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獣耳男子と恋人契約  作者: 花宵
第8章 暗黒王子と学園生活
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12、恐怖の撮影会

※不快な要素を含む過激描写があります。苦手な方はご注意下さい。

 ここは何処?


 気がつくと、ひらひらの白いレースが視界に入る。辺りを見渡すとお姫様が使っていそうな可愛らしい部屋で、天蓋付きのベッドに寝かせられていた。


 肩が寒いと思ったら、淡いピンクと白を貴重としたビスチェタイプのお姫様が着るようなドレスに着替えさせられている。

 気味が悪くてベッドから下りようと身体を動かすと、左手を思うように動かせない事に気付いた。恐ろしいことに左手には手錠がかけられ、もう片方をベッドのパイプに繋がれている。


 必死に取ろうとしても、金属の手錠をそう簡単に壊せるわけがない。部屋中に虚しくガキン、ガキンと金属のぶつかる音が響くだけだった。


 大きな音を立ててしまったせいか起きているのがバレたようで、ゾロゾロと手にカメラやビデオを持った男が五人ほど部屋に入ってきた。

 黙々とカメラをベットに向けてあらゆる方面から設置した後──


「さぁ、楽しい撮影会の始まり始まり~」


 深くニット帽を被った男が、口の端をひん曲げて愉快そうに笑って言った。


──パシャパシャ


 カメラのシャッター音とフラッシュが浴びせられ、眩しくて目を開けていられない。


 何故このような事になっているのか……美香と一緒にショッピングモールでファッションについて勉強して別れた後、突然背中にチクリと電気ショックみたいな痛みを感じて、そこから記憶がない。


「姫、四つん這いになって顔はこっち向けて」

「あの……この手錠を外してここから出してもらえませんか?」

「はぁ? こっちは高い金払って君を買ったってーのに帰すわけないじゃん。君があの不良達に何したのか知らないけど、綺麗なまま渡してもらうのにパパの金使って相当無理したんだからね」


 帰りに殴って逃げた不良達の復讐でこんな目に遭っているのか。その男の言葉で少しだけ状況が読み込めた私は、丁寧にお願いしてみた。


「お願いします。お金は何としても準備しますので、ここから出してもらえませんか?」

「もう少し、状況把握したがいいんじゃない?」


 ニット帽の男はポケットからある写真を取り出すと、こちらへ投げてきた。

 そこには、私が制服からドレスに着替えさせられている途中の様子が写っていた。


「ばらまかれたくなかったら、言う事聞く方が懸命な判断じゃない?」


 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべたその男の言葉に、私は絶句した。

 全身に鳥肌がたって、いてもたってもいられなくて手錠から手を引き抜こうと必死にもがいた。

 しかし手錠が取れるはずもなく、手首が傷ついて白いシーツにポタポタと赤い血が滴り落ちただけだった。


「あーあ、最初はノーマルの写真から撮ろうと思ってたのに、汚しちゃダメでしょ? 言う事聞けない子にはお仕置きが必要だね。ちょっと早いけど、ハサミ入れちゃって」


 ニット帽の男の指示に、周りの男達があらかじめ用意していたらしいハサミをそれぞれ取り出した。

 ハサミを持った男に囲まれる異様な光景を前に、『コハク、助けて……ッ!』と心の中で強く叫んだ。だけど、コハクを裏切った私の叫びが彼に届くはずもない。


 男の一人がドレスの裾にハサミを入れてきて、それを契機に至る所からジョキジョキと布が切られる音がした。

 ボロボロになったドレスは、かろうじて大事な部分を隠している程度でほとんど機能していない。


 再びパシャパシャと鳴り響くカメラのシャッター音とフラッシュに囲まれ、恐怖にガタガタと身体が震えた。

 この撮影が終わったら次は何を要求されるのか……その先を考えると、絶望しかなかった。


「じゃあ、次は絡み撮ろうか。動画に切り替えるから、いい声で鳴かせてやって」


 体格のいい男がこちらに近づいてきて、私を押し倒すと上に跨がってきた。

 男は上半身の服を脱ぐと、そのまま覆い被さって鎖骨に舌を這わせてくる。

 必死に抵抗するも、左手は手錠に阻まれ右手は恐怖で震え全く力が入らない。


 小さい頃からひたすら空手の稽古をしてきて、ブランクはあるものの、自分がここまで無力だとは思わなかった。

 ひどい絶望と屈辱の中で、男の荒い息遣いと汚いものが肌を舐め回す水音が部屋に響き、気持ち悪さしか感じられないその行為に、涙がポロポロと流れ落ちる。


 シロにされた時は全くそんなこと感じなかったのに……彼に会ったのがひどく昔のように感じられた。暴走させてしまった事、きちんと謝りたかったな。


『ごめんね、シロ……』


 目を閉じて悪夢が終わるのをひたすら耐えようとした時──


「そんな謝罪は受け付けねぇ」


 ここに居るはずがない人物の声が聞こえて、気持ちの悪い感触が消えた。


「な、なんだ、お前! どこから湧いてきやがった!」


 恐る恐る目を開けると、視界に入ったのは銀色の綺麗な長髪。そして頭の上にのっかる三角形の獣耳とフサフサの尻尾。それは私を庇うようにして立つシロの後ろ姿だった。


「お前等、絶対許さねぇ」


 その場の空気が、極寒の地のように冷たい空気に変わった後


──ガシャン!


 一斉に何かが粉々に砕ける音がした。

 身体を起こすと、ビデオやカメラは粉々に砕かれており、ニット帽以外の男は床に倒れていた。


「随分なめた真似してくれてんじゃねぇか。この代償、お前の命で償えよ」


 シロの恐ろしくドスの効いた声に、ニット帽の男は腰を抜かしたように尻餅を付いて怯えている。


「す、すみませんでした! 写真もネガも全部あげますので、どうか命だけはお助けを……ッ!」


 シロは指でクルリと円を描いて蒼い炎の輪っかを作り出すと、問答無用で投げた。まるで輪投げをするかのように。

 見事に男の頭にはまった炎の輪っかは、首の所でキュッとしまって抜けなくなる。


「さっさと持ってこい。逃げた瞬間、お前の首は焼ききれるからな」

「はいぃぃッ!」


 男は何度も転びながら、慌てて部屋を飛び出していった。

 シロはニット帽の男が慌てて持ってきたカメラやデータカード、ノートパソコンを粉々にする。


「これで誤魔化されると思ってんのか? お前、よっぽど死にてぇらしいな?」


 指をバキボキと鳴らして鬼の形相で凄むシロに、ニット帽の男は慌てて全身のあらゆるポケットから、写真やSDカードやメモリースティックを取り出した。


「テメェ、仏の顔も三度までって言葉知ってっか?」


 ニット帽を取るとパラパラと写真が落ち、内ポケットや靴下の中などから小さなカードが複数出てきた。


「手間取らせやがって。後はお前の脳内データを消してやるよ」


 それらをまとめて粉々にしたシロは、その男の額にトンと指を突いて眠らせると炎の輪っかを解いた。


 クルリと身体を翻してツカツカとこちらへ歩いてくると、私の手錠を尖らせた爪で切る。そして、血だらけの私の手首をそっと両手で包み、柔らかな光で傷の治療をしてくれた。


 そこで初めてシロは私に視線を合わせてくれた。


「遅れて悪かったな」


 悲しそうに苦笑いをもらすと、慰めるように私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。


 緊張が解け、今まで必死に堪えてきたものが堰を切ったようにあふれ出す。私はシロの胸にすがり付いてわんわんと泣いた。

 泣き止むまで彼は優しく私を抱き締めてくれて、触れた箇所から感じるその温もりにひどく安心感を覚えた。


「とりあえずこれでも羽織ってろ」


 シロが着ていた着物の羽織を脱いで、私にかけてくれた。


「ありがとう」

「じゃあ、そろそろ行くぞ」

「待ってシロ、荷物が……」


 制服と鞄がないと困る。


「探して帰るぞ」

「うん、ありがとう」


 幸いなことに、隣の事務所的な部屋ですぐに制服と鞄を見つけることが出来た。急いでそれに着替えて、私達はその場を後にした。


 外に出ると辺りはもう真っ暗で、時刻は夜の十時を回っていた。


 シロはコハクの姿に変化すると、私の手を引いて歩き出す。その行動にドキドキと胸が高鳴るのを感じる。

 お礼を言おうと横を見上げると、眉間に皺を寄せひどく険しい顔をしているシロの姿がそこにはあった。


 どこか様子がおかしい。よく見ると月明かりに照らされたシロの額は、まるで雨に打たれたかのように濡れている。


 勿論、雨なんて降ってない。尋常じゃないほど頬を伝って滴り落ちるそれが、汗だと気付い瞬間、血の気が引いた。


「シロ、大丈夫?!」

「ハァ、ハァ……桜……ッ」


 我慢の限界だったのだろう。苦しそうにシロはその場にうずくまり、今にも消えてしまいそうな程、小さな白狐の姿に戻った。

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