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獣耳男子と恋人契約  作者: 花宵
第8章 暗黒王子と学園生活
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14、不器用な優しさ

 その後、コサメさんに一瞬で家まで送ってもらった。家族に帰りが遅いと心配されたのを何とか誤魔化して、汚い物を洗い流すためお風呂に入った。


 鏡に映る自分の胸元に、穢れた無数の赤い跡を見つけ泣きたくなる。

 無駄に何度も何度も洗ったが取れるはずもなく、まだ九月だというのにタートルネックを着て首まで隠しても気持ち悪さは拭えなかった。


 コハクに今日の出来事を報告する途中、あの時の恐怖を思い出してトイレに駆け込んで何度か吐いた。

 思っていた以上に心も身体もダメージを受けていたようで、その日は美容体操も出来ずにそのまま寝てしまった。


 しかし、夢の中でも今日の再現と思われる悪夢を見て飛び起きる。

 恐怖と不安で押し潰されそうになり、スタンドライトを付け、すがるようにシロがいつも寝ていた場所に視線を送るが彼が居るはずもない。


 ベッドの隅で膝を抱くように小さく縮こまってガクガク震えていると、不意に頭の上に何か温かいものが乗ってきた。

 それは頭をつたって肩まで下りてくると、小さな前足を私の頬について立ち、瞳から流れ落ちる涙を小さな舌でペロペロと舐めとった。


 その感触がくすぐったくて笑っていると、いつの間にか身体の震えが止まっていることに気付く。

 肩から私の膝の上に移動してちょこんと座ったそれに、私は話しかけた。


「シロ、身体は大丈夫なの? また無理して来てくれたんじゃ……」

「無理をしているのはお前の方だろ。独りで泣くなよ。アイツみたいに優しい言葉とか、かけてやれねぇけど、傍に居るぐらいなら出来るから」

「……ありがとう」


 シロの不器用な優しさがじんわりと胸に染みて、さっきまで恐怖と不安で底冷えした心がポカポカと温かい気持ちになった。


「ほら、今だけ特別好きな姿に化けてやるよ、何がいい?」


 まだ本調子ではないだろうに、無理をしようとしているシロに「貴方の本当の姿がいい」と、気を遣った言葉ではなくただの本心を言ってみた。


「は? こんな機会滅多にねぇんだぞ、コハクでも西園寺でもお前が好きな奴に化けてやるぞ?」


 シロのその言葉に胸がズキンと痛んだ。

 今までの私の態度が、好きな人というカテゴリーに自分は含まれないと彼に認識させていたのだと気付かされたから。


「貴方に傍にいて欲しいから、シロの本当の姿がいい」


 誰かの代わりをする貴方じゃなくて、今は無性に本当のシロに会いたいと思った。


「……変な奴」


 眩い光を放つとシロは元の姿に戻り、私に背を向けてベッドに腰かけた。

 背中じゃなくて顔を見せて欲しいと思うけど、我儘を言う前に伝えなければならない事を先に言ってしまおう。


「シロ、今日は助けてくれてありがとう」

「礼なんていらない。お前がそんな目に遭ってるのは、俺が暴走して呪詛がかかったせいだ。それがお前に不幸を呼び寄せた……本当にすまなかった」


 見ていると可哀想になるくらい、シロの獣耳と尻尾がしゅんと下がっている。


「それでも、貴方は私を助けてくれた。だからやっぱりありがとう、だよ」

「桜……」

「逆に私こそ、勘違いさせるような事して暴走させて自業自得っていうか、本当にごめんなさい。あの後、やっぱり怒ってたんだよね?」


 気になっていた事を聞いてみたら、「ん……いや、寝てた」と、あまりにも予想外の答えが返ってくる。


「え……寝てた?」


 確かに寝ていたら、連絡しても、家を訪ねても気付かないだろうし、学校にも来れないはずだ。

 シロが怒っていたわけじゃない事に少しだけホッとした。


「あの後、ずっと寝てた。親父に聞いたんだろ、俺の体質」

「人間界で生きていくのは厳しいって……」

「ああ。俺はコハクに頼らないと寝てばかりで、お前と一緒にろくに生活も出来やしない。その上一族の中でも霊力の低い俺は、妖界に居ても落ちこぼれ扱いの駄目な奴だ」

「シロ……」


 背を向けているため表情は分からないけど、シロの背中が物凄く寂しそうに見えた。

 彼がコハクに抱いているコンプレックスが少しだけ分かった気がした。

 表に出てそつなく生活するコハクに嫉妬しながらも、自分は彼に頼らないとこっちの世界では生きていけない現実がきっと苦しいんだ。


「コハクが居れば、お前はそんな目に遭わずに済んだろうに……俺は、好きな女もろくに守れないし、一緒に居ても傷付けてばかりの最低な奴なんだよ」


 シロの屈折した攻撃的な性格は、常にそうやって自分を奮い立たせて気を張ってないと、やりきれなかったからじゃないだろうか。

 弱音を吐き出し微かに震える彼の背中は、まるで何かに怯える子供のように小さく見えたから。


「そんな事ないよ、シロは私を助けてくれた、格好いい奴だよ! 貴方が傍にいてくれて、私は今すごく嬉しいんだよ」

「こんな時まで無理するなよ。本当はコハクに会いたくて仕方ない癖に……お前は俺に、コハクの残像を重ねているだけだ」


 元気付けようと声をかけるも、逆に痛い所を突かれてしまった。


 う……耳が痛い。でもそこまで分かった上で、今も……貴方は私の傍に居てくれるんだね。


 胸がキュウと締め付けられるように苦しくなった。


「確かに最初はそうだった。シロの行為を拒めなかったのは、コハクの面影が強くてそれにすがってた弱い自分のせい。本当にごめんなさい。でも今は、それだけじゃないよ」


 シロの傍まで近付くと、後ろから愛おしい彼の背中をそっと抱き締めた。


「なっ……おい、急にどうした?」

「シロ的に言うと、そこに寂しそうな背中があるから」


 大きくビクッと肩を震わせて尋ねてきたシロにわざと茶化して返事をしたら、「なんだよそれ」と喉の奥を鳴らして軽く笑われた。

 それにつられて一緒に笑った後、私は抱き締める腕の力を少し強めて話しかけた。


「今はシロの事、ちゃんと見てるよ。気まぐれで意地悪でドSで、口悪くてすぐ怒って変態狐だけど、貴方が本当は好奇心旺盛で無邪気な所があって、照れ屋で凄く優しい事知ってるよ。性格はコハクと似ても似つかない部分多すぎるって事、ちゃんと分かってるんだよ」

「……軽く喧嘩うってんのか?」


 私の言葉がお気に召さなかったようで、不機嫌そうにシロは呟いた。


「真実を正しく伝えようと思って。だから、ちゃんとシロの事も見てるんだよ。いつまでもコハクと重ねているわけじゃないよ」


 私の手に、そっとシロが自分の手を重ねてきた。体温が低いのか、シロの手は少しだけひんやりと感じるけど不快感はなく、逆に程よく熱を奪われて気持ち良い。


「もっと、シロの事教えて欲しかったよ。コサメさんに聞くまで何も知らなくて……身体が辛いなら私が傍にいて支えるよ。だから、独りで無茶しないで。私に毎日幸せな夢を見せてくれてたのも、本当は無理してたんじゃないの?」

「それは買い被りすぎだ。お前を幸せな気持ちで満たした方が、より濃厚なオーラが取れるからしていたに過ぎない」


 霊力保有量が少なく溜め込めないから、シロはそれを補う為によく眠る。

 もし私がそれをこまめに補う事が出来れば、普通に生活を送れるのではないだろうか。


 近くに居るだけでも少しずつとりこめるけど、一番効果的なのはキスだとコサメさんは言っていた。それ等の行為でどれくらいオーラが取り込めるのか基準が分かれば、シロの生活のリズムを正しく改善できるかもしれない。

 そうすれば、シロがコハクに抱くコンプレックスも少しは改善されるはずだ。


「普段、口を塞いでたのもオーラを回収するためだったんだよね?」

「ああ。だがそんな事したって、本当は大して回収出来てたわけじゃないんだけどな」

「どうして?」

「お前が幸せで満たされてる状態じゃなきゃ意味ないからだ。好きでもない奴に無理矢理そんな事されて、喜ぶ奴なんていねぇだろ」


 シロからそっと身体を離して隣りに腰かけた。そして、彼の方を見上げ笑顔で口を開く。


「じゃあ、今ならきっといっぱい回収出来るよ」

「お前、人の話聞いてたのか……んッ?」


 不服そうにこちらを向いたシロの頬に手を添えて、そっと彼の唇に自分のそれを重ねた。

 シロには何度も激しく唇を奪われてきたけど、触れているだけでこんなに胸がドキドキと高鳴って、愛おしさが胸元に突き上げてきたのは初めてだ。

 どうかこの幸せな気持ちがシロに届きますようにと願いを込めて、名残惜しげにゆっくりと唇を離した。


「どう? 前より回収出来た?」

「何故……だ」


 私の問いかけに、切れ長の瞳を大きく見開き、獣耳をピンと立て、ひどく驚いた様子でシロが呟いた。


「シロの事も、コハクと同じくらい大切に想っているからだよ」


 ニッコリと笑顔で気持ちを伝えたら、


「ば、馬鹿言うな、お前が俺を好きになるはずがない! なるわけがないってのに……ッ!」


 ひどく動揺した様子で私から離れるシロ。その頬は真っ赤に染まっていて、口元を手で覆って呆然とした様子で立ち尽くしている。

 言葉で言うより直接感じてもらった方が伝わるはずだと、彼の方へ近付くと、シロは逆に私から距離を取るように後ずさった。


「……どうして逃げるの?」

「お、お前が近付いて来るからだろ!」

「だって、シロが信じてくれないから」


 私がジリジリと距離を詰めると、彼は壁に背をとられて逃げ場をなくす。


「いいか? お前は気が動転して、頭が今正常に働いていないだけだ。惑わされているだけだ。分かったら来るな!」


 シロは獣耳をピクピクさせながら、わなわなと怯えるように身体を震わせている。

 あまりにも意外すぎる行動に少し驚きながらも、その姿が小動物みたいで無性に可愛く思えた。


「貴方になら、惑わされても構わない」


 満面の笑みを浮かべた私を見て、シロは半泣き状態でその場にへたりこんだ。

 私は壁にトンと手をつき、上に跨がって閉じ込めると、彼の綺麗な琥珀色の瞳からこぼれ落ちた涙の滴を優しく指で拭った。


「好きだよ、シロ。言葉で伝わらないなら、直接感じてよ」


 頬を赤く染め、潤んだ瞳を大きく揺らして見上げてくるシロに、私は再びそっと口付けた。

 次の瞬間、ポンと音がしてシロは白狐の姿に戻り、のぼせたようにして気絶してしまった。想定外の事にキャパシティが限界になると、シロは途端に白狐化して気絶するらしい。


 可愛らしい白狐姿のシロを大事に抱えて、極上のモフモフを思う存分楽しんだ後、私は床についた。

 癒し効果のおかげか悪夢に苛まれることもなく、その日はよく眠る事が出来た。

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