6、最悪のエンカウント
月曜日の朝、シロからラインで「学校先に行ってろ」と連絡が入り私は一人で登校した。
週に二回ぐらいはこの連絡が入り、彼は授業中に遅れて登校してくる。
だけどこの日は昼休みになってもシロは来ない。
ラインで連絡しても返事がなく、心配しているとカナちゃんにお昼を誘われた。
「桜、今日こそは聞きたい事あんねんけど……昼、一緒に食べへんか?」
聞きたい事って言うのは、きっとコハクの事だろう。
今までタイミングが合わず話せずにいたが、今なら良い機会かもしれない。
本当の事は言えないけど、納得してくれる理由を何か言わない限り、カナちゃんのことだ、気がかりでずっと聞いてくるだろう。
しかし、一緒の所をシロに見られたら厄介では済まない。
夜に電話ででも話した方が無難だが……どうしようか悩んで返事をしかねていると、カナちゃんが私の手首を掴んできた。
「ええって言うまで、手離さへんから」
今日のカナちゃんは一味違った。その真剣な眼差しから逃げれないと判断した私は、その申し出を了承した。
屋上へ行こうと言われたが、もしシロが来たら困るため、人気のない化学室へとやってきた。
シンと静まりかえる室内で、私達はお昼をとった。
お互い何から話したらいいのか分からず、沈黙が流れる。
その時、スマホが震え確認すると、シロから「学校着いた、今どこにいる?」とラインが送られてきた。
「ごめん、コハクが学校着いたみたい。私、行かなくちゃ」
ヤバイと感じた私は急いで食べかけのお弁当を包む。
しかし、焦っているせいでうまくランチクロスが結べない。
「何でそないに怯えとんのや? コハッ君が怖いんか? 手、めっちゃ震えとんで……ほら貸して」
私の震える手からお弁当箱ごとランチクロスを譲り受けたカナちゃんは、綺麗にそれを結んでくれた。
「何で、コハッ君……急に雰囲気ガラッと変わったんや? 二重人格なんか?
まるで、最初に見かけた時みたいに桜に対してえらいキツい態度とっとるみたいやし」
「よく分かったね! 実はコハクね、この前ちょっと頭ぶつけちゃってもう一つの人格が出てきちゃってて。だから今までと雰囲気が違うの。でも大丈夫だよ、もう一人のコハクも私の事思ってくれてるから」
焦りから不自然なくらいテンションを上げて喋ったら、それがさらにカナちゃんの不信感を生んでしまった。
「恐怖で無理矢理従わされとるんやないんか?」
「そ、そんな事ないよ!」
慌てて否定するも、カナちゃんは納得してくれそうにない。どう説明しようか考えていたその時、人気のない廊下から
──コツ、コツ、コツ
と、こちらへ近付いてくる足音が聞こえてきた。
嫌な予感がして背筋が凍る感覚に、急いで台の上のものを綺麗に片付けて入り口から見えない位置に置くと、カナちゃんの手を掴んで隣の化学準備室に入った。
「急にどない……」
話しかけてくる彼の口を慌てて手で覆い、私は口の前に一本指を立てて静かにしてと訴えた。
私の焦り様に何かを察したのか、カナちゃんはそのままコクリと頷いた。
隣からガラッと扉の開く音が聞こえ、誰かが中へ侵入してきた。
──コツ、コツ、コツ
足音はある位置で止まると、しばらくして今度は化学準備室の方へ近付いてきた。
部屋を見渡し、標本棚の奥に隠れるしかないと判断した私は、カナちゃんの手を引いてそこまで移動すると無理矢理壁に押し付けた。
次の瞬間ドアが開く音がして、侵入してきた足音が部屋の中に響き渡る。
思ったより奥行きがなくて、かなり密着しないと隠れているのがばれてしまう。
息を止めて足音が去るのを待つが一向にその気配がない。
バクバクと煩くなり続ける心臓の音が周りに聞こえそうなくらい静かな空間で、
──ブルブルブル
突如鳴り響いたスマホのバイブ音。
それは私のスカートのポケットから発せられており、なかなか止まらない所から電話だと判断される。
その音に引き寄せられるように、足音がどんどん近付いてくる。恐怖に震える手で思わずカナちゃんのシャツをギュッと掴むと、彼は安心させるように私をそっと抱き締めてくれた。
「そこで、何をしている」
恐ろしく冷たい声が背後から聞こえて
「え、コハッ君? 髪えらい伸びて……てか、その耳……」
頭上から降り注ぐカナちゃんの驚いた声が、最悪の事態を教えてくれた。