幕間 ある女性の憂鬱
今回は、かなりショートです。
「はあ・・・・・」
赤髪の女性が剣を持った右手を垂れ下げ、溜息を吐きながらとぼとぼと歩いている。
彼女の通った後には、元々は魔物だったと思われる幾つもの残骸が転がっていた。
「あれは重傷だな・・・」
「それは仕方ないんじゃないか?」
「そうね。私もスペードのAの気持ちもわかるわ。だって、私もジョークが居なくなって寂しいもの」
赤髪の女性はスペードのAであり、その後ろを歩いている数字付き3人が、ひそひそと話していた。
今回はこの4人で任務に当たっている。
ジョークが居なくなってからアンリはずっと気落ちしているため、気晴らしをさせるために総帥が特定の魔物討伐の任務を与えたのだが、アンリは立ち直るどころか更に気が沈んでいたのだった。
「・・・というかさ、これなら今回の任務に俺達は必要なくないか?」
ナンバーズの1人が、率直な気持ちを口にした。
彼がそう思うのも仕方がないだろう。
なぜならアンリは、肩を落としながらも次々と迫ってくる魔物に対し、そちらを見る事もなく全て討ち取っているからだ。
「多分だけど、私達の役目は魔物の討伐じゃなくて、アンリが暴走しないように見張るためでしょ」
「ああ、そういう事か」
「だろうな・・・だけどアンリが暴走したら、俺達じゃ止められないぜ?」
「まあ、その通りだけどね・・・」
彼らの言う通り、普段ならまだしも――いや、普段でも暴走はするのだが――今のアンリの精神状態では何をするかわからない。
その為に、ナンバーズ3人をアンリのお目付役として同じ任務に付けたのだ。
ただ、やはり彼らの言うように、“トランプ”の文字付き・・・特にAクラスの者を相手では、いくらナンバーズが束になっても敵わないほどの実力差があるのだ。
そんな事は、総帥は百も承知である。
従って彼らには、アンリが暴走した時の足止め役と“トランプ”への報告役を、暗黙の了解として担わせていたのである。
「はあ・・・ジョーク成分が足りない・・・ジョークが居る時に、一緒に居る時間が少なすぎたんだ・・・」
あれでもか!?
と、ナンバーズの3人は同時に思った。
というのも3人の記憶では、アンリ、クリス、ジュリー、アリスは暇さえあればジョークを構っていたはずだからである。
ただ、どちらにしてもあれ以上は、ジョークが可哀想だから止めた方がいいとは思うものの、それを直接言った所で理解させるのは無理だろうとも思っている。
彼らは彼らで、やはりジョークを可愛い弟と思って居るため、たまにはジョークと一緒に過ごす事があった。
その時にジョークが、「あいつらの気持ちは嬉しいんだが、少しくらいは放って置いてくれてもいいのに・・・」と嘆いていたのを聞いていたのだ。
とはいえ、アンリは人の意見を聞くような性格ではない事がわかっているため、3人はそれを口にする事はせずに黙ってアンリの動向を見守っている。
アンリはブツブツ言いながらも、1人先へと進んでいく。
この先に、討伐対象である魔物・キマイラがいる。
キマイラはかなり危険な魔物である。
キマイラのやっかいな点は単純に強いというのもあるが、それ以上にキマイラの持つ魔力によって弱い魔物を引き寄せ屈服させる事で、自分の手駒として扱う事が出来る事だ。
それだけやっかいな魔物であるため、普通であればキマイラ討伐には軍を動かす必要がある。
しかし、“トランプ”であればナンバーズだけで充分に事足りる。
従って本来ならアンリを除いて、今この場にいる3人だけで討伐する予定であった。
だが、先に述べた理由によって、今回はアンリに任務を任せている。
そして、先程までアンリが倒していた魔物は、キマイラが引き寄せた魔物であった。
アンリが未だに項垂れているが、その状態のまま魔物を倒しながら進んでいくと、一際巨大な魔物・キマイラが姿を現した。
キマイラは徐々に近づいて来るアンリに敵意をむき出し、「キシャー!!」と威嚇をしている。
更には風魔法の暴風気流でアンリを吹っ飛ばそうとしたり、口から火炎球を吐き出して燃やそうとしたりしていた。
しかしアンリは平然として、その中を歩いて近づいていく。
全く動じた様子もない。
いや、動じないというよりも、気落ちしている彼女にとっては、キマイラやその攻撃など正直どうでもいいのである。
キマイラの風魔法や火炎球も、彼女の防御膜を突破出来ない程度であり、警戒する必要すらないというのも理由の一つ。
どんなに威嚇や殺気を向け魔法や火炎球を放とうとも構わず近づいて来るアンリに対して、キマイラが怒りのまま飛びかかっていった。
そして、鋭い爪でアンリを引き裂こうと振りかざした瞬間・・・
キマイラの動きがピタッと止まる。
そして、少しずつゆっくりとキマイラが縦に半分から割れていった。
何が起こったのかというと、何のことはない。
ただ単にアンリが、剣を持ちダラリと垂れ下げていた右手を振り上げただけである。
たったそれだけで、危険な魔物であるキマイラを屠ったのである。
そして、キマイラなど最初から気にもかけていなかったアンリは・・・
「・・・そっか・・・そうだよ!そうだよなぁ!!」
と、キマイラを瞬殺すると同時に、急に何かを閃いたらしくウンウンと頷いている。
ナンバーズの3人には、アンリが何を思いついたのかはわからない。
むしろ寂しさに耐えかねて、とうとう頭がいかれたか?と失礼な事を考えていたくらいだ。
そしてアンリがクルッと振り返り、ナンバーズの3人を見るや否や。
「私はこれから準備をしなくちゃならない。後は宜しく!!」
そう言い残し、ダッという駆け出した音と共に一瞬で姿を消していた。
あまりに一瞬の事で、呆然とする3人。
「・・・どうする?」
「・・・どうするったって、アンリが本気で走ったら俺達じゃ追いつけるわけがない」
「・・・とりあえず、総帥に報告する事だけはしておきましょ」
もう今更アンリの後を追う事は不可能だと考えた3人は、後は総帥の判断に委ねるとばかりに投げ出した。
そして・・・
「「「・・・・・はぁ」」」
今度は3人が溜息を吐くはめになったのだった。
その頃のクリスとアリスも任務にかり出されていたが、アンリと同様に意気消沈していたのは言うまでもない事である・・・
お読み頂きありがとうございます。
登場人物が多くなってきているので、
今回は特に重要ではないためナンバーズを特定していません。




