VSハル その2
「おい。あれって.........」
「え、不滅のイリス!?」
「いや上位ランカーじゃねぇか! なんで、こんな場所にいんだよ!?」
そんな外野の言葉には耳も貸さぬ様子で、集団の中心部にいるハルの目の前まで近付き.........足を止めた。
「.........初めましてー、ハルでーす」
「初めまして」
ハルのふざけたような挨拶を、イリスは淡白な言葉でそれを返す。その様子をハルはあまりよく思わなかったようだ。
「イリスさんみたいな方が、わざわざ挨拶に来て下さるなんて、ハルとーっても嬉しいです」
「そうですか。私は別に嬉しくありませんが」
理花ちゃん.........だよね? 今はイリスだけど、なんか雰囲気が昨日と全然違うような.........
「あのぉ、すみませんが用がないなら帰って貰えませんか? ハルちょっと忙しいんですよ」
「私は用がありますので帰りません」
「用?」
用?
なんかイリスの顔が怖い。怒ってるんだろうけど、無表情で.........でも怒ってるのが分かるみたいな。
「はい。あなた方が寄って集って私の仲間に手を出していましたので」
「仲間?」
「はい.........いつまで隠れていらっしゃるのですか?」
イリスがこっちを向いてニコニコと笑っている。【神隠し】で姿は見えない。それはイリスも同じだ。だけど、なぜかこっちを見ていてその微笑みには恐怖を感じる。
葵は、【神隠し】の効果を解いた。
「デスリアル.........」
「初めてこんな近くで見た.........」
「すげぇ.........」
葵はそんな声の中をゆっくりと歩き、イリスの横に並ぶ。
「【ハイヒールディオスト】」
イリスは横に並んだ葵に魔法をかけた。それにより葵のHPがみるみる回復。やがて、満タンになるまで回復した。
「仲間ってーどういうことなんですかー?」
「そのままの意味です。もっと言えば私たちの仲間です」
「私たち?」
「はい。表立って行動してたのはデスリアルさんだけですが、デスリアルさんは私たちのクランメンバーの一人に過ぎません。デスリアルさんを相手にするということは、私たちPKクランのメンバー全員を相手にするということですよ」
イリスは、他の誰にも話す隙を与えないほどに言葉を途切らせることなく話し続けている。
だけど、イリスが今話していることは私も理解出来ていない。クランメンバーってなに!? PKクランってなに!? そんな状態だ。
「嘘は、よくありませんよー? だって、それならあなた一人で来る理由はありませんから.........ねっ!」
ハルは弓を手に取り、イリスに矢を放った。しかし、バフとデバフに能力を振ったハルの、それも魔法でもスキルでもないただの弓の通常攻撃である。そんなものにイリスが怯むはずもなく.........
「いくら私でもこの程度の攻撃、手で掴むことくらい難しい話ではありませんよ」
イリスは飛んできた矢を片手で受け止めた。
「それと一人で来た理由ですか? そんなこと、一人で十分だからに決まっているではありませんか」
ハルの方から舌打ちをしたような音が聞こえた。いつもヘラヘラして猫を被っている顔も、今はそんな余裕が無いようで、苛立っていることが顔を見ただけで分かる。
「大丈夫ですか? 私と話している間もアイテムの効果時間は過ぎていますよ?」
「.........っ皆さん、先にこの女からやっちゃって下さい!」
ハルの合図で今まで何もしてこなかった周りのプレイヤーが、イリスに一斉に攻撃を始めた。
まずい。ハルの【友愛の小枝】の効果が切れかかっているだけで、何も状況は変わっていない。AGI低下のこの状態でこのプレイヤーの数から逃げるのは不可能だ。
「はぁ.........大人しく見ていればいいものを.........」
イリスがそう呟いたかと思うと、手に持っていた杖を横に大きく振るった。攻撃をするべく接近していた前線プレイヤーの何人かはそれに当たり、横に大きく飛ばされる。
「あなた方は今、誰を相手にしているのかよく理解されていないみたいですね」
イリスの言葉に怯むプレイヤー達。
「【ホーリーペンデスト】」
イリスが使った魔法は昨日のダンジョンボスに使ったものと同じものだ。ただし、現れた光の玉は軽く100を超えている。
「【ハイヒールトゥリスト】.........では、参ります」
緑の光を纏ったイリスが集団の中に飛び込んだ。
イリスは私と違って物理攻撃が効く。だから、普通の剣士や闘士の攻撃を受けてしまう。だけど、イリスはそれを遥かに超えるスピードでダメージを回復している。そして、お返しと言わんばかりに自分の周りに光の玉を降らせている。
100人を超えるプレイヤーがいても、押しているのはイリスの方だった。
「.........っ、み、皆さーん! 変更です! 先にデスリアルさんですっ!」
ハルの指示で何人かのプレイヤーのヘイトがこちらに向く。そのプレイヤー達が私めがけて魔法を放つ。
だけど、イリスがほとんどのプレイヤーの相手をしてくれている現状、いくらAGI低下状態とはいえ、その程度の攻撃を捌くことくらい難しい話ではない。
「.........っまずっ」
ハルの顔に焦りが見えた。
時間的には【友愛の小枝】の効果は間違いなく切れている。そして、絶妙のタイミングでAGI低下の効果も切れる。
――今だ。
葵は【神隠し】を使わず、一気にハルの方へ距離を詰める。
「ま、守ってっ!」
物凄い速度で距離を詰める葵に恐怖を覚えたハルは必死に叫び、助けを求めた。
それを聞いた複数のプレイヤーは、ハルを守るべく葵の前に立ちはだかる。
――邪魔っ。
葵はダガーを逆に持ち替え、立ちはだかるプレイヤー全員に一撃ずつ入れた。
【沈黙の一刀】も【初撃の一刀】も入らないただのナイフの通常攻撃。しかし、【天逆神】によって大幅強化された攻撃は、例え通常攻撃と言えど初心者とほぼ変わらぬプレイヤーを屠るのには十分だった。
立ちはだかるプレイヤーを切り裂き、他のプレイヤーはイリスに手がいっぱい。邪魔する者は誰もおらず、残すは背中を見せて逃げるハルただ一人だ。
ダガーを持ち替え、振り上げる。
「ま、待ってください! 話しましょう!」
尻もちをつきながら半泣きで懇願するハル。それを見た葵は、振り上げたダガーを下ろした。
「.........なーんちゃって、アジリティカットペ.........あああああっ!」
葵はスキルを使おうとしたハルをナイフで切りつけた。
やっぱりだ。ハルは私が攻撃をやめたのを見るや否やもう一度AGI低下を狙ってきた。まぁさせないんだけど。
今ので体力がどれだけ減ったのか。レベルはそこそこあるだろうからDEFはともかく、HPはそれなりにあると思う。だから、何も使っていない通常攻撃だと一撃で倒せない。
「やめろっ、離せっ!触んなっ!」
でも、力はそんなにないらしく暴れているのを腕一本でで抑えられる。
こんな状況だと猫を被る余裕もないようで、口からはその見た目とこれまでの振る舞いからは想像も出来ないような暴言が次々と飛び出す。
このPKの瞬間.........恐怖や悔しさで人格まで変わってしまうこの瞬間、これがたまらなく気持ちいい。こんなものを覚えてしまったらもう止められない.........止めることなんて考えられない。
でも、今もイリスは私のために戦ってくれている。だから、イリスのためにそろそろ幕を下ろさなければならない。
――じゃあ、バイバイ。
葵は、暴れるハルの胸元にダガーナイフを突き刺した。【能力強化】の込もったその一撃は、今度こそハルのHPを全て奪った。
ハルちゃんは性格が悪いですけど、それ以上に葵の性格がねじ曲がってます。




