茨木 春は辞めます。
授業が終わり、放課後になった。
今朝以降、男子の間でハルの話題には触れていない様子だ。炎上に近い状況で空気を読んで話題にしていないと言うよりかは、どちらかと言うと飽きたというのが近いんだろう。
その一方で女子は放課後まで話題にしている人がいた。もちろん悪い意味での話題だけど。
でも、こうなったらどっちがハルにとって良いのか分からない。結局のところ、ハルの作り上げられた外面を見るばかりで内面を見ようとしている人なんて一人もいなかったし、こうなった今でも見てる人なんかいないんだと思う。
「葵ちゃん」
顔を上げると、帰る支度を済ませた理花ちゃんが私の席の前に立っていた。
「うん。行こっか」
教科書をカバンに詰め込み、席を立つ。そして、理花ちゃんと教室を出て、校舎を出た。
「あの、お願いを聞いてくださりありがとうございます」
横は歩く理花ちゃんは申し訳なさそうに言った。
「気にしてないって。でも、理花ちゃんの口からあんな言葉が出るなんて意外だったよ」
「いえ。でも確かにこれまでの私だったら考えもしなかったと思います。葵ちゃんに会って話してそれで私も変わったんだと思います」
「変われるってすごいと思うけどなー。それに変わったとしても、理花ちゃんみたいに出来る人は少ないと思うよ」
理花ちゃんは「それでも私は.......」と言いかけたけど、その後が聞き取れなかった。いや、この時私は聞こうとしなかったんだ。
「あ、ここだ」
地図を頼りに着いた場所。目の前には私の家より少し大きいくらいの家が建っていた。
「入ろっか」
「はい」
ドアの横についているチャイムを鳴らした。すると、すぐに足音がしてドアが開いた。
「はーい」
そんな声とともに出てきたのは、ほんわりとした女の人だった。
「昼間お電話しました柏崎 葵です」
「有巣 理花です」
「あー、あなた達がー。どうぞどうぞ入ってください」
第一印象と変わらず、穏やかな人みたいだ。女の人は私達を家に入れると、ドアを閉めて鍵をかけた。
「春ちゃん、元々中学生の時から休みがちだったの。でも、高校に上がってからはもっと休むようになって.......一応留年しないようには行ってるみたいけど心配なのよね」
そう。ここはハル、茨木 春の自宅である。おそらく、このほんわりしている人はハルのお母さんなんだろう。
理花ちゃんのお願い。それは茨木 春を救ってあげることだ。自分の手では救えないあの子を、私の力を借りて一緒に救いたかったらしい。私が春の様子を見てきたいと担任に言えば、担任は「ありがとう」と今目の前にいる春のお母さんに電話を繋いでくれた。
「分かりました。部屋に上がってもよろしいでしょうか?」
「もちろん。部屋はそこの階段を上がってすぐの部屋ね」
「ありがとうございます」
部屋に上がることを許可してくれた春のお母さんに一礼して、私達は階段を上っていった。そして、言われた通り階段を上がってすぐの場所には部屋があった。
理花ちゃんと目で確認を取り合うと、まずは理花ちゃんが部屋の扉をノックした。
「すみません。クラスメイトの者です。今日休んでた分のプリントとか持ってきたんですが.......」
理花ちゃんの弱々しい声。それを聞いて返ってくる言葉はなく、辺りはシンとしていた。
「あの.......」
「うるさい! 帰れよ! 誰も頼んでないだろ!」
理花ちゃんが二度目の言葉を言いかけて、その言葉は返ってきた。
話を聞いていた限りだと、理花ちゃんと春はこれまで一度も接点がない。厳密に言うと、昨日BIOで会話をしていたけど、それはゲームの中でだし、そもそも春はイリスが理花ちゃんだということを知らない。つまり、春は初対面の相手に向けて言っているつもりなんだ。
猫被りの春が、初対面の相手にこの態度。それもクラスメイトにとなると自分の本性が学校中に広まりかねない、それを理解してのこの態度なんだ。いや、昨日の件で自分の本性が知れ渡ったことを理解してるからこその、この吹っ切れた態度なのかも知れない。
理花ちゃんは動揺している。拒否されることを分かっていたとしても、実際言われると傷付く。普通ならそうだ。
だけど、私は今の春を見ていると、まるで自分を見ているかのようで辛くなる。
「春ちゃん、私、柏崎 葵。話があるの。開けてくれる?」
「帰れって言っただろ! いいから帰れよ!」
荒れてるなぁ。
「分かった。入るね?」
春の言葉を無視してドアをガチャりと開けて、部屋に入る。部屋は真っ暗でドアの横にあるスイッチを押し、部屋の明かりを灯す。
そこは想像していた部屋とは違う、色んな機器が集まる部屋だった。三つのモニターを並べた机、VRゲーム機からケータイゲーム機までのケースに飾られた何種類ものゲーム機、地面にはノートパソコンが二台転がっている。
そして、部屋を見ているとベッドにある小さな膨らみに目がいった。
「ねぇ春ちゃん。せっかく昨日学校に来たのにまた休むの? 」
ベッドの膨らみに話しかけるも反応はない。
「学校来ないと留年になっちゃうよ? 勉強について行けなくなるかもだし。それに、学校のみんなも心配してるよ?」
「黙れよ!」
そんな怒声と一緒に布団が浮き、枕が飛んでくる。私がそれを受け止めると、春が布団から顔を出していた。いつも綺麗にしている巻いたツインテールはボサボサに荒れていた。目元は腫れ、声ほど見た目に活力を感じない。
「ね、春ちゃん。学校行こう? 私も力になるから」
「うるさい! お前にハルの何が分かる! 身長は低くて顔も普通。成績は良くないし、運動なんて論外。その上性格は最悪。でも、こんなハルでも変われるって信じて頑張ってきた! それで動画投稿を見つけて、やっと自分にしか出来ないことだと思ってそこからまた頑張った! なのに、それが壊れた。これまで積み上げてきた全てがたった一日で壊れた!」
ああ、やっぱり似ている。春は私にそっくりだ。出来ない自分が嫌で変わろうとみっともなく努力する。やっと変わったと思ってもそこに本当の自分はいなくて、上がり続ける周りの評価に応えながらゴールの見えない毎日を過ごす。
作り上げられたものは簡単に壊れる。そして、それを壊す原因となったのは私だ。だから私は理花ちゃんがお願いしたからじゃない。私が春を助けてあげたい――
「春ちゃん。私がデスリアルだよ」
「は?」
「赤ネームの連続PKプレイヤーのPKクランの動画投稿者ハルをキルしたデスリアルは私」
「そんなわけ.......でも.......」
「私は自分が楽しいからPKをしてる。最初に春ちゃんをキルしたのも楽しいから。春ちゃんの宣戦布告を受けたのも楽しいから。ゲームでの私は全部楽しいを基準に行動してる」
「なんで、なんで.......」
こんなことを聞けば誰だって怒る。春は私の肩を半泣きになりながら揺らしている。
「ごめんね」
春の手が止まった。けど、顔を見せないように反対を向いて泣いている。
「そうやって努力して人から認められるようにするのは凄いことだし、普通は出来ないと思う。でも、ずっとそれだとしんどいし、体がもたないよね」
春は反応しない。
「私さ。春ちゃんの動画見たんだけど、春ちゃんが楽しそうにやってて私まで楽しくなったんだ。だから思うんだ。春ちゃんBIO好きでしょ?」
春は小さく頷いた。
「ならさ、好きな場所、BIOでまで理想の自分でいようとしなくていいと思うよ。好きな場所くらい好きなようにしようよ。私にみたいにさ」
春の反応はない。でも、泣いてはいない? みたい。これで少しでも楽になってくれたら嬉しいんだけどな。
「茨木さん」
さっきまで静かに後ろで様子を伺ってた理花ちゃんが、春の名前を呼んだ。
「私は葵ちゃんと一緒に戦いましたイリスです。私からも茨木さんの気持ちを考えずに好き勝手やってしまったこと、謝らせてください。ごめんなさい」
理花ちゃんはペコりと頭を下げた。
「その上で言わせてください。私はこれまで何も出来ない自分に嫌になるものの変わろうとはしませんでした。なので先程の話を聞いて、自分の力で変えようとする茨木さんが凄いと思いました」
こちらも私と同じく春の反応がない。まぁ、ここまで言って反応がないならこの先何を言っても同じ、最悪逆効果になりかねない。だから、あとは春次第。また明日春が学校に来なければここに来るだけの話だ。
理花ちゃんと目を合わし確認して、部屋を出ることにした。少しでも春に伝わってくれたら嬉しいかな?
「あ、茨木さん。もしよければでいいんですが――」
理花ちゃんが最後に言ったことに耳を疑った。でも、それを聞いて少し笑いそうになった。
その日、動画投稿者ハルは謝罪動画と共に引退動画を上げた。
これで1章終わりです。次からすぐ2章に入ります。
2日空いてしまいすみません。何かあれば感想お願いします。




