私たちの関係が自分の知っている関係とは違うものなのか、もっと深い関係があるのか、そう聞きたいんだろう。
――それは正しいんだけど。
「私と春ちゃんの関係だよね? BIO繋がりだよ」
「え.......ということは葵さんもBIOをしているのですか!?」
ゲームが嫌いな人間だったとは思えないほど目をキラキラさせている。
自分の知っている人間が同じゲームをしている、そのことにワクワクしているんだろう。これまで抱いたことのない感情だからか、隠したり抑えようとする様子もない。
「うん。ゲーム名はシリアル。ネット上ではデスリアルなんて呼ばれ方されてるね」
「え.......」
「春ちゃんと理花ちゃんは同じクランのメンバー。一昨日冬華ちゃんと戦った3人って言えば分かるかな?」
沈黙の間が流れる。
冬華ちゃんに私がデスリアルと明かすことは既に春ちゃんや理花ちゃんと話し合って決めていた。あえて、早い段階でそれを明かすことで相手が困惑している間に選択を迫る、という目的の元である。
ただ、脅すようなことは絶対にしない。そのために先に交友関係を築いたんだから。
「――それで冬華ちゃん。決して総人口が少なくないBIOで私たちと出会う。それって凄く運命的な事だと思うんだよね」
依然、冬華ちゃんは黙ったまま。
「だからね。冬華ちゃんも私たちのクランに入らない?」
葵は微笑み、手を差し伸べた。
「冬華ちゃんもBIOが好きで楽しいと思うなら、絶対に入って欲しいな。私もとっても嬉しいし、みんなも絶対喜ぶと思うんだ」
「――なぜ」
「ん?」
「――なぜ、PKを行うんですか?」
葵の勧誘後、最初に示した反応は加入不加入のものではなかった。
「確かに葵さんのおっしゃられた通り、私はBIOが好きですし、楽しいと思っています。だからこそ、そういった楽しんでいるようなプレイヤーを無差別にキルするあなた方の気持ちが分からないのです」
「お待ちしました。こちらブレンドコーヒーになります」
店員はそう言うと、二つのカップを机に並べ一礼しキッチンへと戻っていった。
葵はそれを手にし、一杯口に含んだ。
――苦い。だけど、ほんのりした香りがその苦味を独特な風味に変え、深い味を出している。
「冬華ちゃんの言う通りだね。BIOをしているプレイヤーのほとんどが楽しいって思ってやってると思う」
「なら――」
「でも、私たちも楽しいと思うからキルしてるんだよ?」
「え?」
「モンスターを狩って楽しいと思う人がいるように、ゲーム内でファッションをして楽しいと思う人がいるように、PVPの戦闘が楽しいと思う人がいるように――私たちもPKすることを楽しんでいるんだよ」
「ですが! その楽しいは人に迷惑をかけて生まれるものです!」
「だけど悪いことじゃないよね? 他のゲームで煽りプレイなんかが悪質とされて公式が禁止しているものがあるけど、BIOは禁止されていないよね?」
「それは! BIOがリリースされて間もないからであり!」
「禁止されていればやらないよ? でも、いくら公式の場でキルしようも公式はPKを禁止にしない。それもそうだよ。最高のオリジナリティを求めたゲームがそういう楽しみ方を制限するなんてそんなことするはずないからね」
「ですが.......ですが、それでも困るプレイヤー、迷惑するプレイヤーは存在します!」
「じゃあ、冬華ちゃんがクランに入って私たちの行動を見ていてくれないかな? 私はPK自体別にいいと思っているし、否定されるのが分からない。だから、それが分かる冬華ちゃんが一番近い場所で私たちを見ててくれればいいんじゃないかな?」
「っ! そうやって.......そうやって私をクランに、悪の道へと誘うと言うんですね」
「うーん。そうじゃないんだけどなぁ.......」
これではいくら経っても平行線だ。本当なら、これでクランに入ってもらうのがベストだったけどこうなったら仕方がない。
「春ちゃんがね。昼休みに交渉って口にしてたの覚えているかな?」
「.......はい。今考えると、その意味が理解できます。ゲームをしているなんて知られれば示しがつかない私のことを黙っておく代わりに自分たちの仲間に入れと、そう言いたかったんですよね」
「うん。大体ね」
「入りませんよ。言いたければ言えばいいじゃないですか」
こうなることが予想出来たから、端から交渉に頼る気はなかった。
「でも、私はしないよ?」
「え、違うのですか.......?」
分からないといった顔で冬華ちゃんが聞き返す。
「うん。それにしても冬華ちゃんって知れば知るほど凄いよね。自分以外の人のために本気になれるし、間違ったことは誰であろうとちゃんと間違いだって言えるし、自分の非はすぐに謝れるし、絶対に約束を破ったりしない。とても普通じゃ出来ないよ」
「べ、別に。そんなことをおっしゃったところで、クランには入りませんよ!」
満更でもなさそうな顔でコーヒーを飲み込んでいる。
でも仕方がないといえば仕方がない。その立場から口がきつくなることがほとんど。周りは恐れて冬華ちゃんと深く接しようとはしない。
友達はいるんだろうけど、その友達もいつ自分が間違いを指摘されるのかを考えると、どうしても上辺だけの付き合いになる。
だから、実際は一人ぼっち。自分の本当の意味の良い部分を褒める人なんて親や先生ぐらいの話だろう。
「冬華ちゃん。一週間くらい前だったかな? 言ったの覚えてる?」
「.......なんでしょう?」
「「この件に関してはいずれお礼をさせて下さい」って」
「はい。当然覚えています」
良かった。ここで忘れたって言われたら予定が崩れちゃうからね。
「そのお礼でね。私たちのクランに入ってくれないかな?」
過去最高字数、連日投稿。疲れちゃった。
次回すぐ出します。




