第26話 リョウタとマイ
「なんて・・・酷い事を・・・」
目の前の惨状を見たマイは、そう呟いた。
彼女も、ジョークやマサキ達が見たのと同じような光景を目の当たりにしている。
もちろん、マイだって人が死んでいる姿に耐性があるわけではない。
身体が震え出しそうになり、口の中に甘酸っぱさを感じながらも、何とか堪えているだけである。
そしてリョウタも、あまりの光景に大声で叫び出したいのを我慢している。
普段強がっているリョウタは、予期せぬ事態や逆境などに弱いのだが、それを見せたくないという気持ちが普段の行動に表れているだけだったのだ。
「・・・行こうぜ、姫木。こんな胸クソ悪いこと、さっさと終らせねえと」
「・・・うん」
リョウタは、内心ではかなり動揺している所を見せないようにするため、そして自分自身に言い聞かせる為にそう言った。
リョウタの言葉に、マイも泣き出しそうになりながらもグッと我慢して先へと進む。
下位悪魔の気配が徐々に近づいてきた。
そして、その姿が確認出来る所まで近づくと・・・
「ぎゃああああああ」
今正に、1人の市民が下位悪魔に引き裂かれた所だった。
それを見たリョウタは・・・
「くそったれがあああああああ!!!」
と、叫びながら下位悪魔へと向かって行った。
「えっ!?ちょ、ちょっと待って!!」
マイはリョウタに声をかけるが、リョウタの耳には入らない。
今見えている下位悪魔は2体。
しかしマイには、すぐ近くに他の下位悪魔の気配を感じていたのだ。
しかし、頭に血が上っているリョウタは、それに気付いていなかった。
リョウタは全速力で駆けた為、下位悪魔はまだリョウタの接近に気付いていない。
それを好機とみたリョウタは、下位悪魔に全力で斬りかかる。
リョウタが間近に迫った所でようやく下位悪魔は気がつき、一瞬慌てた表情を浮かべていた。
時既に遅い!と、思いながら下位悪魔を力任せに斬りつけた。
リョウタは、(よし、やった!1体は片付けたぞ!)と内心喜んでいたのだが・・・
しかし、リョウタは忘れている。
悪魔族には物理攻撃耐性があるという事。
物理攻撃で倒そうとするのであれば力任せではなく、致命傷を負わせることが出来るほどの技量が必要なのである。
それを補うために武器に魔力を纏わせる必要があるのだが、頭に血が上っていたことで忘れてしまっている。
勇者達が下位悪魔を力でごり押し出来るとジョークが考えていたのも、魔力を纏って戦う事を前提としていた。
リョウタの攻撃を食らった下位悪魔は少し深めの傷を負ったものの、徐々に回復している様子が見られた。
しかも痛覚にも耐性があるため、リョウタをギロリと睨み付けると深傷など意にも介さず鋭い爪で襲いかかっていった。
リョウタは迫り来る攻撃を何とか躱し、下位悪魔を斬りつけようとする。
しかし、もう一体の下位悪魔がリョウタに向かって魔法を放っていた。
それに気がついたリョウタは、なんとかギリギリの所で避ける。
すかさず魔法を撃ってきた下位悪魔に斬りかかったのだが躱されてしまい、かすり傷しか負わせることが出来ない。
2対1の状況となり、激しく攻防を繰り返す。
相手は2体とはいえ、いくらリョウタでも正面から下位悪魔に遅れをとることはない。
しかし、リョウタは下位悪魔を倒しきることが出来ずに、攻めあぐねているのが現状だ。
それでも下位悪魔へと攻撃を仕掛けようとした所、リョウタの背後から迫り来る陰があった。
それは、マイが感じていた別の場所にいた下位悪魔である。
戦闘の気配を感じて、加勢に来たのであった。
リョウタは目の前の下位悪魔に集中している為、その存在に気付いていない。
そして、リョウタの背後に徐々に近づいた下位悪魔は、一気に襲いかかろうとした。
のだが・・・
「ギャアアアアア!!」
と、叫び声を上げていた。
リョウタは一瞬ビクッっとなり、すぐに後ろを振り返る。
すると、リョウタの目に入ってきたのはマイの背中と、一刀両断にされて黒い霧となり消えていく下位悪魔であった。
「田中君!!怒る気持ちと焦る気持ちは分かるけど、もっと冷静になって!!」
マイは振り返るとリョウタに向かって、そう一喝する。
そう言うマイも、実のところは怒りや悲しみ焦りや動揺などの感情に捕われてはいた。
しかし誰かが先に感情的になると、意外と自分は落ち着けたりするものである。
そのおかげでマイは少しだけ冷静さを取り戻し、ジョークに言われたことをしっかりと思い出していたのである。
常に周りに気を配れ、悪魔に情けをかけるな、そして常日頃に言われていた冷静さを欠くなと言う事を。
だから、リョウタが駆け出していったときに、周りを感知する事で他の下位悪魔の気配を感じ取り、その悪魔がリョウタへと向かって行くのがわかると、剣に魔力を纏わせて躊躇せずに悪魔を屠ったのである。
「ジョーク君に言われてたでしょう!?魔力を纏って戦わないと攻撃が軽減されるって!」
「あ、ああ。そうだ・・・そうだったな!」
「私が残りの悪魔を引きつけておくから、その間に魔力を纏って!!まだこっちに別の2体が近づいて来てるから、早く!!」
「わかった!」
リョウタに対してマイは、気丈に振る舞っていた。
しかし、内心では全く違う。
本当は怖くて仕方がない。
この場から逃げ出したくて仕方がない。
本音では下位悪魔とは言え、2体を同時に相手にして勝てる自信などない。
周りで横たわる人を見て、次は自分かもしれないとさえ思っている。
でも、弱音を吐いたり弱気になったりしている場合ではない。
悪魔を倒せなくても、逃げ回ることは可能だろうと考える。
だから少しでも時間を稼いで、リョウタが魔力を纏って戦闘に参加してくれれば、こちらの方が圧倒的に有利になる。
そう考えたマイは、最善の行動を取ったというだけなのである。
マイは下位悪魔の気をリョウタから逸らすために、剣を構えながら向かって行く。
そして、手前にいた下位悪魔へ斬りつける。
しかしそれは、難なく避けられる。
だがマイにとっては、倒せるなら倒したかったというのが本音だが、避けられることは想定済みである。
従って、それを気に止めることなく、もう1体の下位悪魔へと向かって行き、同じように斬りつける。
それも下位悪魔には躱されてしまうが、これで2体の悪魔はマイを攻撃対象と見做した為、マイの目論見は成功したことになる。
そして攻撃を捨て完全に防御へと徹したマイは、ある意味で圧巻だった。
魔力感知をフル活用し、目の前の2体の下位悪魔の動きを完全に捉え、さらには周囲の気配すら完全に把握している。
そのため、下位悪魔はマイにかすり傷一つ付けることが出来ない。
これはマイが攻撃を考えていない事で、余計な事を考えずに集中したから出来たことである。
もし攻撃をする事も考えていたら、注意力が散漫になり隙が生まれていた可能性があった。
それは本人すら気がついていない事であったが、結果として彼女の能力が一段階上がる事へと繋がったのである。
下位悪魔はマイに対し執拗に攻撃を繰り返しているが、一向に当たる気配がなく焦りが見られたのだが、次の瞬間にはニヤリとした。
マイの背後から、別の2体の下位悪魔が接近していたからだ。
しかし、今のマイには死角はない。
背後から迫り来る2体の下位悪魔の攻撃を、後ろを振り返る事なく難なく躱していく。
その事に驚きを隠せない下位悪魔だが、4対1と完全なる数的優位に立った事で、余裕の表情を取り戻していた。
だが、集中しているマイに焦る様子は見られない。
再び、1体の下位悪魔がマイへと襲いかかった。
それに対しマイは、全く動こうとも避けようともしない。
そして、マイに攻撃が届く直前。
下位悪魔の身体が斜めから2つに別れて、黒い霧となって消滅した。
「悪い、待たせたな!」
リョウタが魔力を纏い終え、下位悪魔を斬りつけていたのである。
マイは、リョウタの準備が整った事も下位悪魔に斬りかかっていく事も、全て感知済みだった。
だから焦る事もなく、自分が囮となって下位悪魔を引き付けたのである。
「ふぅ・・・本当だよ。今度からは、もうちょっと冷静にお願いね」
「ああ、すまなかった。じゃあ、反撃開始しようぜ!」
リョウタが加わった事で、防御に徹していたマイも攻撃に転じる。
すると先程までが嘘のように優勢になり、あっという間に下位悪魔を消滅させていた。
万全でさえあれば2人の能力からすると、残りの3体の下位悪魔を倒す事など簡単な作業でしかなかったのだ。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
マイとリョウタも、マサキ達と同じように亡くなった人達へ手を合わせたあと、次の場所へと向かっていた。
「俺・・・異世界に来て、有り得ない能力を得て、勇者と呼ばれ・・・少し浮かれ過ぎてたな・・・」
「そう・・・だね・・・私も、戦う事を決意したのはいいけど、やっぱり軽く考えていたみたい・・・」
「早く全て終らせて、こんな世界・・・さっさとおさらばしようぜ」
「う・・・うん・・・」
マイもリョウタとは同じ気持ちである。
しかし現実として、自分の知らなかった別の世界があり、ここでは皆生きるために戦っている。
そして、自分には戦う力がある。
それなのに自分が嫌だからといって、自分達の世界に帰るのは逃げるようだと感じ、少しだけ引け目を感じていた。
それでも、今はやるべき事がある。
だから前を向かないといけないのだと考え、大きく頭を振った。
そして顔を上げたマイの目はしっかりと前を見据え、力強さが溢れていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
勇者4人のイメージはRPGで考えると
性別選択する男勇者:マサキ、女勇者:マイ(オールマイティ型)
リョウタ:戦士(最前線・タンク役)
ユウコ:魔道士(後方支援)
です。
あくまでイメージなので、細かい部分は異なります。
少し重い話が続いていますが、
このまま続きも読んでいただけると嬉しいです。




