8、たとえ友情が壊れたとしても……
※不快な表現を含む過激描写があります。苦手な方はご注意下さい。
「桜、従う事あらへんで! 今のうちにお前だけでも逃げるんや!」
カナちゃんを置いていくなんて、それは無理な注文だ。
私が今やらなければならないのは、最小限の被害でこの護符をシロに貼って、少しでも早くこの場を収める事。心を悪魔に売り渡したとしても、それだけは必ず執行しなければならない。
「早く決めないと、俺が直々にコイツを消し炭にするぞ」
そう言ってシロは、左手に禍々しい蒼い炎をともす。もう迷ってる暇などなかった。
「……私がやるから、カナちゃんから手を離して」
これ以上、カナちゃんを危険に曝したくない。シロのそんな姿を、見たくないよ……
「所詮、お前のコハクに対する想いもその程度だったってわけか。笑えるな」
嘲るように高らかに笑い声を上げると、シロはカナちゃんから離れた。
「何と言われようが、私の意思は変わらない」
狂ったシロの言葉にどこまで信頼性があるか分からない。
煽るだけなら『目覚めない』と断定系の言葉を使う方が効果的だ。しかし、彼は『目覚めないかもしれない』という可能性の言葉を使った。
今はそのわずかな希望にすがるしかなかった。
「桜……ッ! 逃げや! 俺が何とかしてコイツの足止めするから!」
カナちゃんは目を閉じたまま必死に妖術を解こうと抵抗しているようで、苦しそうに顔を歪めている。
自分が危険に曝されているのに、私を優先させようとするなんて。そんな勇姿を見せられ、やっぱり私はカナちゃんが好きだと再認識させられた。
泣き虫でお調子者で格好つけで、時々変な自論持ち出してきて自爆するけど、いざという時は頼りになって優しくて、全部含めて一人の人間として貴方が好きだ。
もし失敗して最悪の結果になったとしても、カナちゃんとなら……フラ○ダースの犬に出てくるネロとパトラッシュみたいに最後を共にするのも悪くないかもしれない。
でも諦める前に、私は何をしてでも貴方を助けたい。
「それは出来ない……ごめんね、カナちゃん」
今からやる、彼の気持ちを踏みにじる残酷な行為に対する謝罪を先に述べた。
この結果、たとえ友情にヒビが入って嫌われたとしても、それでもカナちゃんを助けられるなら悔いはない。
私はカナちゃんの近くまで歩み寄ると、背伸びしてそっと肩に手を回した。
『作戦があるから、目を開けて私に全てを委ねて欲しい』
耳元でそう囁くと、カナちゃんはゆっくりと瞼を開いた。
不安を拭うように優しく微笑んで、自分の唇を彼のそれに重ねた。
耐えるように頑なに閉じられたその唇を、優しく啄むようにキスを繰返してほぐしていく。
緊張がとれた所で口の端からそっと舌を滑り込ませると、カナちゃんの舌に優しく絡ませた。
愛おしい人にするように、角度を変えては何度も何度も貪欲に舌を絡めて、情熱的に口内を舐めとって徐々に深く浸食していく。
この作戦に必要なのは、カナちゃんが本気でキスしてくれる事が絶対条件だった。
しかし、私の行為を受け入れてはくれているものの、カナちゃんは私にされるがままで、今の状態では作戦を実行出来ない。
ここで引くと、さらにシロの命令はエスカレートするだろう。
今が踏ん張りどころだ。私はカナちゃんの首元に回した腕の力をさらに強めて身体を密着させる。そして口の端から滴り落ちる唾液も気にせず、さらに深く彼の唇を求めた。
すると最初は戸惑っていたカナちゃんも、次第に求めるように激しく私の口内を犯していった。
「化けの皮が剥がれたな、所詮お前は偽善ヒーローにしか過ぎなかったんだよ。目の前に美味しそうな餌を与えれば、獣のように貪りつく。結局それがお前の本質なんだよ。桜、もういい離れろ」
待ちに待った言葉だが、わざとシロの言葉を聞こえないフリして行為を続ける。苛立った様子でこちらへ近付いてきた所で、初めて気付いたフリをしてカナちゃんから離れた。
「貴方より上手だから思わず夢中になっちゃった、気付かなくてごめんね」
挑発するためにわざとそう言って、口の端から滴り落ちた唾液を拭う。
ピクリと眉を動かしたシロは、不機嫌そうにこちらを見ている。
これまでシロと過ごしてきて分かった事──それは、彼の性格は間違いなくドSで、自分が優位に立ってないと気がすまないタイプだという事。
事あるごとに唇を奪われ続け、シロがその行為に自信を持っているのは明らかだし、実際に上手い。
だから、反撃してその部分を揺らがすと、絶対ムキになってそうではないと証明しにくるはず。
信じてシロの出方を待つと「そんなわけがないだろう」と怒りながら私の身体を引き寄せて、荒々しく唇を重ねてきた。
期待を裏切らない態度に感謝しつつ、すかさず私は彼の背中に手を回して、隠し持っておいた護符を背中に貼り付ける。
途端にシロは気を失ったかのように、動かなくなった。
よかった。何とか成功したようだ。シロの体をゆっくりと座らせて壁に預けながら、思わず安堵のため息をもらした。