第10話 野外授業を終えたJ
「はあ、全く・・・最初からこうしていればよかったな」
「こんなの庇う必要なんてない」
俺の呟きに、ふいに現れたジュリーが気絶しているリョウタを見ながら、若干の苛立ち込めて言い放つ。
ジュリーは、このケルベロス以上の脅威はないと判断して、生徒達を守るよりもこちらを優先して来たのだろう。
「まあ、そう言うなよ。俺は任務以外で、無駄に人を死なせたりはしたくないからな」
「まあ、ジョークがそう言うなら・・・」
そう、中には過激な者もいるが、基本的に“トランプ”は無用な殺生はしないのである。
そして、変異種のケルベロスを前にしているにも関わらず、俺は先程とは打って変わり和やかに話している。
というのも、もう誰にも見られていないため、慌てたフリをする必要もないのだ。
いやまあ、確かに若干焦ったのは間違いない。
教師と勇者を含めて全員でかかっても倒せないだろう相手に、力を抑えたまま全員を生かして帰す事が出来るかわからなかった。
それと、リョウタ達を助けに来るのにも、間に合うかどうか微妙だったのもある。
間に合っても、誰かに見られている状態では力を出すわけにはいかない。
そんな状態では、俺自身は問題無くとも全員を守り切る事は難しかっただろう。
まあ今は、皆ちゃんと逃げ出せたようだしリョウタも気絶させているから、何も気にする必要がなくなった。
現に、ケルベロスが俺達に何やら攻撃を仕掛けているようだが、俺は遠慮せずに魔法・物理防御結界を俺達の周囲に張っているため、全ての攻撃を阻んでいる。
そんな余裕のある中で、ジュリーが俺の姿を確認して口を開く。
「ジョーク、その左腕と裂き傷・・・」
「ああ、大した事はないから気にしなくていい」
といいつつも実際には、腕は動かせないほどのダメージを負っている。
しかし、それはわざとやったことだから、ジュリーが気にする必要などないのだ。
何せ、このクラスの魔物を相手に、無傷で生還するわけにはいかないからである。
という俺の考えをよそに、ジュリーの魔力が高まっていく。
「このクソ犬!!よくも、私のジョークを傷物に!!殺す!!」
いやいや、その言い方だと違う意味に聞こえるから止めてほしい・・・
なんて事を考えている場合ではないな。
「ジュリー落ち着けって・・・こいつの相手は俺がやるから、ジュリーはリョウタを皆の所まで運んでくれよ」
「大丈夫!ジョークが泣き寝入りする必要なんてない!」
いや、だから・・・
違う意味に聞こえるから止めてっての・・・
「いや、ほら、俺がジュリーの言う事を聞くと言った条件。リョウタを安全な場所まで運んだ時点で達成って事にするからさぁ・・・・・なっ?どうだ?」
俺のその頼みを最後にしてジュリーの言う事を聞くという餌をぶら下げると、ジュリーは一瞬考える仕草をしたがすぐに頷いた。
「わかった。こんなの触りたく無いけど、我慢してジョークの言う通りにする」
俺はそうしてくれと、ウンウン頷く。
そしてジュリーは、本当に触りたく無かったのか、リョウタの背中辺りを親指と人差し指だけで摘まんで持ち上げる。
いやいや、その状態は違和感ありまくりですから!!
背の低い女の子が、大きめの男を指先だけで持ち運ぶとか、どんだけシュールな光景だよ!
と嘆く他ない。
まあ、いくらジュリーでも他の人達の前では、ちゃんと運んでくれるはず・・・
そう願いたい。
そして、ジュリーはリョウタの持ち方はそのままで踵を返したのだが、すぐに立ち止まり俺に振り返ると口を開いた。
「本当に大丈夫?無理はしないで」
「大丈夫だっての。ジュリー達は心配しすぎなんだよ」
俺がそう言うと、「可愛い弟を心配するのは当たり前」と一言だけ告げて去って行った。
さて、と・・・
ジュリーが立ち去るのを見送った俺は、ケルベロスへと目を向ける。
俺とジュリーがマッタリと話している間もずっと攻撃を仕掛けてきていたが、全く攻撃を寄せ付けなかった事で「グルルルッ!!」と唸りながら、更に敵意をむき出しにしていた。
そんなケルベロスの敵意など無視して、俺は思考を巡らせる。
このケルベロスの変異種を殺せば、誰がやったのかと後々面倒くさい事になる。
だからといって五体満足で逃がしてしまえば、万が一このケルベロスが発見された時に、俺が逃げ切れた理由も怪しまれるだろう。
従って、俺のやるべき事は一つ。
そう考えた俺は、徐々に魔力を上げていく。
しかも、魔力感知に優れた者にもばれないように、ケルベロスの魔力に紛れ込ませながらだ。
そうする事で魔力を感知されても、俺の魔力が上がったのでは無く、魔物の魔力が増大したのだと思わせるためである。
魔力が上がっていく俺を見たケルベロスは、若干たじろぎながらも威嚇してくる。
どうやらリョウタと違って、相手の危険度は理解出来るようだな。
まあ、こんなもんか・・・
ある程度、魔力が高まった所で、リョウタが放った魔法と同性質の魔法を放つ。
リョウタの魔法と違うのは、バカみたいに広範囲に被害をもたらすようなものではなく、ケルベロスを包み込むように圧縮して放った魔法、紅炎結界球である。
ただ、いくら圧縮したとしてもリョウタと同程度の威力では、変異種のケルベロスには多少のダメージしか与えられないので、性質は同じにしながらも威力は少し上げている。
紅炎結界球の中にいるケルベロスは今頃、数多に及ぶ紅炎によってダメージを負っている事だろう。
っと、いけないいけない!
このままボーッとしていたら、ケルベロスを焼き尽くしてしまう。
そう思った俺は、適当な所で紅炎結界球を解除する。
するとそこには、表面がいい感じにプスプスと焼けているケルベロスの姿があった。
よし、これならリョウタがダメージを負わせたおかげで逃げ切れたと、言い訳が立つだろう。
リョウタ自身は、ケルベロスに手傷を負わせたかどうか確認する余裕は無かっただろうから、あいつの耳に入っても特に問題はない。
その事で、調子に乗るような真似をさせるつもりもないが。
そう考えている間も、ケルベロスの戦意が衰える事はなく、むしろ更に怒りを高めながら徐々に近づいてくる。
俺は防御結界を解き、自らもケルベロスへと近づいていく。
するとケルベロスは俺に向けて、勢いよく前足を振り上げ鋭い爪で襲ってきた。
それに対して俺は更に一歩詰め、先程と同じように右腕を出す。
しかし先程とは違い、俺が吹っ飛ばされるような事はない。
ケルベロスの力により足下が少し陥没するが、俺自身は何事も無かったように軽々と受け止める。
別にこの程度の力なら、受け止める事は造作もない事。
先程はリョウタの手前だったから、わざと吹っ飛ばされただけである。
そして俺は、前足を受け止めた状態のままケルベロスを睨み、最大限の殺気を放つ。
その殺気にあてられたケルベロスは、よほど恐ろしかったのかガクガクと震え始めていた。
完全に戦意は喪失したようで、背中を丸めながら怯えた目に変わり、じりじりと後退りを始めている。
そして、俺から少し離れると後ろに振り返り、一目散で逃げ去っていったのだった。
「やれやれ、周りに合わせるってのも大変だな・・・」
「・・・殺さなくてよかったのか?」
俺がぼそっと呟くと、背後から声をかける者がいた。
別に振り返らなくても、誰かはわかっている。
「ああ、いいんだよクラブの9。マリアが軍に要請しているはずだから、討伐は騎士達に任せる」
俺に声をかけてきたのはクラブの9である。
ナインの疑問に答えると、俺がケルベロスを倒さなかった理由を悟り、一言「そうか」とだけ呟いた。
正直、ナイン達・クラブに任せれば情報操作はお手の物だが、つじつまを合わせるのに結構な労力を裂かせてしまう。
ナインなら気にするなと言うだろうが、そこまでしてもらう必要はない。
「・・・しかし、腑に落ちないな」
「ああ、そうだな」
俺はケルベロス討伐に関してはおいといて、今回の件で感じた事を呟いたのだが、ナインも同様に感じているようだ。
「この森に変異種のケルベロスが現れた事。本来ならケルベロスが魔素の多い場所を好み生息しているはず。いくら変異種になり生態が変わったとは言え、魔素の薄いこの森に現れるのは不自然だ」
「ああ、おそらくは何者かの手引きだろう」
「だろうな。とはいえ、いくら変異種のケルベロスが強いと言っても、一流の冒険者や騎士達が集まれば、その熟練度によって倒せる魔物だ。その程度の魔物を送り込んだとなると・・・」
「何者かを襲わせるつもりだったのは明確だが、あのケルベロス以上の魔物だと自分の手に負えない、もしくは何者かを襲わせた後の被害を減らしたかったという事だろう」
「どちらかでは無く、両方だろうな。そして、狙われたのは勇者で間違いないな」
「ああ、それ以外には考えられん」
「魔王や“トランプ”を倒すための最終手段である勇者を消そうとしながらも、被害は極力減らしたい者と考えると、自ずと見えてくる」
「ああ、この国の貴族か重鎮によるもの。そして、そいつらは勇者が力を付けるのを恐れた他の国と深い繋がりがあり、何らかの取引が行われているのだろう」
「だな・・・頼めるか?」
「ああ、任せておけ」
俺は計画・実行犯と首謀者の洗い出しをナインに頼んだ。
するとナインは、みなまで言わなくとも、きちんと俺の言いたい事を理解し了承してくれる。
しかし、魔王や“トランプ”を倒したいと思いながらも、人間の国同士で足の引っ張り合いをするなど、何とも醜い事か。
くだらないな、と若干呆れてしまった。
まあそれはいいとして、ついでにもう一つ聞いておくか。
「それはそうと、居なくなった勇者はどうなったんだ?」
「そいつはクラブの3に任せているが、どうやら今は冒険者登録して依頼をこなしているらしい」
「なるほどな。問題はなさそうか?」
「ああ、かなりのスピードで力を付けているようだが、ナンバースリーの気配には気付けていない。そこから上限を予想しても、“トランプ”の脅威になる事はないだろう」
「そうか。なら、監視は続けるにしても、放っといて大丈夫そうだな」
「ああ・・・まあ、最悪な事態が起っても、ここには俺も、更にはジュリーもいるし・・・何よりもジョーク、お前がいるからな」
俺が任務を受ける時に、一番多く一緒に居るのがナインである。
だから、総帥を除けばナインだけは俺の力を正確に知っている。
いや、正確にというよりも片鱗を知っていると言った方がいいだろう。
どちらにしても、アンリやジュリー達が俺はまだ弱いと思っているのと違い、ナインは俺の力を信頼している。
逆に、俺もナインの力を文字付き並に信頼しているのだ。
それ故のナインの発言である。
とはいえ、最悪な事態が起っても問題ないというのも、その勇者がこの街にいる間という限定付き。
おそらく、その勇者がこの街にずっと居続けるなんて事はなく、他の街へと移動するだろう。
その時には、監視は数字付きを2人にするべきだろうと考える。
「それよりも、身体は本当に大丈夫か?必要なら治してやるぞ」
俺が勇者の事を考えていると、ナインが俺の身体を見てそう言ってきた。
「いや、治してもらっては困る。確かに左腕は動かないし裂き傷も見た目は酷いが、俺が何のためダメージを負ったのかはわかっているんだろう?」
命からがらに逃げてきたというのを演出するための傷なのに、治されてしまっては意味がなくなってしまう。
「そりゃ、わかってはいるんだが・・・な」
理由はわかっていても納得は出来ないという感じで、ナインは答える。
「ったく、ナインもジュリー達も心配性過ぎるんだよ」
「ふっ・・・兄が弟の心配するのは当たり前だ」
ナインが顔に笑みを浮かべながら、ジュリーが言ったのと同じような言葉を口にしていた。
俺も心配するなといいつつも、ナインやジュリー達が心配してくれる事には嬉しく感じているのであった。
その後はナインと別れ、俺は普通の速度で走り森を抜け出した。
そして森から街までの途中で、セントフォール軍と思わしき騎士の一団と出会った。
おそらく街に戻ったマリアがすぐに伝えてくれたようだ。
王女の言う事を無下に出来ず、素早く編成して駆けつけてくれたのだろう。
その騎士達に、魔物の出現場所や経緯、種類などを教え、何とか逃げてきた事を伝える。
魔物の種類を聞いた騎士がボロボロの俺を見ながら、「頑張ったな!よく逃げ切った!」と肩に手を置いた。
その際、「勇者が少し手傷を負わせてくれていたおかげで、何とか・・・」と言っておいた。
俺の傷が酷いため、騎士達の中で治癒魔法を使える者が俺の治療をしてくれる。
ただ、これほどの傷を治癒魔法ですぐに全回復させられる者となると、それこそ高位の神聖術士とかじゃないと出来ないらしい。
なので、なんとか腕が動く程度と、裂き傷が塞がる位までは治してくれた。
騎士達は俺の治療を終えると、俺の心配をして街まで送らせると言ってくれたが大丈夫だと断ると、「無理はするなよ」と一言残して急いでケルベロスの討伐へと向かっていった。
そして、1人で街に戻った俺に待っていたのは、心配させた上に完全には治っていない酷い状態の俺を見たマイとユウコ、マリアからの雷であった。
心配させるなとか、無茶するな等と延々と説教をされ続けてしまった。
リョウタを説教しに行くと言った俺が説教されるとは、これいかに・・・
マサキは「まあ、仕方ないよね」と笑うだけで、助けてくれる素振りすら見せてくれなかった。
説教されながらも、遠目にリョウタの姿を確認出来たので、ジュリーがきちんと運んでくれたのだと安心する。
以前よりも元気は無さそうだったが。
もちろん、教師や他の生徒達も全員無事のようで、何だかんだありながらも、これにて野外授業が終了した。
そして、ジュリーから何を要求されるのかを考えると、少しだけびびってしまうのは仕方のない事であった。
お読み頂きありがとうございます。




