第21話 勧誘されるJ
思った以上にダンジョンに時間が掛かったものの、全員が無事に生還した。
一応、担任であり騎士でもあるセリシアには、事の顛末をかいつまんで説明しておいた。
巨大なスライムが現れたと言う事に驚きを隠せず、どうやって倒したのかをしきりに聞いてきたので、勇者達は魔力を纏った戦い方を覚えて倒したと告げてある。
やはりセリシアでも、巨大なスライムを相手にするのは厳しいのだろう。
というか、普通に考えると無茶な話なのだ。
物理攻撃をするのなら、最低でも魔力を纏う事が出来なければならない。
さらに、スライムを消滅させる事が出来るほどの魔法が使えなければならない。
スライムと戦うには、最低でもこの2点は必要である。
ただ、どちらも簡単に出来る事ではない。
そのため勇者達に対して、感心すると同時に無事だった事に安堵感を抱いたようだ。
セリシアには、勇者達に魔力を纏わせて戦う訓練させたりするなど、今後の事を考えると隠しておく事は出来ないため、これについては正直に話す他なかった。
とはいえ、セリシアのポンコツ具合を見る限り、あまり重要な事を伝える事は出来ないため、隠すべき部分は隠して伝えておいた。
そして翌日。
あんな事があろうとも、今日も今日とて普通に授業が行われている。
とりあえず今の段階では、魔力を纏わせるのは勇者達各自で訓練してもらう事にして、自力を付けるべく武器のみで俺と手合わせをしている。
マサキ、リョウタとはすでに終わり、今はマイと手合わせをしているのだが・・・
視線を感じるな・・・
それはセリシアのものではない。
いや、もちろんセリシアからも視線は感じてはいるのだが、それとは別のものである。
そして、その視線を感じながらもマイの相手をしていると、その相手は徐々に近づいて来た。
「マイ、ちょっと待ってくれるか?」
「え、なに?どうしたの?」
俺が一旦手を止めると、マイはキョトンとした顔をしていた。
一つの事に集中すると他が疎かになるようではまだまだだなとマイに感じながらも、俺は近づいて来る相手に振り返る。
そして・・・
「何の用か知らんが、手合わせの途中に近づいて来るとは、マナーがなってないんじゃないか?」
と、俺はその相手に向かって、わざと苛ついたように見せて声を投げかける。
そこで初めて、マイも誰かが近づいてきた事に気がついたようだ。
俺が苛ついた様に見せたのにも訳がある。
実際、訓練であれ実戦であれ、誰かが戦っている所に不用意に近づくような愚か者はいない。
どちらかの味方で加勢しようとしているならまだしも、第三者が近づくという行為は戦いの邪魔にしかならない。
それが訓練なら多少は許されたとしても、戦場であれば敵と見做され即座に殺されてもおかしくはないほど。
むしろ、それが暗黙の了解となっていると言っても過言ではないくらいだ。
それをわかった上での事か?という意味を含めていた。
「そうか?それは、すまなかったな」
その相手・男は悪びれた様子も無く、事も無げにそう言った。
口では謝りつつも、本気で悪いとは思っていないのがわかる。
なるほど。
こいつは自分に余程の自信があるために、他人の事にあまり感心を持っていないといった所か。
俺の言った事の本当の意味も理解していない。
というよりも、理解するつもりもないのだろう。
ただ、だからと言って、先の理由で戦いの最中に割って入るなど、許される事ではないのだが。
これが“トランプ”内での事だったら、戦いの邪魔をするなと有無も言わさず粛正されている。
戦いが好きな“トランプ”の連中からすると、戦いの邪魔をするという事は死に等しい行為なのだ。
まあ、そんな事はおいといて、俺は目の前の男に話しかける。
「俺達の手合わせの邪魔をしたんだ。それなりの理由があるんだろうな?」
俺がギロリと睨み付けると、男はそれすらも意に介さず口を開く。
「・・・その前に確認するが、お前がジョークでお前達が勇者で間違いないな?」
俺の言葉を無視するように、俺と周りに近寄ってきていた勇者達に向かって話しかけてくる。
「そ・・・」
「とことん礼儀のない奴だな。人に尋ねる前に、お前から名乗るのが道理だろう。それが出来ないような奴に俺達が答える必要はないし、お前との会話に付き合う理由もない」
つい、マサキが「そうだけど」と答えそうになったのを、俺はすぐに手で制止して男に語りかける。
相手が自分の事を話さないのに、一方的にこちらの情報を与えてやるなど有り得ない。
もちろん、目の前の男はこちらの事を知っている上で確認しているのだろうけど・・・それでもだ。
マサキ達には、もう少し相手の腹を探る術を身につけさせないといけないな。
「・・・俺はブラックだ。これで満足か?」
男は憮然とした態度でブラックだと名乗った。
やはりこいつがブラックか。
セリシアから聞いていた、武力派組織スペリオルのトップで間違いないな。
「満足?・・・どうもお前は勘違いしているようだが、俺達に用があるのはお前であって、俺達にはお前に用はない。そこをよく考えて発言するんだな」
俺はブラックに対して、最初からトゲのある言葉と態度で接している。
勇者達の貴重な訓練の時間を割いてまで、こいつの相手をする必要はない、と考えているもの理由の一つ。
それよりも、ブラックが近づいてきた時から正体については感づいていたので、少し試しているという意味合いの方が強い。
何しろ武力派組織であるのだから、こちらが相手の気に入らない態度を取った時に、どういう行動を起こすのか。
それを見極めたかったからである。
とはいえ、俺の言っている事は全て正論であり、何が起ころうともこちらに非は無いのである。
さて、どうでるか・・・
「・・・・・ふっ、確かにお前の言う通りだな。俺が間違っていたようだ」
お、意外にも素直だな。
鼻で笑いながらも、自分の非は素直に認めたようだ。
「わかったならそれでいい。・・・俺達の事は確認しなくても知っているのだろう?だったら、さっさと本題に入ってくれないか?」
ブラックが俺の言う事を理解したとはいえ、俺達の情報を自ら進んで与えてやるつもりはない。
何しろ、何が目的かわからない・・・いや、わかっているからこそだ。
どちらにしろ、初対面で信用を確立していない相手に情報を与えないというのは鉄則だしな。
「・・・まあ、いいだろう。・・・俺は生徒会とは対を為す、学生組織スペリオルを纏めている」
さすがに、自分達で武力派組織だとは言わないんだな。
まあ、いきなり武力派組織なんて言ってしまえば、相手に警戒心を与えてしまうからなのだろう。
「そこで、単刀直入に言う。・・・我がスペリオルに所属しろ。お前達には入る資格があるのは間違いない」
やはり、思っていた通り勧誘に来たわけだ。
「・・・・・入る資格だと?それに、俺達がスペリオルに所属するメリットは何だ?」
もちろんわかってはいるが、自分の持つ情報に間違いがないか、相手から直接聞き出す必要がある。
「俺達スペリオルは、戦闘のスペシャリストが集まっている組織だ。だから条件としては一つ。戦闘能力に長けている事が必要である。しかし見たところ、お前達はその条件をクリアしているだろう」
物は言いようだな。
戦闘のスペシャリストと言えば、聞こえはいい。
まあ案外、本人は本気でそう思っているのかもしれないが。
「スペリオルは強者の集まりだ。互いが常に相手より強くあろうとするため、戦闘に事欠かない。だからお前達も更なる高みを目指せるのだ」
それが俺達の利点と言う事だな。
確かに勇者達を鍛えようとするのであれば、戦闘経験の乏しい彼らに色んな相手をさせるのも悪くはない。
「なるほど。お前の言う資格と、俺達のメリットは理解した」
俺がそう言うと、ブラックは俺達が入る事は間違いないと考え口を開く。
「そうか、だったら・・・」
「しかし、答えはノーだ」
俺はブラックの言葉を最後まで聞く事なく、スペリオルには入らないと告げる。
「・・・なぜだ?理由を聞かせてくれるか?」
「俺が聞かなかったからというのもあるだろうが、そもそもお前はまだ肝心な事を言っていない。・・・俺達がスペリオルに所属したとして、その後は?お前達は俺達に何をさせるつもりだ?」
そう、ブラックは俺達が入る条件と利点は言ったが、スペリオルの活動そのものについては触れていない。
まさか、皆で一緒に強くるために頑張ろう!だけで終るはずがない。
それなら、スペリオルという組織など作る必要がないからだ。
組織を作るからには、必ず何かしらの理由が存在するはずである。
「俺達は来たるべき時の為に、強くなろうとする集団にすぎん」
「・・・ふーん、そうか。まあ、それならそれで構わない。だが、どちらにしろ答えはノーだ」
来たるべき時が何を指しているのか。
そして、その時に何をさせるつもりなのか。
それが重要なのだが、そこは濁すつもりらしい。
まあ詳しく聞いた所で、俺達がスペリオルに所属する事によって行動に制限をかけられる可能性がある以上、入る意味などはない。
だからブラックの話を聞く以前に・・・生徒会長から話を聞いていた時点で――彼には入るかどうか濁しておきながらも――答えは最初からノーしかないのだ。
とはいえ、俺はブラックが接触してくるのをずっと待っていた。
その目的は、必ず勧誘に来るであろうブラックを、直接視て彼の言葉を聞く。
ただ、それだけの為に。
「それで・・・勧誘を断った俺達をどうする?俺達に制裁を加えるか?」
「・・・・・」
俺はわざと噂の事を持ち出し、揺さぶりをかけてみる。
「ふぅ・・・お前も人が悪いな。スペリオルの事について、噂はもちろんだろうが、ある程度は調べ上げていたんだな?」
「人が悪いとは心外だな。いかにして自分の持つ情報を与えずに相手の情報を引き出すか。そんなの当たり前の事だろう?現に、お前だってそれをやろうとしていただろうが」
特に初対面の・・・信用のおけない相手に対してはなおさらである。
だからこそ事前に情報を仕入れている事も、バカ正直に話す必要などない。
俺に人が悪いと言っておきながら、ブラックだって同じ事をやっている。
自分やスペリオルの事について出来るだけ伏せながら。自分の都合のいいように誘導しようとしていたのだから。
「・・・・確かにそうだな。それについて否定はしない」
やはりブラックは素直であり、思っていたよりも温厚なようだ。
自分の非は認め、俺のトゲのある言葉に対しても苛立つ様子は見られなかった。
それでも再度確認をする。
「それで、もう一度聞くが・・・入るのを断った俺達を排除するつもりか?」
そう聞きいたものの、ブラックの答えはおそらく・・・
「いや、そんな事をするつもりはない」
・・・だろうな。
「確かに生徒会とは対立しているし、力が正義と掲げている。だからといって、俺達に与しないものを排除しようとしたり、弱いものを無理に虐げたりするつもりはない。・・・ただ、そいつらに力を貸したり、助けたりするつもりがないのは間違いないけどな」
武力派組織である事は間違いないのだろうが、ブラック自体はそこまで過激ではないようだ。
とはいえ、油断出来ないのは変わらない。
ブラックが100%信用出来るわけではないし、彼の言っている事が本当だとしても、スペリオル全員が同じ事を考えているとは限らないのだ。
注意を心がけておくに越した事はないだろう。
「そうか、それならいい。ただ、俺達を害しようとする者がいたら、容赦するつもりはないとだけ告げておく」
俺はブラックの目をまっすぐに見つめながら、きっちりと釘を刺しておく。
俺の言葉にブラックは思う所があったようだが、一拍の間を置いてから「わかった」とだけ答えた。
「断られはしたが、お前達に所属して欲しいのは変わらない。だから、お前達がスペリオルに入りたいと心変わりした時には、俺も心から歓迎しよう。ただその時には、他の者に力を示すために俺と戦ってもらう事になるがな」
それが、気に入らない相手を潰すという噂の元になっているという事だな。
まあ、本人はそこまで噂を気にしていないようだが。
「ああ、心変わりする事はないと思うが、その時はお手柔らかに頼む」
全くその気はないが、一応社交辞令として返しておく。
お手柔らかにとは言ったが、ブラックが本気を出したとしても、今の勇者達なら遅れをとる事はないだろう。
だからそれ以上に、「ほどほどしておけよ」という意味を込めている。
ブラックが俺の言葉の真意を理解したかどうかはわからないが、これ以上の交渉は無駄だと悟ったのだろう。
フッと笑みを浮かべながら「また来る」と言って去って行った。
「ねえ、ジョーク君・・・大丈夫なの?」
ブラックの姿が見えなくなった所で、マイが俺に問い掛けてくる。
マイが心配しているのは、武力派組織がちょっかいをかけて来ないかどうかだろう。
「ああ、大丈夫だ」
それに関してはおそらく心配はない。
なぜならば・・・
「最悪、あいつらが襲ってきたとしても、今のお前達なら問題無い。ブラックを基準に考えれば、スペリオルの連中はお前達だけで対処する事が出来る。ブラックがスペリオルの中で一番強いという事が前提になるけどな。でもまあ、奴が一番なのは間違いないだろう」
「そう・・・なんだ?」
「それ以前に、そんな心配をする必要もなさそうだしな」
「え?それはどうして?」
「俺達に何もしないと言ったブラックの言葉に嘘はないからだ。もちろん、奴の気が変わるかもしれないし、他の連中が来るかもしれないから、用心だけは怠らないようにしておけよ」
「う、うん・・・なんだかよくわからないけど、わかったよ」
ブラックとのあの程度のやりとりで、俺がそこまで導き出したのがわからないのだろうな。
そりゃそうだろう。
俺が視ているのは、普通の者とは違うものなのだから。
別に見え方が違うとかそういう話ではなく、相手の強さや魔力、言葉、内面など、あらゆる点から全てを感じ取るという意味である。
従って、俺を前にして俺を謀る事など出来はしない。
まあ、俺に限った事じゃなくて“トランプ”のメンバーなら、誰もが出来る事だけどな。
そうじゃなければ“トランプ”の仕事なんて、とてもじゃないが出来はしない。
なぜなら、任務先や依頼主からの欺しなんかは当たり前の様にあるからだ。
必然的に、相手を見抜く術を身につけざるを得ないのだ。
まあ、それはそれとして・・・
今後、ブラック達スペリオルに対してだが・・・
「とりあえず、必要以上に心配する事はないと思うが、用心しながらも・・・当面は放置だな」
と、俺がマイに向かってそこまで言った瞬間に、ハッとした。
「・・・ジョークお得意の放置プレイ・・・開始」
うっがあああああああああ!!
違う!!それは絶対に違うぞ!!
ジュリーは当然のように、なぜそこだけに反応するんだ!!
俺が、頭の中でそう嘆いている間にも・・・
「え?ジョーク君って、放置プレイが得意なの?」
「そう、ジョークの大好物」
ちっげええええええええ!!
マイ!!
純粋な目で変な事を聞くんじゃない!!
そして大好物なのは、むしろジュリーだろが!!
い、いや、それもおかしいが・・・
「ねえねえ、ジュリー・・・それってぇ、どんなプレイなのぉ?」
おいこら、ユウコ!!
そんな事聞くな!!
「ジョークの焦らしプレイ」
そして、答えるな!!
「きゃ~!!やばい、それ、やばいっしょ!!想像したら興奮しちゃうよぉ!ねえ、マ・リ・ア?」
「え!?あっ、わ、私ですか!?い、いえ、そんな事は・・・ない・・・事も・・・ないような・・・」
困るなマリア!!
はっきりと否定しろ!!
俺はいつもながら、なぜか言葉で突っ込む事が出来ず、頭の中で突っ込み続けていた。
そして段々気が遠くなっていく。
そんな中、ジュリーの話を聞いたマイ、ユウコ、マリアが集まって小さくなり、小声でコソコソと話し出していた。
「ジョーク君が・・・で・・・なの?」
「そ、そんな・・・ジョークさんが・・・を・・・するなんて」
「・・・・したジョークが・・・で・・・して・・・」
「でも・・・・・・・・・・よ!」
「そんな・・・・・・・・・です」
「いやいや・・・・・・・じゃん!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
放心状態と化してきた俺には所々聞こえなくなり、最終的には音が何も聞こえなくなったのは言うまでもない事である・・・
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