第13話 そして復讐は始まる
ヨハンを見送った後、玄関広間に移動したクオンの耳に、悲痛極まりない慟哭が響く。
「あ~あ、間に合いませんでしたか。まぁ、そうとわかっていたから送り出したんですけどね」
呑気な声音で独りごちると、いつの間にか背後に立っていた男に向かってクルリと振り返り、からかうような言葉をぶつけた。
「さすが七至徒第二位。本っ当に仕事が早いですねぇ」
白髪白眼の男――シエットは無感情な表情をそのままに、感情豊かなクオンに応じる。
「さすがと言いたいのはこちらの方だ、ナンバー90。ここまで見事に首尾を整えた手腕は勿論、ディザスター級撃退というイレギュラーさえも予見し、多数の澱魔を公都に放つことでディザスター級の代替を用意した慧眼は賞賛に値する。だが……」
シエットの氷よりも冷たい白眼が、わずかに鋭くなる。
「私はこの城にいる敵を皆殺しにしろと命令したはずだ。なぜ命令に背き、ヨハン・ヴァルナスを見逃した?」
「そんなの、シエットさんの意図が丸わかりだったからに決まってるじゃないですかぁ」
クオンは楽しげにクスクスと嗤い、シエットの眉間にほんの少しだけ皺が寄る。
「……詳しく説明しろ」
「別に構いませんけどぉ、いい加減撤収した方がよくないですか? 他の皆さんはもうとっくに城を出てるんでしょ? それに、そろそろヨハンがこっちに戻ってくるかもしれませんし」
クオンのペースに振り回されているせいか、シエットは疲れたようなため息をついた後、城の入口を目指して歩き出した。
その後ろを、クオンはチョコチョコとついて行きながら、
「はっきりと言わせてもらいますけどぉ、シエットさん……一年ともに過ごした仲間を殺させることで、わたしが情に絆されるような人間かどうか試そうとしていたこと、バレバレですよぉ? だ・か・ら、お気に入りの玩具だけは見逃すことにしましたぁ。きゃ~。やっば~い。命令に背いちゃったから組織に不要な人間とか言われて殺される~」
楽しそうにケタケタと嗤うクオンに、シエットはうんざりするように、深々とため息をついた。
表情から声音に至るまで感情らしい感情をほとんど見せることがなかったシエットも、クオンの前ではどうやら形無しのようだ。
今のシエットには、明らかに、有り有りと、〝呆れ〟という感情が顔に貼り付いていた。
「その狂いに狂った気性さえどうにかしてくれれば、長らく空位だった七至徒第七位の座に、諸手で推挙してやれるのだがな」
「とはいっても、今回の功績で、わたしが七至徒に選ばれるのはほぼ確定してるんでしょう?」
「あくまでも〝ほぼ〟だ。貴様がヨハン・ヴァルナスを見逃したせいで、話が白紙に戻る可能性も充分にあり得る。だが……」
城の外に出たタイミング合わせるように、シエットは言葉をつぐ。
「抜け目のない貴様のことだ。私以外の七至徒を納得させるだけの理由を、ちゃんと用意しているのだろう?」
「ふふふ、本当にさすがですね。シエットさんは」
「これでも一応、貴様という才を見出した身だからな」
「きゃ~お師匠さま~」
「囀るな。そもそも、師と呼べるほどの手解きをした覚えもない。それより……」
「わかってますって。ヨハンを見逃した理由、話せばいいんでしょ?」
婀娜っぽく嗤い、どこか楽しげに、少しだけ真面目に、理由を語り始める。
「ヨハンを殺さなかったのは、彼を《終末を招く者》に引き込もうと考えているからですよ。戦闘経験……特に対人戦においては、まだまだ難があるにもかかわらず、単独でディザスター級を討伐した実力は本物です。彼クラスの魔法士を引き込むことができれば、国崩しと同時に行っている〝実験〟も捗ることでしょう。実際、魔法がからっきしなわたしじゃ、シエットさんの代わりに要人を始末するわけにもいきませんしね」
「……一応、筋は通っているな。故郷を焼かれ、仲間を殺された人間が我々に恭順するなど有り得ないことは、さておきな」
正論を述べるシエットに向かって、クオンは「ちっちっちっ」と人差し指を左右に振る。
「なんのために、わたしが彼の恋人になったと思ってるんですか。ちゃ~んと口説き落としてみせますよ」
「そこまで言うならその言葉、信じてやろう。だが、それでも――」
「他の七至徒の面々を納得させるには、まだ弱い……でしょ?」
シエットの言葉を遮り、「でしょ」に合わせてウィンクする。
図星だったのか、シエットは無言で続きを話すよう促した。
「はいはい、わかってますって。ヨハンを殺さなかった最大の理由……それは、彼の頭の中に入っている、ミドガルド大陸最高の魔法士――ダルニスの知識にあります。わたしが彼に取り入り、話を聞かせてもらった限りでは、定期報告の際に伝えていたダルニスの手記の内容は、あくまでもダルニスの知識の一部でしかなく、ヨハンの頭の中には、手記の何倍もの知識が詰まっているのを窺い知ることができました。無為に殺して、その知識をこの世から永遠になくしてしまうのは、ヘルモーズ帝国の魔法研究を五〇年遅らせることと同義だと、わたしは断言しまぁす」
シエットは思案するように顎に手を当てながら、クオンに応じる。
「確かに、その理由なら他の七至徒も納得せざるを得ないだろうな。事実、聖属性と闇属性に関しては帝国の研究機関ですら把握できていなかった。貴様の報告を受けた後に、その二属性について研究を開始したが、現状では遅々として進んでいないと聞く。ヨハンの持つダルニスの知識は、喉から手が出るほど欲しがるだろう」
「特に〝翁〟は、熱烈に欲しがりそうですねぇ」
「同時に、私以上に貴様を七至徒第七位に推挙してくれるだろうな。……まったく、〝翁〟を取り込むつもりでいたとは、本当に抜け目のない奴だ。〝翁〟の位階は第五位だが、積み上げた功績は私の代わりに第二位を務めていてもおかしくないほどに大きい。発言力という点では、第一位に匹敵すると言っても過言ではないほどにな」
「そのくせ、出世とかどうでもいいから魔法研究の資金と施設をよこせって言っちゃう、お爺ちゃんですからねぇ。それでも第五位に収まっちゃってるのが〝翁〟の凄いところでもあるんですけど。まぁ、狂いっぷりも、わたしなんか目じゃないくらいに凄いですけどね」
楽しげに嗤うクオンを前に、シエットは睨むように、少しだけ目を細める。
「貴様が、かつてないほど本気で事に当たっていたことはわかった。が、だからこそ解せん。貴様がもともと本気で七至徒入りを目指していることは知っていたが、それを差し引いても、此度の貴様はあまりにも本気がすぎる。まるで、何か他に理由があるのではないかと思えるほどにな」
「シエットさんも、おかしなこと言いますねぇ。今回の任務で七至徒入りが決まるんだから、本気の本気で事に当たるのは当然じゃないですか」
「確かにその通りだが、貴様がそんな当たり前の理由で本気を出すとは到底思えん」
しばらく沈黙が下りるも、根負けしたようにクオンは口を開いた。
「も~う、わかりましたよぉ。言えばいいんでしょ。言えば。けど、〝何か他に〟ってほどの理由じゃないですよ?」
「構わん。話せ」
クオンはわざとらしく肩をすくめた後、面倒くさそうに答える。
「七至徒になっちゃえば、『ナンバー90』だの『90番』だの、番号で呼ばれることがなくなるじゃないですか。実を言うと辟易してたんですよね。そんな呼び方されるの。だから今回の任務で功績を挙げて、さっさと七至徒になっておきたかったんですよ」
不意に、シエットが得心したように片眉を上げる。
「なるほど。《終末を招く者》の養成施設から上がってきた者は番号で呼ばれるのが常だが、七至徒になれば好きな名前を名乗ることを許される。その人間の身内も含めて」
最後の言葉を聞いた瞬間、クオンの顔に貼り付いていた嗤みが消え、代わりに諦めたようなため息が漏れる。
「さすがに、シエットさんにはバレちゃいますか」
「私でなくてもわかる人間はわかるだろうな。普段はトチ狂いすぎて何を考えているのかまるでわからないが、〝妹〟のことに関してだけは、ひどくわかりやすくなるからな」
「しょうがないじゃないですか。〝妹〟の存在そのものが、わたしの生きる理由そのものなのですから」
「……そうだったな」
急に静かにされたらそれはそれで落ち着かないのか、シエットは話題を変えるようにクオンに訊ねる。
「ところで、七至徒になった暁には、貴様はどういう名前を名乗るつもりだ?」
「もちろん『クオン・スカーレット』を名乗らせていただきますよ。外向きには、ずっとこの名前を使ってましたし、なにより〝妹〟と一緒に考えた名前ですからね。それに、七至徒になってまで潜入任務はさすがに回ってこないでしょうから、『クオン』のままでも支障はないでしょうし。それに……」
クオンの顔に、嗤顔が舞い戻る。
禍々しさすら覚えるほどに、狂気に充ち満ちた嗤顔が。
「他の名前を名乗ってしまったら、ヨハンの耳に、わたしの悪名が届かなくなってしまいますからねぇ」
「……本当に、その壊れた性格さえどうにかしてくれれば言うことはないのだがな」
クオンが調子を取り戻したことに安堵しているのか、それとも相も変わらぬクオンの狂いっぷりに呆れているのか、シエットの口から吐き出されたため息は、今宵最も深いものになっていた。
◇ ◇ ◇
城の中を駆けずり回り、自分以外の生き残りがいないことを確認したヨハンは、玄関広間に戻り、その辺に落ちていた瓦礫の破片を拾って、床に魔法陣を描き始める。
血が滲むほどに破片を握りながら。
血涙が滲むほどに、双眸に怒りと哀しみを湛えながら。
やがて魔法陣を描き終え、陣に向かって起動の呪文を唱える。
「炎よ、我が陣に宿れ」
魔法陣に炎が迸り、不可視の魔導経路を通じて、ヨハンは魔法陣に魔力を注ぎ込む。充分に魔力を注ぎ込んだところで、そっと瞳を閉じ、セルヌント公をはじめとする《終末を招く者》に殺された者たちに黙祷を捧げる。
一分間祈りを捧げた後、ヨハンはゆっくりと瞼を上げ、
「このような形でしか弔えないこと、どうかお許しください」
玉座の間のある方角に向かって深々と頭を下げた後、一語一語噛み締めるように呪文を唱えた。
「全てを焼滅せし獄炎よ、我が呼び声に応え、万象余さず焼き尽くせ――〝ルイーナイグニス〟」
刹那、魔法陣から幾十に及ぶ炎の波動が迸る。
炎の波動は蛇のようにうねりながらその身に触れた全ての物体を炎に包み、焼滅させていく。
荘厳質素なヌアーク城が瞬く間に火の海と化し、術者であるヨハンを除いた悉くを焼き尽くしていく。
死した仲間を、護れなかった主君を、クオンとの思い出を、焼き尽くしていく。
せめてこれが弔いの焔になってくれれば……心の底からそう願いながら、もう一度だけ黙祷を捧げる。
最後の祈りを捧げたヨハンはゆっくりと目を開き、数多の未練を断ち切るように踵を返し、城を後にする。
その目にはもう、哀悼の光は映っていなかった。城を焼く紅よりも激しい、この世の全てを焦がす憎悪の炎だけが映し出されていた。
全てを失った。
かけがえのない思い出が詰まった故郷を。
崇敬していた主君を。
ともに切磋琢磨してきた仲間を。
そして、
恋人さえも、失った。
「復讐してやる……」
僕から全てを奪った《終末を招く者》に。
「復讐してやる……!」
全てを失う元凶となったクオンに。
復讐してやる。
復讐してやる!
復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる復讐してやる!!
僕を騙し、僕から全てを奪ったクオンに復讐してやるッ!!
「許さない! クオンだけは……クオンだけは絶対にッ!!」





