ずさんな管理
ううん.......あっ、こんな時間。
まだはっきりとしない意識のまま、葵は目を擦りながら体をゆっくりと起こした。
昨日は理花ちゃんと夜遅くまでレベル上げをしていた。
正直モンスターを狩るっていうのはあまり好きじゃないけど、誰かと一緒にとなると別だ。たわいもない話をしながらのんびりとレベルを上げれば、それが苦に感じることはない。
とはいえ、私のレベル63、理花ちゃんのレベル73と、おおよそ高レベルに差しかかるとレベルアップに必要な経験値も増えて、1レベル上げるのに必要な時間も増える。こればかりは、コツコツと積み重ねで上げるしかない。
ようやく意識がはっきりとしてきた所で、葵は枕元のスマホに手を伸ばし、画面を開いた。
「.......あれ? メールが来てる」
BIOを始めるようになってから葵は、就寝時刻が午前3時前後、起床時刻が午前7時前と、一般的な高校生よりも少ない睡眠時間で生活を送るようになった。
そのため、寝ている時間にメール等の通知が来ることは稀にもなかった。それだけに、葵はすぐさま通知バナーをタップした。
「えっと.......あ、春ちゃんからだ」
『一昨日のネクロマンサーについて色々分かった。詳細は学校で話す』
事務的とも言えるメールはいかにも春ちゃんらしい。
だけど、色々分かった.......ってなんなのかな。調べたいことって言ってたのは恐らくこれのことなんだろうけど、調べたのがプレイヤーのことなのか、あの能力のことなのか。
なんにせよ、本人に聞かなくちゃ分からない。でも、みんなで調べればいいことを昨日の時点で一人で調べようとしたってことは、戦っていた時点で既になにか気づいていたのかもしれない。
葵はそんなことを考えながら、学校へ向かうべく支度を始めた。
◇◆◇◆◇
「よー。やっぱりここにいたか」
「春ちゃん!?」
後ろから不意にかけられた言葉に思わず大きな声を出してしまった葵は、慌てて口を押さえる。
今、私たちは食堂にいる。
というのも当然お昼ご飯を食べるからで、4限のチャイム後、理花ちゃんを誘って二人でここに来ていた。
「それでメールの話だけどな」
「ちょっと待って!」
「なんだよ.......」
さも当然のように横に座る春ちゃん。私の声にも面倒くさそうに反応している。
――それは別にいい。
問題は春ちゃんの顔を見るのが今日初めていうことだ。
「午前中いなかったよね?」
「寝てたからな」
「.......寝てた!?」
「しょうがないだろ。一昨日はあれの後、デスリアルのネットの目撃情報を漁ってたからほとんど寝れてないし、昨日はずっと調べ物で一睡もしてない。限界だったんだよ.......」
だから午前中は休んで家で寝てた.......かぁ。
まぁ、ほとんど休んでた頃に比べたら、そこからでも学校に行こうってなるだけ成長しているんだろうけど.......。
「私たちのためにありがとうございます」
理花ちゃんが春ちゃんに頭をコクリと下げてお礼を言う。
「いやいや気にすんな。ちょっと気になってたから調べただけだしな。それが結果的にどうクランに影響するかってのもまずは見てもらってからだ」
「.......見る?」
「そうだ」
私の言葉に春ちゃんは頷きそう言うと、制服の上ポケットに手を突っ込み、スマホを取り出して画面を開いた。
「これ」
春ちゃんが見せた画面は一つのSNSサイトで、『10th day』というユーザーのプロフィール画面だった。
「この人がどうかしたの?」
「こいつが一昨日のネクロマンサーの中身だ」
「え?」
突然の情報に葵は思わず画面を二度見した。
プロフィールは至って普通。あ、でもBIOをしているとは書いてある。ゲーム内での名前は『ツェント』というらしい。
「ちょっと貸してもらえるかな?」
「いいぞ」
春ちゃんからスマホを渡してもらい、画面を下に下にスライドさせていく。
目を通す投稿内容のうち、大半がBIOでその中にはネクロマンサーの職業についてのものもある。さらには、デスリアルに対して批判的な内容の投稿すらある。
確かにこれを見れば本人だと言われても頷ける。
だけど、逆にこれだけ見てあのプレイヤーだ、と一致させてしまってもいいのかな。
BIOでの名前は何らかのコミュニティに入っているか、その人のフレンドから直接聞くかしないと分からないから確かめる術は限られている。
ネクロマンサーも少数とはいえ、いることは攻略サイトを見ても春ちゃんの話を聞いても明らか。
おまけにデスリアルに批判的な内容の投稿をしている人なんて1人や2人の話ではない。
それらを考慮すると、あのプレイヤーとこのユーザーが一致すると断定するのは早計な気がする。
「確信するには情報が足りてない.......って言いたそうな顔しているな」
「「え?」」
声が被った理花ちゃんと顔が合う。
私がスマホを見て、その横から覗いていた理花ちゃんも同じことを思っていたらしい。春ちゃんが見て分かる程に私たちは顔に出てしまっていたみたいだ。
「確かにそれだけで本人だと決め付けられないだろうし、何ならこのアカウントを特定することも出来なかった」
春ちゃんはそう言うと、私からスマホを取り、別の画面を開いた。
真っ暗な画面に横に倒れた三角形の再生ボタン。普通に考えると何かの動画なんだろうけど.......。
「これは?」
「これは一昨日打ち上げられた小型浮遊カメラで撮った動画を一部切り取った音声データだ」
「音声データ?」
「ああ。一昨日あのプレイヤー、あいつの声を聞いている時にちょっとした違和感があったんだ。口調とか雰囲気とか、とにかくちょっとした違和感。それをはっきりさせるために撮影した映像を音声データに変えて聞いてた。そして、その正体が分かった」
「すみません」
後ろからの声に葵は振り返る。
そこには以前、一週間程前にお礼することを勝手に約束された風紀委員長の姿があった。
「あれ? どうしたの? また春ちゃんに用事かな?」
「柏崎さん。用.......と言えば用なんでしょうか。茨木さんは午前中サボっていたみたいですから。ですが、今は別件です」
「呼び出したんだよ」
別件について説明するかのように春ちゃんが付け加えた。
「私も暇ではありません。用事があると聞いたので来ましたが、話さないのでしたらもう行きますよ?」
『私も暇ではありません。用事があると聞いたので来ましたが、話さないのでしたらもう行きますよ?』
さっき聞いたのと全く同じフレーズがその場に流れる。
「なっ!? 人を馬鹿にするのもいい加減に――」
「馬鹿にしてねぇよ」
風紀委員長が顔を赤くして発した言葉を遮った春ちゃんは続ける。
「これで音声は録音出来た。そして、ここにはさっき言った一昨日のプレイヤーの音声データがある。この二つの音声を音声鑑定アプリに通す」
素早くスマホを操作する春ちゃん。そして、当然とも言わんばかりの顔で画面を見せた。
音声一致100%と映し出されたその画面を――
BIOにはボイスチェンジ機能がない。それについて私は不便だとずっと思うばかりで、まさかこんな意外な所で活きるとは思いもしなかった。
「最初からどっかで聞いた声だと思っていた。まぁ口調とか聞いてやっと違和感程度だったが、これで確信に変わった。風紀委員長、羽代 冬華。「ゲームなんて.......」つって何度も口にしてたお前がまさかBIOをしていたなんてな」
「はぇ!? 急に.......いえ、何故でしょうか? 何故私がそのBIOというゲームをやっているという話になるのでしょうか?」
「自分の胸に聞いてみろよ」
「全く同じ声の人間だっているはずです!」
「同じ指紋の人間が別にいないように同じ声紋の人間も別にいねぇんだよ」
「うぅ.......」
何よりもさっきまで赤かった顔が一気に青ざめて、普段見せないあたふたが真実を物語っているように思える。
それよりびっくりした。まさか、あの遠く感じたプレイヤーがまさかこんなに近くにいたとは。当然偶然なんだろうけど、それでも未だに信じられない。
声が同じって言っても全く気づかなかった。違和感も感じなかった。広いネット上でまさか同じ学校の人間を見つけるなんて、そんなはずがないっていう先入観があったからだ。
それでも春ちゃんが気付いたのは何度もお説教されて嫌になるほど声を聞いたからかもしれない。結果的にファインプレーだ。
「それで、アカウントを特定出来た理由だったか? 簡単だよ。最初違和感を感じた時、まさかとは思ったが、こいつのSNSアカウントいわゆる本アカを確認した。そして、その後ネクロマンサーのBIOプレイヤーのSNSアカウントをかき集めて順番に確認していった」
春ちゃんは絞り込んだネクロマンサープレイヤーのアカウント一覧を私たちに見せた。
数少ないと言われるネクロマンサーの職業とはいえ、BIOの全体人口が全体人口だ。やっぱり候補が何人もあがっている。
「確信出来たのはこいつが個人情報の管理が甘々だったからだよ。SNSアカウントに紐付けている個人メールを公開設定。さらに、紐付けメールは二つのアカウントで@下が違うものの@上が一致。さすがに笑ったよ。同一人物ですよって宣言してんのか、ってな」
えぇ、そんな単純な.......。まず、SNSのアカウント作成時に紐付けするメールが必要だけど、アカウント作成して初期設定のままだとそれが公開されてしまう。
だから、アカウント作成した最初に紐付けメールを非公開に手動でしなければいけない。このSNSサイトを使用するなら常識の話だ。
「私の裏アカまで.......」
風紀委員長の反応的に当たりなんだろう。裏アカであるBIOアカウントがバレてしまってかなりショックを受けている様子だ。
だけど、所々管理がお粗末な部分が垣間見えるせいで、同情しようにもしてあげられない。超の付くほどの真面目さで知られすぎて、こんな部分があるなんて想像もしなかった。
理花ちゃんも反応に困って苦笑いしてしまっている。
「さてと、じゃあ交渉とさせてもらうか」
裏アカがバレ、ゲームをしていることがバレ、さらにはゲームでの様子もバレ、まさに情報公開のオンパレードで精神崩壊寸前の風紀委員長に、春ちゃんはトドメと言わんばかりにニヤリと笑いその言葉を突きつけた。
ちなみにBIOのレベルカンストは100です。カンストプレイヤーは現時点で存在しません。
いくつかの感想ありがとうございます。




