第11話 絡まれるJ
野外授業があった翌日、移動教室のために勇者達とマリア、ジュリーと一緒に廊下を歩いていた。
リョウタも、俺から教わってもいいなどと、相変わらず自意識過剰で上目線の言い方ではあるものの、人から教わるという事を考えられるようになっただけ、少しは反省したと言えるだろう。
ただ、今まで自分勝手にやってきただけあって気恥ずかしいのか、俺達とは距離を取って付いてきている。
俺の怪我に関しては、制服を着ていればわからないだろうと、既に自分で治療したので問題ない。
それをわかっているのにジュリーが俺にべったりしているし、マイとユウコとマリアも過剰に世話を焼こうとする。
そんな状態で廊下を歩いていると、俺達の前方でこちらを見て笑いながら話している者達がいた。
「お、魔物に怯えて逃げてきた勇者様ご一行だぜ!」
「くくっ、魔物ごときに勝てないとか、本当に勇者なのかよ」
「ああ、本当だよな。俺だったら魔物から逃げる何て事は、絶対に有り得ないな」
「結局、勇者と呼ばれてるだけで、俺達の足下には及ばないんじゃねえの?」
「ははっ、言うなって!きっと、これから強い所を見せてくれるんだって」
等など。
俺は暇な奴らだなぁと、特に気にする事もない。
しかし、勇者やマリア達はそうはいかなかったようだ。
怒りというか悔しさを滲ませた顔を彼らに向けていた。
「あまり気にするな。とはいえ、そりゃあ蚊が耳元で飛んでれば鬱陶しいだろうけど、そんなの気にしても仕方が無いさ」
奴らを蚊に例えて言ったのはいいが、考えてみれば俺も耳元で飛ばれたらイライラするな。
完全に失敗の例えだったな。
とは思ったものの、勇者達とマリアは俺の言葉を聞いて一瞬キョトンとした顔をした後、なるほどと納得していた。
イラッとはするけど、必要以上に気にしても仕方ないと考えたようだ。
まあいいかと思いながらも、奴らの横を通り過ぎようとした時。
「あいつ、今なんか言ってなかったか!?」
「ああ。俺達が蚊なんだとよ!」
「つーか、あいつは勇者と王女様の腰巾着じゃね?」
「オーガの威を借るゴブリンってやつか」
「ははっ、なっさけねえな。プライドってもんがないのかねぇ?」
やれやれ、今度は俺に飛び火が来たか。
ま、どうでもいいけど・・・
って、悠長な事を考えている場合では無い。
このままでは、奴らの命も風前の灯火である。
例の如く、ジュリーの怒りが爆発寸前だ。
ジュリーの殺気がひしひしと伝わってくる。
勇者達やマリアも、魔力だけで無く殺気も感じ取れるようになってきているみたいで、ジュリーの殺気に少しびびっているようだった。
そんなジュリーを軽く引き寄せる。
「ジュリー、止めておけ。俺はこの程度の事は気にしないって、いつも言ってるだろう?」
「ジョークが気にしなくても、私が気にする!目障り!耳障り!存在する価値なし!だから消す!」
今にも殺る気満々なジュリーを見て、はあっと溜息を吐いた。
仕方が無いので、ジュリーの顔を俺の胸に招き入れるように抱きしめ、頭をポンポンと撫でる。
「はいはい、どうどう・・・落ち着けって。腹の足しにならん事はするなって」
任務でもない無駄な殺生をするなと人前で言うわけにもいかないので、腹の足しにならん事と置き換えてジュリーをあやす。
俺の胸に抱かれて頭を撫でられたジュリーは、どうやら落ち着いたようだ。
「んっ、ジョークがそこまで言うのなら・・・やめる」
ジュリーはそう言いながら、今度は俺から離れようとしなくなってしまった。
「こらっ、いい加減離れなさい!」
「いやっ」
そんな俺達を見た勇者達とマリアが訝しげな目で見てくる。
「ねえ・・・ジョークとジュリーは、本当に姉と弟の関係なの?」
「血が繋がっていないんだし、絶対怪しいよねぇ」
「ええ、こんな姉弟は一般的にもいないと思いますね・・・」
マイとユウコとマリアが俺の顔をのぞき込み、聞こえるようにコソコソと話している。
そうは言われても・・・
これが俺達の普通でもあるのだから仕方がない。
「ヒューヒュー、お暑いねぇ!」
「いいねぇ、女に慰めてもらって!」
「ああ、俺もあやかりてぇ!」
と、奴らまでくだらない事を言い始めた。
いや、女に慰めてもらうというより、俺がジュリーを宥めただけなんだけど・・・
まあ、そいつらは無視するとして・・・
「とりあえずジュリーは離れてくれ、お前達もあまり変に勘ぐってないで、さっさと移動しような」
俺はジュリーをベリッと無理矢理に引き剥がし、マイとユウコ、マリアの背中を押すようにして、次の教室へと向かおうとした。
「あ~あ、いいねえ!羨ましいわ!」
「大した実力もない上に、女とイチャイチャしてよぉ」
「真面目にやってる俺達がバカみたいだよな」
と、いつまでも言い続けている奴らに、いい加減うっとうしくなってきた俺が、そいつらに振り返る。
「なあ、お前らは何がしたいんだ?実力を示したいなら、口でなく力で示せ。女を口説きたいなら、陰でグチグチ言ってないで、真正面から口説け・・・・・ま、どっちもお前らには無理そうだな」
俺はそれだけ言うと、再び前を向いて歩き出そうとした。
すると・・・
「ああ!?お前、もう一回言ってみろ!?」
「ふざけた事をぬかしてんじゃねえぞ!!」
「勇者や王女様とお近づきになったからって、調子こくなよ!?」
はあ、面倒くさい・・・
俺もほっとけば良かったのに、何を口出してんだか・・・
「みっともないな・・・お前ら、さっき自分達でも言っていたが、何を真面目にやっているというんだ?相手を貶める術か?口汚く罵る為の話術か?・・・ここは何の学校なんだ?お前達は何をしに来ている?俺達に絡むなら、それをよく踏まえて、もっと考えてから絡んでこい」
俺が奴らを戒めようとして言ったのだが、顔を真っ赤にして怒りをむき出しにしている。
ああ、これはだめだな。
聞く耳もたず、考える脳すら無いこいつら相手なら、火に油を注いでいるだけか。
ま、それならそれで、ある意味では好都合。
「ふざけんな!お前は何様のつもりだ!?この場で粛正してやるよ!」
一番前にいた奴が、そう言いながら剣を抜こうとする。
学校にある模擬剣のように刃を潰しているのではなく、自前の真剣だろう。
が、一切抜く事が出来ない。
なぜなら俺が一瞬で詰め寄り、手の腹で剣の柄尻を抑えているからだ。
「それは止めておけよ。武器は自分を守るための道具でも、相手を脅すための道具でも無い。相手を殺すための道具なんだ。その武器を、殺される覚悟もないような奴が、そんな簡単に相手に向けるもんじゃない。本来なら殺されても文句は言えない行為だという事を、しっかり覚えておくんだな」
そいつはいくら頑張っても剣を抜く事が出来ず、更には俺が少しだけ殺気を込めてやると、悔しそうに剣から手を離した。
「そんなにやりたいなら、決闘という手段があるだろ。それを申請してこい。そしたら、勇者達とマリアがお前達の相手をしてやる」
この学園では、生徒同士の戦い自体は推奨している。
しかし、だからといってそこら中で遣り合っていれば、ただの無法地帯である。
そのため決闘制度を設けて、申請すれば学園の演習場で教師が見守る中で決闘を出来るシステムを作ったようだ。
それで俺が決闘という話をしたのだが、絡んできたこいつらだけで無く勇者達も含めて、この場にいた全員が「えっ?」という顔をしていた。
なんか変な事を言ったかな?と思っていると・・・
「それって、今の流れだとジョーク君がやるんじゃないの?」
「そうですよ!・・・それに、私もですか!?」
ああ、そういう事か。
俺がやるんじゃなくて、勇者達とマリアがやると言った事に驚いていたのか。
マイとマリアが、おかしくない!?といった表情で俺に詰め寄ってくる。
俺は2人を「まあまあ、いいから」と宥めていると。
「そ、そうだ!あれだけ偉そうな事を言っといて、怖じ気づいたのかよ!?しかも勇者の陰に隠れるとか、恥ずかしくないのか!?」
俺に剣を抜くのを止められた奴も、俺に食って掛かる。
「俺よりも・・・お前達の方こそ、あれだけいきがっておいて勇者達を相手に怖じ気づいたか?」
「っ!!」
俺の意趣返しに、相手の男子達は言葉を詰まらせる。
「まあ、そんな事はどうでもいいとして、決闘を申し込んでくれば相手をしてやるけど、そうでないなら二度と絡んでくるなよ?」
俺はそれだけ言うと、勇者達を連れてこの場から立ち去った。
まあ、あとは決闘を申し込んでくるかどうかは、あいつらの勝手だ。
とはいえ、あれだけの事を言っておきながら、申し込んでこないはずがないとは思っているが。
そう考えていると、マイが俺に話しかけてきた。
「ねえ、どういう事?なんで、あの話の流れで私達が戦う事になるの?」
確かにその疑問はもっともなのかもしれない。
しかし・・・
「いや、俺があいつらとやる意味がないからさ」
「どういう事?」
「あいつらが、俺が試験の時に相手をしたマグレス以上なら、すこしは考えなくもないけど、間違い無くマグレスよりも弱いだろうな」
「・・・ジョーク君がやらない理由はそれでいいとしても、だからと言ってなんで私達が?」
「それはマイ達やマリアにとって、いい練習になると考えたからだよ」
「私達にとっていい練習??」
マイ達は、俺の言葉にクエスチョンマークを浮かべている。
「ああ。と言う事で、あいつらが決闘を申し込んできて相手をする時には、思考加速は禁止だ」
「ちょっと待って!何が、と言う事なのか、わからないよ!?」
「そ、そうだよ!いきなり思考加速禁止と言われても、どうしたらいいのか・・・」
「うん、そうね。それに・・・そんな事をして何の意味があるの??」
俺がほとんど説明しないため、マイに続いてマサキとユウコも反論してきた。
「・・・確かに思考加速を使えば、それだけである程度の者には勝てるだろうさ。だけど、俺とやってみてわかるだろう?それだけでは勝てない者もいるって事を。そもそも本来なら思考加速は、自己を研鑽した先に使えるようになるものなんだ。だから、実力の伴っていない者が思考加速を持っていても、宝の持ち腐れとなってしまう」
「・・・・」
「それ以上に、お前達は圧倒的に経験が足りない。何よりも、対人戦となった時に相手を傷つける覚悟が出来てない。俺を相手にも、たまに躊躇う姿が見られるしな。・・・いずれ倒すべき相手である魔王は、魔人であり人型なんだ。ましてや、“トランプ”は人間だけの集団だと聞く。そんなのを相手に、躊躇した時点で確実に殺される事になる」
俺がそう言うと、勇者達は大人しくなり下を向いていた。
「マリアも、思考加速に関して以外は同じ理由だな。それと上に立つ者として、自分達を守ってくれる者が、どんな思いで人や魔物を斬っているのか、なるべく多く経験し理解しておいた方がいいだろうな」
「そう・・・ですね」
マリアは俺の言葉に思う所があったようで、少し顔を曇らせながら返事をしていた。
「今の所、一番の問題は・・・リョウタ、お前だ。お前は自分の強さと相手の強さを、正確に理解出来るようにしろ」
さっきの奴らに絡まれていた時はイラッとした表情を浮かべていたものの、基本的にはずっと素知らぬ顔をしていたリョウタに向かって、俺は言い放つ。
「ふん、そんなの簡単に出来るぜ!」
「だったら、あいつらと戦う事になった時、相手と同じくらいの力で戦ってみせてもらうとしようか」
俺が、出来るのならやってみろと言わんばかりの言葉を投げつけると、リョウタは「ふん」と顔をそっぽ向けた。
「まあ、どちらにしろ、あいつらが決闘を申し込んできた場合の話だけどな」
後は、決闘の申し込みを伝えられるのを待つばかりである。
「・・・ジョーク、私は?」
蚊帳の外となっていたジュリーが、自分は何をしたらいいのか聞いてきた。
「ジュリーはそうだな・・・」
別に今回の件で、ジュリーの出番などあるはずもない。
しかし、期待を込めた目で見つめられてしまっては、何か言わざるを得なかった。
「決闘を観戦する時に必要な、ティーセットの準備だ」
と、俺はくだらない冗談を言った。
もちろんそんな事をさせるつもりはない。
その後すぐに、「なんてのは、冗談だ」と続けるつもりだったのだが・・・
「ん、わかった。ジョークに、特別美味しい紅茶を用意する」
と、俺が最後まで言う前に、ジュリーがやる気になってしまっていた。
もちろん、女子達に白い目で見られたのは言うまでもない事である・・・
お読み頂きありがとうございます。
最近は色々とやる事がある為、更新が遅れたりする事があるかもしれませんが
出来るだけ頑張りますので、これからも宜しくお願い致します。




