優しい目
隙あらば、奪ってやろうと思ってた。
「おはよう」
「……おはよ」
同じ大学に通う君と僕。
同じ学部で同じ学科で、取ってる授業もほぼ同じ。
サークルも同じ。
帰る方向も同じで降りる駅はひとつ違い。
同じだらけで気味が悪い。
なんだってこんなにも同じなんだろう。
君と僕、同じすぎるんだな。
でさ。違うのはここだけなんだ。
ここ、心臓ね。ハートだよ、はぁと。
「今日はあいつと会うの?」
「え?」
「そわそわしてる」
わかるよ。
君を見てれば容易に想像つく。
さっきから時計をちらちら。
この授業中に五回は見たね。
講義の内容なんか
これっぽっちも頭ん中に入ってないだろ。
そして、君は言うんだ。
「誕生日……なんだ」
「彼氏の?」
「うん」
二人でディナーなんだとさ。
プレゼント買ったんだって。
渡すのドキドキしちゃう、なんて言う。
「いいね」
オレは言った。
「羨ましいな」
彼女は笑って言った。
「モテそうなのにねぇ……」
「モテますよ」
オレ、彼女はいないけどモテるよ、そこそこに。
いないけどね。
作らないけどね。
っていうか作れないんだ。
「なんで?」
「………」
「あ、言いたくないなら別に……」
「……いるから」
声を遮ってオレは言ったよ。
君の目を見て言った。
「好きな奴、いるんだ」
「あ……そうなんだ……」
誰? と問われて、この学校の人って答えた。
嘘じゃない。
オレと同じ学部でオレと同じ通学路で
オレと同じ教授が好きで………。
でも、オレのことは好きじゃない女。
「告白しないの?」
「したら困ると思うぜ」
「そう? 好きって言ってもらって
嫌な気分になる人はいないと思うけどなぁ……」
あっはっは。
みなさん聞きました? 今の台詞。
(……最悪……)
おまえが言うのかよ、それを。
オレの目の前で言うのかよ。
じゃあどうする?
今ここで、おまえに愛をぶちまけたら。
それでも笑える?
声をたてて笑えるのか?
「……どうしたの?」
「うん……言ってみようかと思って」
「え?」
告白、してみよっかな。
そんなに言うなら告げてあげましょう?
「当たって砕けるっつーか……」
ぶつけて壊してみようか、君のこと。
お人好しで優しいから、きっと泣くな。
苦しい顔して、そして言うんだ。
―― ごめん
ああ、オレはそれ、最悪に聞きたくねぇ。
わかるんだ。
君は優しい。
頑張れ、なんて言う。
応援してる、なんて言う。
残酷な仕打ち。
悪魔のような微笑み。
神様は超絶イジワルだ。
心以外、ぜんぶ君と同じなんて。
オレは最低の馬鹿野郎だ。
それでも君が好きだなんて。
(奪えるかな……)
ノートを取る君の隣で呟いた。
流れる前髪を耳にかけ、君は教授の声を聴く。
これで七回目だね。
また時計を見ながら、その声に集中しようとする。
(優等生ぶるなよ……
ディナーのことしか考えてないくせに)
それとも、今夜のこと考えてるのかな。
純情そうな顔して、君もけっこうイヤらしいよね。
あーあ。
くそ真面目に講義なんか聞いてないで
さっさと帰っちまえばいいのに。
ちゃんと出席して
オレの隣に座ってダメージを与え続ける。
君はやっぱり悪魔だ。
(奪ったらどうする……?)
君に訊きたかった。
オレが告白したらどうする、どうする?
人がいなくなった教室で
無理やり奪って気持ちをぶつけたら、
君はどんな顔をするだろう。
(試してみようか……)
キスなんて減るもんじゃない。
押し倒してちょっと怖がらせて、そこで囁くんだ。
―― アイシテル
ぞくぞくする快感。
壊したい欲求。
隙だらけなおまえなんていつでも奪えるんだぜ?
それできっと終わりだ。
(明日は終わりだ)
通学路で君に会うことはなくなるだろう。
話すこともなくなるだろう
隣に座って講義を受けることもなくなるだろう。
オレにはわかるんだ。
ぶち壊される未来が、明日が。
見えて、それでも欲しいんだ。
欲しい欲しい欲しい欲しい………君の、こと、が。
「終わったー!」
教授の計らいで鐘が鳴る五分前に授業は終わった。
ぞろぞろと学生たちが出ていく中、
君は淡い水色のコートを着込み、笑顔を浮かべる。
「それじゃ、いってきます!」
「おう……」
いってらっしゃい、なんて、
死ぬほど馬鹿げた言葉を言う気になれなかった。
だからオレは見送ろうと思った。
でも、気がついたら手を握っていた。
「……なに?」
「あ……うん……」
振り返る彼女。
戸惑うオレ。
「それ……」
「これ?」
「そう……似合うな、と思って」
お気に入りだって言ってた。
今から会いに行く彼に買ってもらったんだと、
喜んでオレに報告してくれた。
よくわかってるな、と思った。
そうだね、君は青が似合う。
「似合うよ、そのコート」
咄嗟についた酷い嘘。
でも、君は言った。
「ありがと!」
見つめる、その瞳にオレが映っていた。
微笑みは眩しすぎた。
その笑みはオレのものじゃないってわかってる。
でも、今このとき。
この瞬間だけオレが君を独り占めした。
たった0.1秒でも、この一瞬だけ君はオレのもの。
そう思ってもいいかな。
「………」
窓辺に立ち、走って彼氏のところへ向う後ろ姿を見送った。
その身体が夕焼けの中に散ってゆく。
春を終える桜の花びらの中へ、君が散ってゆく。
あいつの元へ、儚く可憐に散ってゆくのだ。
「っ……」
痛烈な感情に涙が出る。
その優しい目に殺されたとき、
君があまりに愛しくて、愛しくて、愛しくて。
染みる夕日に、オレはそっと、さよならを告げた。